消える希望
一ヶ月が経った。
俺のスキルは≪全能力増加≫のゼネラルが終了したので、次はランクアップを選んだ。
ランクアップの前にブランチを行いスキルを増やすより、後にした方が良いスキルが手に入る。その情報をもらっていたからだ。
ただ、≪全能力増加≫の強化が終了した段階で≪神威≫というスキルが生えてきた。
正直、使い方がよく分からない。どうすればいいのか分からないので、無いものと思って放置するしかない。
≪神威≫はランクアップもゼネラルも対応していないので、ブランチをセットした。
能力値は未だにオールDのまま。
戦力が据え置きなので、3層目から動けずにいる。
ちょっとは先に進んだけど、スキルの補助も無しに複数のグレイウルフと戦うのは辛いのだ。まだ2匹同時が限界。
先は長いな。
そんな俺を尻目に、椎名はさっさと5層に進んでいたよ。
スキルが強化されてAGIが上がればなんとかなるみたいだな。
AGIが上がれば移動速度と攻撃の回転数が上がる。脳筋系解決手段ではあるが、効果的って意味では間違いない。正攻法は正義なのだ。
なお、彼女からは「3層をクリアしたら合流しましょう」と言ってもらえる程度にはデレてきた。
デレてきたって言い方はアレだが、信用されつつある、仲良くなってきたとは思うよ。
あと、子供達も成長していて、全員が何らかのスキルを取るに至っている。
入るだけとは言え迷宮に何度も足を運び、モンスターを見る機会を得たのが良かったようだ。人間、回数さえ熟せばだいたいの事には慣れるもんだからな。若い奴ほど環境に適応できるわけだ。
スキルの方は初期メンバーだと物理系も魔法系も生産系も一通り最初の成長を終えていて、それぞれ≪武装適性≫≪魔法適正≫≪生産適正≫って統合スキルを得ている。
このオールリンク系スキル群は個々のスキル効果を底上げしてくれるようで、ゼネラルまで終わると一気に強くなれるようである。
それこそ、今の俺ともタメを張れるかもしれないほどポテンシャルが高い。
教えたところで取れるという物ではないから、無駄な諍いを避ける為、情報は椎名ぐらいとしか共有していない。
変則取得では試していないので確定ではないけど、十個のスキルをリンクさせることは他でも出来るだろうから、剣と魔法と能力ブーストで魔法剣士系のスキルとか手に入りそうな気もする。
そのうち俺も、他のスキルで取ってみたいよ。≪神威≫の派生に期待だな。
一ヶ月経って、最前線の連中は10層の攻略に王手をかけた。
すでに何度か挑んでいるらしいが、聞いた話じゃこれまでのどの階層よりもクリアが難しく、ボスらしき敵が強い。
だからここが一つの、大きな区切りではないかという噂が流れている。
彼らは今度こそと、万全の準備を整え挑むらしい。
この場合の区切りとは「迷宮を攻略せよ」という言葉の通りで、迷宮の攻略完了になるんじゃないかって事だ。
迷宮を攻略すれば、家に帰れるかもしれない。
それこそ、自力クリアが出来ない連中も。まとめて帰れるかもしれないのだ。
正直なところ、ここでの生活は飢えないだけで非常に苦しい。
俺は男だからまだマシだが、椎名とか女性の場合は更に辛い。女性特有のもあるし、長期風呂に入っていないので体臭とかが凄い事になっているし肌や髪も荒れている。
単独クリアできない者にとって、攻略組はそれこそ希望の星“英雄”なんだろう。
たとえスキルがあろうと誰しもすぐに戦えるわけではないし、絶対に戦いたくないという主張も分からなくもない。
戦闘に役立つスキル以外にも生産系スキルがあるのだし、前線戦闘組と支援生産組で役割が別れるのはMMOなのではよくあることなので、前線組がクリアすればみんな帰れるという予測はそこまで変なことではないのだけど。
「本当にそうか? 自力クリアできなければ帰れにのではないか?」という俺の疑念もまた、予測出来ることなのだ。
なにせ、ブランチを繰り返せば生産スキルからも戦闘スキルに進むことが出来るし、その逆もまた、然り。
備えとくのは無駄ではない。
そうやって攻略組が迷宮に入ってから数時間。
負けた時であれば「そろそろ殺されて戻ってくる」時間を1時間過ぎても彼らが戻ってこない。
攻略組を支援していた連中の、「戦いが長引いているのでは?」という淡い期待が、徐々に絶望に塗り変わっていく。
俺たちはそんな彼らから距離を取り、自分たちのスペースで息を殺し身を潜めた。自棄になった連中とは関わりたくない。
そして翌日になっても、攻略組は戻ってこなかった。
彼らは迷宮を攻略し終えて自分たちだけ日常に帰ったのだろうと、多くの者がそう結論づけた。
攻略組を支援していた連中は、荒れに荒れた。
それはそうだろう。
彼らは自分たちの稼ぎを攻略組に投資することで家に帰ることを選んでいたのであり、それが果たされないとなれば投資した分は全て無駄。
自分たちのこれまでの全てが否定されたのだから、落ち着いていられる者の方が少数派だろう。
中には「彼らはまだ戦っている、戻って来れなくなっただけだ」と現実を見ない者も居る。
もしかしたら中間地点の街のようなものがあり、彼らはそこで逗留しているだけかもしれない。
そうしてその先にあるゴールをクリアすれば皆帰れるのかもしれない。
でも、最悪とまではいかずとも、悪いことを想定しておくのも必要なことなのだ。
悲観論や楽観論だけではいけないと思うよ。中庸、多角的な考えこそ必要なのだ。
悲観も楽観も足を止めて何も出来ずにいるのなら、結局は無意味。
悲観とは「もう駄目だ」ではなく、「災害に備える」こと。
楽観とは「誰かがなんとかしてくれる」ではなく、「頑張ればなんとかなる」こと。
前を向き歩かねば生きていけない。
日本で日常生活をしているのなら誰かが助けてくれるかもしれないけど、ここはどこの国でもないから社会保障など存在しない。
自助努力しか縋るものが存在しない。
「それを八木さんが言いますか? 子供達に手を差し伸べたくせに」
「大人が子供に手を貸すことと、大人が他の大人に手を差し伸べるのは、意味が違うんだよ」
「ふーん。まぁ、良いですけどねー」
支援組の狂態に、俺と椎名は冷徹な目を彼らへ向ける。
彼らはこれまで俺たちに対し「非協力的で集団行動できない下等な連中」と言うレッテルを貼っていたからだ。
自分たちのように攻略組を支援しろと、それが出来ない奴らに生きる価値はないとまで言っていた。
どう考えても好意的な目で見ることが出来ず、助けたいとは思えない。
私情と言うことなかれ。
「下等と馬鹿にした連中に情けをかけることこそ侮辱」などと皮肉を言う気も無く、単純に「自力で立ち上がれる環境にいるのだから自分でどうにかしろ」と思っているだけである。
攻略組に渡してきたリソースは確かに損失だが、他人にリソースを渡せる程度の力が彼らにはあり、それが損なわれていない以上は助ける理由がない。
俺が彼らを嫌っていることは確かだが、本当に手を貸さなければやっていけそうにない子供達と比較する方が間違っているんだ。
支援組を助けるのは、彼らの気持ちに寄り添いたい奴に任せておこうと思う。
なお、連中の中で迷宮に潜っている奴らは、俺より先に進んでいるのが大半だ。
むしろ俺こそ助けられるべき存在ではないだろうか?
「ソロでそれなら、パーティを組めば彼ら以上に先に進めると思うけど?
そもそも支援なんて欲しくないでしょ」
まぁ、そうなんだけどな。
でも、俺の方が進みが遅いのは嘘じゃないんだぞ。




