4.それは、余りにも残酷で
「――ごめんください。誰か、いらっしゃいますか?」
――リズが行商人から聞いた情報を頼りに、僕はその教会へとたどり着いた。
教会がある場所は、かつて他のパラディオンが調査に入った、この地域でも一番大きく栄えている街。
本来ならば既に調査しているという事で他のパラディオンが少数ながら駐留しているし、再調査をする必要は無いのだけれど。
『……まあ、再調査するのも良いかも知れませんね。特にこの街は一番最初に調査した所ですし、変化があるかも知れませんから』
リズ本人がそう言ってくれた為、僕らはこの街を再調査する事になり。
ギース達が『新種』の調査をしている間、僕は件の教会を訪れて、ミラについて聞くことになった。
声を掛けてからしばらく待つと、中から出てきたのは穏やかな容貌のシスターが一人。
いかにも優しそうなそのシスターに、話を聞きやすそうで良かった、なんて安堵しつつ僕は彼女のことを聞く事にした。
「ここに、ミラという子が居ると聞いたのですが――」
「ええ、確かに――……もしかして、ミラさんのお兄さんですか!?」
「おにっ!? い、いえ、そういう訳で無いのですが。良かったら、お話を聞かせてもらえないかと――」
……ミラのお兄さん、という言葉に思わず吹き出しそうになるけれど、既の所でこらえる。
ミラの、ミラのお兄さんって。
寧ろ身長とかいろいろ考えたら、逆に見られる事の方が多いだろうに。
まあ、薄々そうじゃないかとは思っていたけれど、どうやら空振りらしい。
それならそれで、この街でなにか変わったことは無かったかを聞くことにしよう。
僕は少しだけ落胆しながらも、それを顔に出さないようにしながら、シスターに軽く街の事について伺おうとして――
「……しす、たー」
「あら……ミラさん、待っててと言ったでしょう?」
「あ、ぅ――ごめんな、さい」
「――ミラ?」
――その、ミラと呼ばれた少女を見た。
少女、と言うにも少し早い気がする、幼女に近いその少女は、見覚えのある赤髪で。
瞳の色は、透き通るように青く――彼女を、ミラを幼くしたのなら、ちょうどそんな感じになるんじゃないかと言った、そんな風貌をしていて。
どくん、と。
嫌な予感を覚え、僕は冷や汗を垂らした。
「……っ、あの、この子を何処で!?」
「ミラさんを、知っているんですね? 判りました、こちらへどうぞ」
僕が問い質すと、シスターは彼女によく似た少女を優しく寝室へと連れていけば、応接間らしい所へと案内されて。
真剣な面持ちで僕の顔を見る彼女の顔には、穏やかさ等は微塵もなく、寧ろ――どこか、僕に怒りと言ったような物さえ抱いているような。
そんな雰囲気さえ感じさせるシスターに、僕は逸る気持ちを抑えながら、用意された椅子に腰掛けた。
シスターはそんな僕と向かい合うように腰掛けると、背筋を伸ばし。厳しい視線を向けたまま、口を開く。
「貴方は、ミラさんとどういった関係なのですか?」
「……それに答える前に、確認したい事があります。彼女を、何処で?」
「この街から出て、すぐの所にある川べりです。彼女は布に包まれて、捨てられていました」
――捨てられていた。
つまり、周りに誰も居なかった、という事。
「もし良ければ、その布を確認させてもらっても?」
「構いません。どうぞ、確認して下さい」
シスターは僕に厳しい視線を向け、敵意にも似た物を向けながらも、少女が包まれていたという布を棚から取り出せば、机の上に並べていく。
……僕は、絶句した。
そこに有ったのは、見覚えのあるものばかり。
当たり前だ、そこに有ったのはパラディオンの支給品の成れの果てで。
そして、ボロボロになったタグには――辛うじて、ミラと読める程度の文字が刻まれていたのだ。
「……っ、これに……あの子が?」
「そうです。ミラさん……いえ、本当の名前は判りませんが」
そこまで口にしてから、シスターは眉間にシワを寄せて、はっきりと僕の方へと敵意を向ける。
「――っ、あの子を捨てたのは貴方ですね!?」
「……え」
――彼女の言葉に、一瞬だけフリーズした。
捨てた?
僕が? 彼女を?
一瞬で頭が熱に侵されそうになる。余りにもふざけた事をいわれて、僕は思わず目の前のシスターに怒鳴り散らしそうになって――それを、何とか抑え込んだ。
考えれば、そう思われても仕方がない。
あの少女を保護したシスターからすれば、それを見て動揺する僕は彼女を捨てた者だと判断するのも、無理からぬ事だろう。
「……っ、は、ぁ」
「どうして捨てたのですか!? 貴方の子供でしょうに、何故――」
「――まって、下さい」
胸に溜まったものを吐息に変えて吐き出しつつ、僕はシスターの言葉を遮った。
僕の様子に、シスターもハッとして……軽く咳払いすると、机に乗り出していた身体を戻し、椅子に姿勢良く腰掛けて。
そして、敵意を収めると……心底申し訳なさそうに、顔を赤らめた。
「……申し訳ありません、感情的になってしまいました。年齢を考えたら、貴方があの子の親な筈が無いですよね」
「あはは、まあ……そうですね、僕は未だ二十歳にもなってませんし」
シスターの言葉に苦笑しつつ、僕は改めて――ミラが着ていた支給品の、その成れの果てを見た。
これが何だったのか、シスターが判らなかったのも無理はない。
鎧部分はほぼ朽ちて、金具だけになっていたし……残っている布部分さえもボロボロで、僕だって大元である支給品を知らなかったら、これがただのボロ布にしか見えなかっただろう。
「先ず……これは、パラディオンが調査中の対象に関する情報でもありますから、口外しないことを約束して下さい」
「……まさか、害獣の……? い、いえ、判りました、女神様に誓います」
ハッとして息を飲むシスターを見つつ、彼女なら――捨てられた少女の親に、怒りを顕にするような善性をもった彼女なら、きっと言いふらすような事もないだろうと。
僕はそう判断すれば、『新種』が確認された、そのあらまし。
つまり、ミラ達のパーティーが壊滅した、一番最初の所から、彼女に説明した。
ミラ=カーバインが率いていたパーティーが、未知の害獣――『新種』に壊滅させられた事。
それが、この近辺で起きた出来事だという事。
今、パラディオン達がその『新種』を創作している、という事。
……そして、ミラ=カーバインが元々は僕のパーティーの一員であり、仲間だったという事を。
「……先程は、申し訳ありませんでした。何も知らず、あんな事を」
「いえ、寧ろ安心しました。あの状況ならそう判断しても仕方ないですし」
心底申し訳なさそうにするシスターに、僕はそう言いながら――先程見た、ミラと呼ばれていた少女を改めて思い出す。
彼女は、余りにもミラとの共通点が多すぎる。
髪の色、瞳の色、肌の色、それに風貌に至るまで、ミラをちょうど幼くしたような、そんな外見で。
そんな彼女がミラの装備に包まれていた、というのであれば――考えられる事は、そう多くはない。
「その……あの子について、なのですが」
「ミラさん、ですよね」
「はい。もしその害獣に襲われたミラという方と同一人物であるのであれば、納得出来る事があるんです」
そんな事を考えていると、シスターは少し口に出しづらそうにしながらも、伝えるべきだと、そう判断したのか。
小さく息を漏らしてから、視線を落とし――……
「ミラさんには、才能が無いのです」
「……無い? えっと、それはどういう」
「何一つ、才能を持っていないんです。それどころか、殆どの才能が、その……全く、無いと言うか」
「待って、ください」
シスターが酷く言いづらそうにしている事が何なのかは、すぐに理解できた。
理解できた、けど――僕は、それを理解したくはなかった。
ミラには、槍の才能と騎乗の才能があった筈だ。
それも、並ではなく天才レベルの、そんな才能があった……もっていた、筈なんだ。
――それが、無い?
「……槍や、騎乗の才能は?」
「とんでもない!そんな危ない事をさせたら、あの子は死んでしまいます!!」
でも、彼女の口ぶりからしても、それが虚言でない事は直ぐに判ってしまった。
つまり、今の彼女は……ミラ、は。
「つまり……その、赤子同然だ、と?」
「……そう、です。どんなに、何を努力しても、幼子くらいまでしか」
――この世界で生きていくには、余りにも。
余りにも無力な存在に、成り果ててしまっている、という事で。
だからこそ、彼女がミラなのだと、はっきりと理解できて……確信して、しまった。
そこまで才能が欠如してしまう、なんて事は普通は有り得ない。
産まれた後の怪我で、その才能が振るえなくなる事が有ったとしても、最初から才能全てが存在しない人間なんて、存在しない筈で。
それが、こうして存在しているという事は――……
「……っ、クソっ!!」
頭の中で出した結論に、僕は思わず毒吐いてしまった。
最悪だ。余りにも、余りにも酷すぎる。
彼女が大怪我をしているとか、意識が戻らないとか、そういう事は覚悟していたけれど――こんな、余りにも残酷な事は、予想さえしていなかった。
僕の大切な仲間である、ミラ=カーバインは。
年齢と、記憶。そして自らの根底である才能、その全てを『新種』に奪い尽くされていた。
それが意味することは、つまり……成長さえ、殆ど出来ないという事で。
年齢と記憶だけならば、まだ人生をやり直すという選択肢も……僕は認めたくはないけれど、あっただろう。
だが、ミラにはそれさえも許されない。
ありとあらゆる才能を根こそぎ奪われてしまった彼女は、この先どんな者にだってなれやしない。
それどころか、一生を誰かに庇護されなければ、生きていく事さえ――……
「……っ!」
ダンッ!と、拳をテーブルに叩きつける。
僅かでも怒りを吐き出さないと、気が狂ってしまいそうで。
シスターはビクッと震えていたけれど、それに言葉をかける余裕さえ、僕には有りはしなかった。




