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5.それでも、一縷の望みを

 ――ミラと思われる少女を発見した日の、夜。

 シスターの頼みもあって、僕らは教会で一夜を過ごす事になった。

 幸い長椅子やテーブルもあるから、5人でも寝床に困ることは特にはなさそうで。


「……つまり、話を纏めると、だ」


 流石に教会の中で飲酒するのは気が引けたのか、ギースは珍しくお茶を口にしながら……先程自身が見た少女を思い返し、小さく息を漏らした。

 アルシエルも、ラビエリも同様に、表情は暗く。

 ……多分、僕も同じような表情を浮かべているのだと、思う。


「あのお嬢ちゃんが、その、なんだ……ミラで、良いんだよな」

「……状況から考えて、ほぼ間違いないと思う」


 あの少女を包んでいたという装備、そしてタグに刻まれた名前。

 喪失している記憶と、有り得ない程の才能の欠如。

 そして、余りにも共通しすぎている容姿。

 それらの全てが、あの少女がミラだという事を示唆していて――そう考えるだけで沸々と湧き上がってくる黒い感情を、僕は水を飲んで何とか飲み込んだ。


「何だよ、それ……こんなの、いくら何でもあんまりだろ」

「……ミ、ラ……もと、に……もど、るの……?」

「判らない。こんな症状を起こす害獣なんて、教本にも無いから」

「でしょうね。だからこその、『新種』でしょうし」


 ……今は、リズの冷静な言葉がありがたい。

 ミラを襲った惨状に、僕らは明らかに動揺して、冷静さを少なからず失っていた。

 元のミラを知らない、最近班に加わった彼女だからこそ、この状況でも冷静さを欠かずにいられるのだろう。


「しかし、これで『新種』の持つ能力がおおよそ推察出来ますね」

「そうだね、ビットの証言と……ミラの、今の状態を見れば」


 今まで未知だった『新種』の能力――全てではないけれど、その一端。

 それは、今まで集めた情報でおおよそだけれど、理解できた。


 大雑把に言ってしまうのであれば、奪う(・・)能力。

 その者が生きてきた上で得てきた経験、時間、能力――その者を成す根幹にある才能。

 相手のありとあらゆる全てを奪い尽くし、消滅させる。

 よしんば消滅しなかったとしても、逃れたのだとしても。

 才能を奪われた対象は赤子のように無力な存在に成り果てて、生存さえ困難になる……そんな、最低最悪の能力を持つ害獣こそが、『新種』。

 それに加え、証言通りであるのなら不可視の存在でも有り――……


「……っ、何だよそれ、最悪じゃんか」


 ラビエリは僕とリズの推察を聞けば、髪の毛を掻きむしるようにしながら息を漏らした。

 ギースもアルシエルも同じ感想を抱いているのだろう。その表情は一様に、暗い。

 当たり前だ。これまで僕らが相対してきたどんな害獣よりも、『新種』は悍ましく、凶悪で。

 そんな物の事なんて、知れば知るほど気が滅入るに決まってる。


「ですが……これは、もしかしたら、という話ではありますが」

「……何さ?」


 そんな暗い空気の中。

 リズは少しだけ言い淀むようにしてから、不機嫌そうなラビエリの視線を受けると小さく咳払いをして、言葉を続けた。


「もしかしたら、今が好機なのかもしれません」

「好機?」

「それだけの能力を持つ『新種』による被害が、現状確認されていない……という事は、『新種』が活動不能……或いは、それが困難になっている可能性が高いかと」

「……確かに、こんなやばい奴が被害出してねぇってのも可笑しな話だわな」


 リズの言葉に、ギースはふぅむ、と小さく息を漏らしながらお茶を口にして、腕を組む。


「……以前、私は『新種』を災害指定ではないと言いましたが、これは恐らく災害指定に成り得る(・・・・)害獣。今を逃せば、甚大な被害が出る可能性があります」

「で? だから? 姿も見えず、居場所も判らない害獣をどうしようってのさ」

「それは――……」


 どこか刺々しい、そんなラビエリの言葉に何も続ける言葉が無かったのか。

 リズは口籠ると、視線を落としてしまって――ああ、うん。

 判ってる、大丈夫……彼女にも任された立場を、放棄するつもりなんて微塵もない。

 僕は軽く自問自答しながら小さく息を吐き出せば、パン、パン、と軽く手を叩いた。


「落ち着いて、ラビエリ。リズは冷静に物を言ってるだけでしょ?」

「……それは、まあ」

「リズも。今僕らが出来る事は、『新種』を倒す事じゃなくてその能力を報告すること、だよね?」

「……はい、そう……ですね」


 ……正直な所を言えば、僕だってまだ冷静なんかじゃない。

 心の整理だってついてない。出来る事なら――『新種』をこの手で、括り殺したい。

 でも、それは……ミラが認めてくれた、リーダーとしての僕ではないから。


「リズ、悪いけど報告書を頼めるかな?」

「はい、判りました。今夜中には仕上げておきます」

「それじゃあ、今日はもう休もう。明日からはまた『新種』の捜索を――」

「……え、と……っ、い、い!?」

「――どうかしたの、アルシエル?」


 時間を置けば少しは冷静になれるだろうと、早々に話を切り上げて解散しようとすると。

 それを遮るように……珍しく、本当に珍しく、アルシエルが声を裏返しながら手を挙げた。

 アルシエルはこくんと頷けば、教本を机の上に置いて。何かを探しているのか、慌てたようにそれを捲り……そして、とあるページに書かれていた害獣を、指さした。


 そこに書かれていたのは、『(よい)(とばり)』と呼ばれる害獣。

 本体が特に何かをするわけではないのだけれど、その場に居るだけで周囲を夜にしてしまう、そんな能力を持った害獣で。

 宵の帳自体が小型のネズミのような姿をした害獣であるが故に、隠れているそれを探すのも大変で、手間取っている間に周辺の作物に大損害を与えるという……そんな害獣を指し示しながら、アルシエルは何かを言いたそうに口をパクパクとさせていた。


「……宵の帳が何だというのですか?」

「ちょっと黙ってなよ。アルシエルが話そうとしてるんだから」

「……っ、ん……と、ね……こ、こ」


 中々言葉が出ない様子のアルシエルをリズが急かそうとすれば、それをラビエリが遮って。

 そうして、小さく息を飲んだ後……その宵の帳の項の、末尾を指させば、アルシエルは僕らの方へと視線を向けた。


「えっと……何々……?」

「宵の帳を駆除すれば、周辺の時間帯は通常の物に戻る……ん、まあそりゃあそうだわな」

「――あ」


 ……それを見た瞬間、思わず声が出た。

 そうだ、そうだった。

 物理的な損傷を与えてくる害獣ばかりを相手にしていたから、想像すらしていなかったけれど――超常的な現象を起こす害獣の多くは、大元を叩けばその現象は消滅し、元に戻る。

 そうでなければ今頃もっと世界は滅茶苦茶で――でも、重要なのはそこじゃない。


 大事なのは、元に戻る(・・・・)ということ。

 才能や年齢、記憶の略奪なんていうのは真っ当なじゃあない、超常に分類される現象に他ならず。


「……新種を、討ち滅ぼしたら……!!」

「ん……っ!!」

「そっか……そっか、そうだよ!」

「ん……ど、どういう事だ?」

「つまり、ミラが元に戻るって事!!」


 僕の言葉に、アルシエルはぶんぶんと頭を上下に振り。ラビエリもそれを理解したのか、暗かった表情を一気に輝かせて。

 まだ先程の話がよく飲み込めていないギースにラビエリがはっきりとそう告げれば、ギースの表情も一気に明るくなった。


「おお、そうか!なんだ、希望が見えてきたじゃあないか!!よし、酒を――」

「良しじゃありません、やめなさい!教会で何を考えているのですか、貴方は……!!」


 酒盛りを始めようとするギースをリズは慌てて止めつつ、そんな二人にラビエリは呆れたように、しかし笑顔を見せる。

 ……そうか、まだ……まだ、チャンスはあるんだ。

 そう思うと、僕も沈み込んでいた心が一気に晴れやかになるのを感じていて。

 シスターに迷惑にならない程度に喜びあいつつ、僕らは教会で一夜を過ごした。




 /




「……ん」


 皆が寝付いているのを確認してから、外に出る。

 ……ウィルが憔悴しきってるのが見てられなかった、けど。少しでも明るくなってくれて、いつもの調子に戻ってくれて、よかった。

 そんな事を考えながら、教会の外で夜風を浴びつつ――私は、小さく息を漏らす。

 白く染まった息は直ぐに溶けて消えていって。この胸に、胸の奥に溜まっているものも、そうなってしまえば良いのに、なんて。

 ……私がいったことなのに、今更ながら私は少しだけ、後悔していた。


「風邪引くよ」

「……え、ぁ」


 そうやって黄昏れていると、隣から……足元の方から、聞き覚えのある声が、して。

 視線を向ければ、そこには毛布をずるずると引きずってきた、少し眠たげな顔をしたラビエリが、いた。

 気配を消してきたつもりだったのだけど、起こしてしまったのかな?


「……僕も眠れなくてさ。気配消してても扉が開けば、流石にね」

「う……ご、め……ん、ね?」


 ……扉の音にまでは気が向いてなかった。

 私は少しだけ恥ずかしくなりつつ、毛布を受け取ると軽く体にかける。

 中に入れば良いのだけれど……そうする気には、とてもなれなくて。


「あの、さ」

「……う?」

「あんまり、気にしない方が……その、いいと思うよ」


 ラビエリの言葉が、どこかこちらに気を使っているようだった。

 どうして彼が、私にそんな言葉をかけてくれるのか、よく判らなくて、私は首を傾げてしまう。


「――あれ、さ。ウィルを元気づけようとして、とっさに思いついたんでしょ?」

「……っ」


 ――ちがった。

 彼は、全部解ってたんだ。

 私があの時、とっさに見せたアレは……別に、確証があってやったわけじゃないんだって。

 ただ、皆を元気づけたくて……そういう、仮初の希望をもたせただけなんだって。


「知ってるよ。現象を起こす害獣は確かに元に戻る事例もあるけど、そうじゃないのもある」

「あ……ぅ」

「ああ、ごめん、違うんだ。アルシエルを責めたいんじゃなくて……ああ、もう。僕はだめだな」


 でも、彼はなぜだか、私を責めるような様子はなくて。

 少しだけ苛立たしそうに頭を掻くと……そっと、毛布越しに私に体を寄り添わせて、くれて。


「――その、一人で抱え込まないで欲しいんだ。アルシエルは、仲間なんだしさ」

「あ……っ、ぅ……らび……え、り」


 ……その言葉に、私はじわり、と胸が暖かくなるのを感じた。

 元気づけるために、根拠にもなってない……元に戻るか5分5分もないかも知れないそれを、さも元に戻るように言ってしまった、胸の苦しさは、少しだけ和らいで。

 私はその場に座り込むと、彼の肩にそっと体を寄り添わせながら――……


「……っ、く……えぐ……っ!ぅ……っ」

「ん……辛いよね、皆。ウィルもだし、あのギースも、僕も、アルシエルも……わからないけど、多分リズだって」

「ひっく……っ、んっ、ぅ……っ!う、ん……っ」

「大丈夫さ、きっと全部良くなるよ。僕は天才だからね、そういうのは判るんだ――」


 私を慰めるような、明るいラビエリの声に、言葉に。

 耐えられなくて溢れ出した涙を、優しく受け止めてくれる彼の言葉に、私は耳を傾けながら。

 月が綺麗な寒空の下、2人きりで……涙が枯れるまで、彼と寄り添い続けた。

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