5.スムの森を望んで ☆
「おーっ、いい眺めだな!」
朝から上ったゆるやかな坂が終わり、森が切れた。南側の眺望が開け、なだらかにうねる大平原北部の草原が見渡せる場所に出た。
「あの遠くの山がスムの森だね」
馬上のシールが目を細めた。ホタンの宿場町を発ってから三日目。シールには二往復目となる北街道も、ハルにとっては初めての道だ。蒼穹の下、はるか地平のかなたに貼り付くテーブル状の山塊。夏の大気に揺らぎ、ほのかな青さを空に映す影は、かつて王国と教団が二度にわたり激突したスムの森の北端だ。ハルにもこみ上げるものがあったのだろう。マシューの手綱を握ったまま、彼女はしばらく草原の向こうを遠望していた。
「……休憩すっか、シール」
「そうだね」
日に焼けたハルの顔には笑顔が戻っていた。彼女は両手を差し出し、馬上のシールを抱き止めた。
※
流れ出る小川のほとり、街道脇の土手にふたりは腰を下ろした。木陰に繋がれたマシューも、がぶがぶと水を喉に送ると脚を畳み、腹を草にうずめた。日持ちするよう焼き固めたミンナにハルは齧り付いた。シールは干し肉を割き口に運んだ。
草むらから鳥のさえずりが聞こえた。人の姿はない。人口の減った大平原。特に北街道はもともと交通量が多くなく、すれ違う旅姿もまれだ。かつての中央街道の賑わいを知るふたりには、ずいぶんと寂しく感じられた。
「なあ、シール」
焼きミンナを嚥下し、ハルが口を開いた。
「あたい……リリィにどーしても聞きたかったけど、どーしても聞けなかったことがあるんだ」
語彙に乏しいハルの言葉をシールは嗤わなかった。ハルは前方、開けた景色に言葉を投げた。
「リリィの力はあたいを殺せなかった。でもエレナさんやザヅツ、ナカやフローラは殺しちまった。なぜなんだろう、ってね」
「……………」
それはシールの心にも、ずっと澱となってわだかまっていた。
地平の先、スムの森でも彼女は目の当たりにした。彼我入り乱れての乱戦の中、リリィの放った死霊たちは味方には傷ひとつ付けず、敵はひとりとして容赦しなかった。だったら世話になったエレナたちは、リリィにとって敵だったのだろうか。
「……………」
ハルは黙っている。厳しい表情で。彼女もそれが引っ掛かっていたのだろう。もしそうなら、彼女にとっても愉快な真実ではないはずだ。
だがそんな彼女に、年下の少女は救済を与えた。
「それは……たぶん、永遠にわからないよ。きっとリリィにもわからないんじゃないかな。リリィは手に入れた力を初めて使った。あたしやエスさんを救うために。うまく加減できなかったんだよ。だからすごく後悔して、後悔して……あんなこと言ったんだと思う」
ハルはふうと肩を下げた。
「……そうだよな。あたいもそう思うぜ」
マシューが首を起こす。歯茎を見せ、ハルに何かを訴える。
「おっ、ちょっと休憩が長くなりすぎたな」
矢籠を担ぎながらハルが立った。ズボンの尻をパンパンと払う。
「次の宿場町は……」
「ティンリの前にコーエンがあるね。急げば暗くなる前に着くと思うよ」
「よし。今夜はそこで泊ろう。シール、行けるか?」
「うん。しばらくはあたしも歩くよ」
シールも腰を上げ、汚れたドレスの尻を覗きながら草や土を払う。
そして……
彼女は見上げる。姉のような存在。道連れの旅も、永遠には続かない。国に帰れば、別々の道を歩まなければならない。
でも、それまでは……『妹』の立場を楽しもう。
だって……
城に戻れば、自分は『お姉さん』なのだから。
次回、ついに完結です。明日公開予定です。




