7.vsオラクル(超手加減モード)(後)
「うん、うん。悪くないわ」
槍をいなし、斧をかわす。
時折足元を狙い撃つかのような風が来れば、その場から飛び退いて、彼女達と少し間合いを離す。
……うん、成る程。思いの外、連携は取れているみたい。
ミラさんの槍はそれなりに早いし、それを牽制として本命の一撃をギース君が放つ、というのは在り来たりだけれど良く出来ている。
それをかいくぐられた時のフォローは、後ろに居るラビエリ君が担っている、という感じらしい。
きっと、彼らは普段から害獣相手にしっかりと連携をとってあたっているのだろう。
これくらい出来るなら、危険度がそれなりにある害獣が相手になっても問題なく駆除できそうな感じはする。
――とは言え、それだけ。
パラディオンでは中堅か、或いはそれより少し上か下くらいの実力と言った所かな。
まあ、まだ経験の浅い段階でこれだけ出来るなら、ウィルを預けるパーティーとしては及第点くらいはあげても良いのかも知れない。
彼女たちの攻撃をいなしつつ、そう言えば、と最愛の弟の方へと視線を向ければ――彼は、何やらタイミングを伺っているみたいだった。
ふむ、もしかしてウィルがリーダーだったりするのかな、このパーティー。
ウィルは一つの才能に恵まれなかった代わりに、広く浅く才能を得たオールラウンダータイプ。
前衛も後衛も、そつなくこなせる程度のいわゆる中衛的な立ち位置で、どっちの動きにも一定の理解が有るから、そういう意味ではリーダーには向いているのかもしれない。
……お姉ちゃんとしては、危ないことはして欲しくないんだけどね。
「――皆、仕掛けよう!」
「あいよ!失敗しても、僕を恨まないでよね――!!」
そんな事を考えていると、ウィルの号令と同時にミラさんが、ギースくんが、ラビエリくんが動き出す。
――前衛をしていた2人は飛び退いて、同時にラビエリくんが魔法を放つ素振りを見せた。
それと同時に、彼らが何をしようとしているのかを理解する。
成る程、槍と斧、それに散発的な魔法じゃ埒が明かないと思って、広範囲の魔法に切り替えたという訳だ。
その判断は半分正しい。
小規模の風や炎なら、見てからでも回避はできるけれど……広範囲ともなれば話は別。
見てから回避しようとしても、その時には既に範囲内なんだから回避のしようがない。点での攻撃を連発するのではなく、面での攻撃に切り替えたという訳だ。
――でも、半分は不正解。
それをするのであれば、たとえ巻き込まれるとしても1人は私を拘束する為に残すべきだった。
「甘い甘い――」
2人が飛び退いたのを見てから、私はラビエリくんの方へと駆ける。
当たり前だよね?だって、今まで私を抑えてくれていた2人が、揃って飛び退いたんだもの。
自由にさえなってしまえば、その場に留まってあげる道理はない。私はミラさんが跳び、地面にたどり着くよりも疾く駆けて――
――瞬間。私の耳に、風切音が届いた。
瞬時にそちらに視線を向ければ、そこにあったのは丸い布に覆われた何か。
そして、その向こうに居る、スリングを構えたビーストの女の子――アルシエルさん。
冗談。
私は確かに手を抜いていたけれど、今ラビエリ君を気絶させようと間合いを詰めたその動きは、決して遅い物じゃなかったはず。
なのに――アルシエルさんが放ったその何かは、正確に私の顔へと――
「――ッ!!」
――それ以上の思考はできなかった。
反射的におもちゃの剣でそれを切り払えば、中から出てきたのは何かの粉。
咄嗟に前へと進んでいた体を、強引に後方へと切り替えしたけれど――その粉を、幾分か吸ってしまって――
「……っ、はっくしゅんっ!?」
――コショウ!?なんて物投げつけてきたの、この子達は!!
いけない、早く魔法の範囲から脱出しないといけないのに……!
「くしゅんっ!は……くちゅんっ!」
「っ、よっし!ナイスだアルシエルさん!」
「ん……っ!!」
嬉しそうなウィルくんの声と、それに応えるアルシエルさんの声。
ああ、やっぱりウィルは可愛いなぁ、なんて思いつつも――周囲を、風がうずまき始める。
……うん、完全にやられました。
最初に2人で仕掛けてきたのも、魔法で牽制してたのも、全部がオトリ。
2人揃って飛び退いたのも、これ見よがしに魔法を使おうとしたのも引っ掛けで、本命はこのコショウだったという訳だ。
正直、ちょっと甘く見ていた所はあると思う。
ミラさんもギース君も、ラビエリ君もアルシエルさんも――それに、最愛の弟であるウィルの事も。
周囲には風の壁。外からは、かすかにだけれど喜ぶような声。
私は、ウィルにそれなり頼もしいお友達ができたんだなー、と少し寂しく、そして嬉しく思ってしまって。
「――でも」
――でも、君たち。ちょーっと気を抜くのが早すぎはしないかな?
/
――うまくいった。
僕らの作戦のような物はピタリとうまくハマってくれたようで、はっきりと僕らの目の前で、姉さんは風の中に閉じ込められた。
流石の姉さんも、魔法を切り裂いたりは出来ないと思うし――これは、実質勝ちと言ってもいいんじゃなかろうか。
「やったな、ウィル!」
「うん、正直ここまでうまくなんて思ってなかったけど――」
「いやぁ、やはりアルシエルの狙撃の腕前は大したもんだ!」
「釣りとは言っても、エミリアさんがこっちに狙いを定めた時は生きた心地しなかったよ……ありがと、アルシエルさん」
「……え、へへ……」
今回の一番の功労者というか、MVPというか。
アルシエルが居なければ、今回の作戦はそもそも成立していなかっただろう。
皆に称賛されれば、アルシエルは顔を赤く染めながら頬を掻いて。
そんな彼女を、僕らは微笑ましく見ていると――
――目の前で、ギースがぐるん、と。
冗談のように空中で回転すれば、背中から思い切り床に叩きつけられた。
「――ぐ、ぉ!?」
「え――」
視線をラビエリが作った風の壁に向ける。竜巻のように渦巻いているそれは、未だに解けていない。
だと言うのに、何故――
「ほーら、勝ったと思っても直ぐに油断しない!ちゃーんと見てれば解った筈よ?」
――どうして、姉さんが外にいるのか。
ギースが倒れた一瞬、僕らは全員硬直し……それでも武器を構えなおそうとするけれど。
「はい、おしまい」
それよりも早く、姉さんのおもちゃの剣は僕らを捉えていた。
足元を狙われると理解していたミラだけは反応しようとしていたけれど、それさえも無意味な程の疾さで地面に叩き伏せられる。
そして――最後に、僕を背後から抱きかかえて、姉さんは何処か嬉しそうに、そして可笑しそうにそう呟いた。
……あまりに一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのか理解できなかった。
どうして姉さんが風の壁の外に居るのか。そもそも、どうやって――壁を壊すこと無く出たのか。
混乱している様子の僕らを見つつ、姉さんは僕を抱きかかえたままおもちゃの剣をしまうと、僕の頬にぷにぷにと指をつきつける。
「……正直お姉ちゃんにコショウを浴びせたのはどうかと思うけど。そこまではとても良くできてたわ」
「い、一体どうやってあの状況から……?」
「ん。風の壁っていうのは良かったけれど、形が悪かったわね。出口があるんだもの」
姉さんが指さしたのは、風の壁の上。竜巻状になったその風は、上に行くに連れて弱まっており――天井近くまでいけば、壁とは言えない程度になっていて。
それを聞いたラビエリは、はは、と乾いた笑い声を上げながら風の壁を消滅させた。
……出口、と姉さんが指さしたのは、人間じゃまず跳躍し得ない遥か上の所だ。
あんな所から出るなんて、予想出来るわけがない。
「まあ、正直な所を言えば強引に抜けても良かったんだけど……とにかく、勝ったと思っても油断しちゃ駄目。パラディオンとしてはそんなの、愚の骨頂なんだから」
「……は、い」
「――とは、言え」
僕らを軽く叱咤してから、姉さんは僕を抱く腕に力を込めると……嬉しそうに、笑みを零した。
「よく出来ました!私の予想を超えていたわ、将来が楽しみね♪」
「は、ぁ……ありがとう、ございました」
「はは、剣の聖女様に褒めてもらえるとは恐悦至極だが……こんな状態、ではなぁ」
「……あ、ぅ……」
「あらら、目を回しちゃってら。ほら、起きてアルシエルさん」
姉さんの言葉に、ミラもギースも嬉しそうにしつつも苦笑して、体を起こす。
アルシエルはまだ軽く目を回しており。ラビエリは苦笑しつつも、彼女を引っ張り起こした。
……まあ、うん。今の僕らとしては、姉さんの言う通り良く出来た方だろう。
実力云々というよりは、姉さんの油断に付け込んだ部分が大きいのだし。
ミラも、姉さんに僕らの力を示すという目的は達せたみたいで、何処か満足そうだから、成果としては十分だ。
十分、なのだけど。
「……あの、姉さん。そろそろ降ろしてもらっても良いかな……?」
「んー、ダーメっ。ここ数日ウィルと離れ離れで、お姉ちゃん寂しかったんだからっ」
姉さんの力は万力のように強くて、あれだけ鍛えたつもりの僕の力じゃびくともせず。
結局、皆から生暖かい視線を送られながら――十数分もの間、僕は姉さんにハグされ続けて。
ようやく満足したのか、姉さんがほっこりとした顔で僕を開放すると、改めて僕らの方へと視線を向けた。
「さて、と。ねえ、貴方達」
「ん……どうかしたの、姉さん」
「ここで問題です。私がここ数日、本部に滞在している理由は何でしょう?」
「――む?」
唐突な姉さんの言葉に、ギースが首をひねる。
……そう言えば、姉さんはオラクルなのだし理由もなく何処かに滞在、なんて事はしないはずだ。
オラクルはパラディオンと違い、本当に少数精鋭。両手で数えられる程度の数しか居ない彼らは、基本的に日々悪神の使徒との戦いに明け暮れていて――
「……まさか」
「――近々、悪神の使徒との戦いがある、と?」
「はい、ミラさん大正解!そう、私はその時の為に有望なパラディオンを此処で集めていたの。アイツは私が相手をするけれど、取り巻きの害獣はそうは行かないから」
「アイツ……って、もしかして」
「そう、アイツ……黒犬よ」
――姉さんが以前語ってくれた、失敗談を思い出す。
あらゆる武器を受け付けず、あらゆる魔法をその咆哮で掻き消す悪神の使徒。以前は姉さんと痛み分けになって撤退したと言う――『黒犬』。
それとの戦いが、近い内に起こると。そう、姉さんは言っているのだ。
黒犬の名前を少しだけ忌々しそうに口にした姉さんは、直ぐに明るい表情を浮かべ、軽く手を合わせる。
「それで、何だけど。貴方達、来るつもりはない?」
「え……え、え……っ!? く……ろ、いぬ……と……たたか、う……ん、ですか……!?」
「違う違う、貴方達が戦うのはその周りにいる害獣よ。私は多分黒犬にかかりきりになるから、害獣達はパラディオンに任せるつもりなの」
だからね、と姉さんは笑顔を浮かべて。
「――丁度いい機会でしょうし。貴方達も一度、死線を経験してみたらどうかしら♪」
楽しいわよ、と。まるでピクニックにでも誘うかのような気軽さで、僕らを――この世界における、最前線へと誘うのだった。




