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6.感情と、合理性

 本部に報告書を送り、数日が過ぎた。

 『新種』の能力、そしてそれによる被害に関しては現状では推測の域を出ておらず、結果としては留意する(・・・・)程度で済ませる事なり。

 ミラに関しては、その少女が本人であるという確たる証拠が出るまでは死亡扱いを変える事はない、と通達された。


 ……仕方が無い事だとは思う。

 僕らは間違いなく彼女こそがミラだと思っているけれど、本部の言う通り物証が有るわけではないのだ。

 確かに彼女はミラの装備を纏っていたし、髪の色等も一致はするけれど……逆に、一致しない部分も多すぎる。

 つまりは、才能、記憶、そして年齢。

 それらは『新種』に奪われたのだと僕らは確信しているけれど――本部からしてみれば、それこそ思い込みだと感じるのだろう。

 そもそも、今の状態のミラではとてもではないけれど復帰する事は不可能だし、先ずは『新種』を探し出して討ち滅ぼさなければ話にならない。


「……っ、は、ぁ」


 冷水で顔を洗ってから、軽く深呼吸をすれば僕は軽く気合を入れ直し、頬を叩く。

 未だに『新種』の尻尾さえ掴めていない現状だけれど、少なからずそれに近づきつつあるのは確かだと思う。

 能力を推察し、『新種』の状況を考えるのであれば、今頃『新種』はこの地域のどこかに隠れ潜み、傷が癒えるのを待っている――その、筈だ。

 恐らくはミラと交戦した時に少なからずダメージを負ったのだろう。

 やられこそはしたものの、ミラはパラディオンとして毅然と新種に立ち向かったのだという事実が、僕の心に熱く湧き上がるような熱を与えてくれた。


「――待っててね、ミラ」

「……あ、ぅ? どうか、したの……?」


 自分に活を入れるように彼女の名前を口にすれば、それを聞いていたのか。

 赤髪の幼い少女が――ミラが、少し不安げな表情で僕の方を見つめていた。

 彼女は何かに怯えているのか、僕だけではなく他の仲間にもおっかなびっくりと言った様子で。

 アルシエルやリズにも同じような反応を返す辺り、男が怖い、という訳では無いようなのだけれど……


「ん、ちょっと準備をしてただけだよ」

「……っ!ご、ごめんな、さ……っ、ぁ……?」


 そっと頭を撫でようとしただけで、ミラは酷く泣きそうな顔をしながら身体を竦め。

 僕は心が鈍く痛むのを感じつつも、身体を竦めた彼女の赤い髪を、優しく撫でた。

 撫でられるとは思っていなかったのか、ミラは少し不思議そうな顔をしてから、怯えきっていた表情を少しだけ……本当に少しだけ、緩めて。


「あ……の、どうし、て……?」

「……?」


 そして、わからないと言った様子で、ミラは不安げに瞳を揺らし……自信が無さそうに、唇を震わせながら。


「どう、して。のーなしの、わたし、に……やさしく、してくれる、の……?」

「――っ」


 自虐でも何でも無く。

 彼女は『自分は虐げられて当然の存在だ』と、小さな声で、口にした。

 ……まるで昔の僕のような言葉を、ミラは口にしていた。


 そんな事はない、と叫びたかった。

 でも、そんな事をしても今の彼女には届かないし、ただ怯えさせるだけだと解っていて。

 僕は喉から出かけたその言葉を飲み込みながら……そっと彼女に視線を合わせるように屈むと、ぽんぽん、と優しく頭を撫でた。


「ん……おにい、さん……?」

「……それは、ね。僕らにとって、君はとても、とても大事な存在だからだよ」

「どうし、て? わたし……のーなし、なのに」

「才能が無くたって、そんなのは関係ないさ」


 ……彼女からしてみれば、僕の言っている事はただの欺瞞にしか聞こえないのかもしれない。

 才能が全てと言っても過言ではない世の中で、才能がなくたって良いなんて言葉はただの戯言に過ぎないのかも知れない。


 ……でも、仮にこのままミラが元に戻らなかったとしても。

 一生、ほとんどの才能が欠如したままの、赤子のような存在で有り続ける事になったとしても。

 僕は彼女を蔑むつもりもなければ、見捨てるつもりだって無かった。

 だって、どんなミラだって僕らにとっては……僕にとっては、大事で、大切な……かけがえのない、仲間だから。


「……ああ、そっか」


 遠い昔に、父さんに言われた言葉を思い出す。

 ……今更になって、強く思う。

 別に、多くは要らない。父さんや母さんみたいなオラクルにだって、なれなくて良い。

 でも――目の前の仲間を、ミラを守る力だけは、どうあっても欲しかった。


「……おにいさん、どうしたの?」

「ん……何でもない、大丈夫」


 少し心配そうに声を掛けられれば、僕は彼女に微笑みながら、その小さな身体を軽く抱きしめた。

 少しでも力を込めれば簡単に壊れてしまうであろう程にか弱く、脆い存在になってしまったミラの背中を優しく撫でて、立ち上がる。


「……それじゃあ行ってくるよ。待っててね、ミラ」

「あ、ぅ……? う、ん……いって、らっしゃい」


 彼女は少し戸惑いながらも、淡く笑みを浮かべると恥ずかしそうにこちらに手を振って。

 僕も軽く手を振り返しつつ――ミラを守る為に、助けるために、『新種』についての情報を集めに向かった。




 /




「判りました。ご協力に感謝致します」


 もう何度目になるかもわからない言葉を口にしつつ、頭を下げれば私は店を後にする。

 相も変わらず、『新種』に関する被害や目撃情報はまるで無く。

 私は小さく白い吐息を吐き出しながら、午前中に回った場所と自分でとったメモに視線を落とした。

 午前中は主に商店を回り、店主や客に聞き取りを行ったものの、大した成果はなく。

 精々あるのは、害獣ではなく近所のいざこざや、景気の悪い話とか、そんなのばかり。

 『新種』に繋がるような情報など、微塵もなく――……


「……はぁ」


 再び溜め息を漏らしながら、私はメモを仕舞うと寒空の下を歩き始めた。

 『新種』は、紛れもなく『災害指定』に成り得る害獣だ。

 それが今、被害を出さずに潜伏しているというのであれば、今すぐにでも駆除しなければならない。

 それが私の――否、私達の手によってなされたのならば、尚の事良い。

 『災害指定』の害獣を駆除したともなれば、私達の地位だってきっと今より良くなる筈だ。


 ……だが、それは今の仲間であるラビエリに、否定されてしまった。

 寧ろあの場では私だけが浮いているような、そんな気さえして。


「理解、出来ません」


 誰に言う訳でもなくそう呟くと、三度、溜め息を吐き出した。

 理解が出来ない。新種が行動不能になっている、というのであれば喜ばしい出来事の筈なのに、ラビエリには不機嫌そうにされてしまったし。

 今の――認めたくはないけれど、リーダーであるウィルは一定の理解を示してくれてはいたものの、特に喜んでいる様子もなかった。


 ……一応、完全に理解できないという訳ではない。

 ミラ=カーバインという女性については、私も軽くだが知っている。

 新人の中では目覚ましい活躍をしていたウィル達のグループの一番槍であり、その強さはパラディオンの中でも上位にギリギリ食い込む程だと、言われていた。

 その彼女が、無能に……いや、その輝かしい才能の全てを奪われ、年齢や記憶までも奪い取られてしまって。

 それ自体はとても痛ましい事だとは思うし、私だって彼らがそれを気に病んでいる事くらいは、理解していた。

 だからこそ、今は好機にあると――彼らを元気づけられるであろう事実を口にしたと言うのに。


 だというのに、彼らはアルシエルが口にした気休めのような言葉にこそ、喜んだ。

 確かに現象を引き起こす害獣の場合、駆除さえすればそれが消えてなくなる事は少なくない。

 少なくはない……が、全てではないのだ。

 だから、アルシエルが口にした言葉など確証のない、唯の気休めで――……


「……いえ、違いますね」


 そこまで考えてから、私は頭を左右に振った。

 解っては、いるのだ。

 彼らの感情こそ真っ当であり、自分の考えこそ合理性に寄りすぎている事など。


 北限遠征で仲間が重傷を負い、彼らが引退を余儀なくされた時、私に真っ先に浮かんだ感情は、悲しみでも無ければ同情でさえなく、酷く冷たいものだった。

 ――また新しくパーティーと関係を組み直さなければいけないじゃないか、面倒な。

 そんな冷たい感情を押し込めつつ、私は彼らとの別れを惜しみ、何度か色々なパーティーを組みながらも馴染むことが出来ず。


 『新種』の事を知ったのは、その矢先のことだった。

 私はミラ=カーバインがその『新種』に殺害され――もとい、襲われて行方不明になったと聞き、それを好機と考えて彼らの班と同行したいと願い出たのだ。

 運良く私の要望は通り、『新種』の捜索に加えて優秀な仲間達を得る事も叶い、全ては上手く行ったと――そう、思っていたのに。


「ん? どうした、そんな所で黄昏て」

「……貴方ですか、ギース」


 少し意識を散漫にしすぎていたのか。

 いつの間にか私の傍に来ていたギースにそう告げると、私は小さく息を漏らした。


 ウィルの班はなるほど、確かに誰も彼もが優秀だった。

 アルシエルの弓の腕前は舌を巻くほどだし、ラビエリの魔法も彼が自称するように天才的で。

 ウィルは――才能こそ私に劣りはしているものの、総合的な判断力に優れており。

 そして、目の前のギースもまた、間違いなく優秀な前衛だった。


 ……だが、優秀である事と馴染みやすいかどうかは全く別の話で。

 アルシエルはコミュニケーションを取ることさえ難しく、ラビエリは楽天的で私とは反りが合わず。

 目の前に居るギースもまた、ラビエリ同様楽天的で、私としては会話していると疲れる――いわゆる、苦手なタイプだった。


「珍しいな、お前さんは常にビシっとしてるタイプだと思ってたが」

「そんな事は有りませんよ。調査は終わったんですか?」


 そういった事を表情に出さないように、私はギースと並んで歩き始めた。

 ……まあ、如何に性格が合わないとは言えど、彼もまた優秀なパラディオンだ。

 こうして普通に任務の会話をする分には、さしたる問題はない、筈。

 彼は私の言葉に小さく息を漏らすと、顎を軽く撫でるようにしながら眉を潜めた。


「ああ、まあ大半はな。だが何処をあたっても梨の礫だ、少しやり方を考えたほうが良いかもしれん」

「……やり方、ですか?」

「うむ。確かにこういった地道な聞き込みも大事だろうが……埒が明かん気がしてな」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 この街に来てから数日間、聞き込みはすれど成果はなく――他の町でも同様だったこと、そして何より『新種』が身を潜めているという事を考えれば、これから先も情報が得られるかどうかは限りなく怪しい。

 ――だが、だからといってどうしようというのだろうか。


「お前さんはあの時確か、『新種』が行動不能に陥っている――といった事を言っていたよな」

「ええ、確かにそう言いましたが……?」

「……なら、色々とやりようはあるだろうさ」


 お前やアルシエルは嫌がるかもしれんがな、と。

 ギースは何やら思いついたのか、ニンマリと笑みを浮かべて……私はなぜだか、背筋に嫌な悪寒を感じてしまった。

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