6.vsオラクル(超手加減モード)(前)
「――では、そのようにお願いしますね」
「解りました、優秀な者を選りすぐっておきます」
話を終えて、部屋から出る。
……はぁ、結局ここ2日くらいはろくにウィルと会話も出来なかった。
本当に、本当に久しぶりに最愛の弟と過ごせる貴重な時間だったのに、もう。
それもこれも、要件がすぐに済まなかったのが悪い。ささっと話して、女神様から聞かされた予定日まではウィルとのんびりまったり過ごす予定だったのに。
「あ」
そう言えば、ウィルのパーティーに居た女の子……名前は、ええっと……ミラさん、だったっけ。
彼女に課題のような物を出したけれど……ああ言った手前、一応、私の方から聞きに行ったほうが良いのかな。
彼女に言った、パラディオンに向いていないという言葉は嘘偽りない真実だ。
だって、彼女の申し出とか戦い方を見て、判ってしまった。
あの子は、何かを守りたくて戦ってるわけじゃない。強くなりたくて戦っているだけ。
そういう人間は頭打ちになった後、モチベーションが続かなくなってパラディオンを続けられなくなったり、或いは――任務先で大ポカをやらかしたりする。
よりにもよって最愛の弟が居る場所にそんな子が居るなんて、冗談じゃあない。
……強くなりたいのが悪いわけじゃあないけれど。
多分、あの子の望みは私みたいに『オラクルになる』事だろうから。
それは、あの子程度の才能じゃあ絶対に無理だ。女神様は、あの子程度の才能には目もくれない。
それなら、いっそここでオラクルを辞めて帰るのが、彼女にとっても幸せ……の、筈。
正直、その程度の才能が私には羨ましかった。
もし私に才能さえなければ、ずっとウィルと一緒にいられたのに。
だって、私が守りたいのはママとウィルと――もう居ない、パパだけで。他の人間を守るのなんて、あくまでオマケなんだから。
「――まあ、そういう訳にもいかないよね」
自分で口にして、笑ってしまう。
そう、私はもう女神様に選ばれてしまった。オラクルになってしまった。
だから、もうこの責務から逃れる事はできない。
「さて、と。それじゃああの子を呼び出すとしましょうか」
幸い、まだ日程には余裕があるし。
彼女の裁定を終えたら、後は最愛の弟とのんびり過ごすとしよう、そうしよう。
戦いが好きな訳では無いけれど、ここでの日々は退屈が過ぎるし。ウィルはこんな場所で、退屈していないのかな……?
私は軽く伸びをしながら、その辺りを歩いていたパラディオンの子に彼女を訓練場へと呼んでもらって。
その後の事に思いを馳せながら、私は鼻歌混じりで訓練場へと向かうのだった。
/
あれからあっという間に時間は過ぎて、ミラは姉さんに呼び出された。
呼び出されたのはミラだけだけれど――当然、今回は僕たちも一緒に行く。
正直な所、まだ作戦を詰めきれてはいないけれど、これ以上はやってみないと判らない所も多いのだから仕方がない。
訓練場に入れば、中には姉さんが1人で僕ら……というかミラを待っていた。
姉さんはどうやら、僕らも一緒に来たのが意外だったようで、目を丸くして。
「あら、どうしたのウィル? ふふっ、もしかしてお姉ちゃんが恋しかった?」
「ううん、そういう訳じゃないけど――」
心底嬉しそうに破顔する姉さんに苦笑しつつ、僕はミラの肩をそっと押した。
ミラは少し緊張していたのか、ビクッと震えた後、小さく息を吸い、吐いて――小さく頷いてから、姉さんの方へとまっすぐ視線を向ける。
「――エミリア、さん」
「ああ、そう言えばそうだったわね。それじゃあ、もう一度聞くわ」
ミラの声に、申し訳なさそうに手を合わせて――その瞬間、姉さんの柔らかだった表情に、冷たいものが混じった。
その瞬間、訓練場の気温がガクン、と下がったかのように寒気が全身に走る。
――この寒気は、ただの余波だ。
ミラにぶつけられている姉さんの意志の余波。ただ周りに立っているだけだというのに、背筋が凍ってしまったかのような錯覚さえ感じてしまう。
それを直接浴びているミラは――顔を青くしつつも、それでもしっかりと踏みとどまって、姉さんに視線を向けていた。
「――貴女は、一体何を守りたいの?」
「私、は――」
ミラの声が、震えている。
それでも姉さんは、ミラを視線で射抜くのを止めず……これでは、まるで蛇に睨まれた蛙のようなものだ。
僕は姉さんにそれを止めさせようとして――それを、ミラ自身に制止された。
「……私、は。かつて憧れた、御伽話の騎士のように……皆を、守りたい。世界を、守りたい」
そして、ミラが震える唇でそう口にすれば……途端に、全身を襲っていた寒気が止まり。
姉さんは、少し意外そうな顔をしながらも、元の、柔らかい笑みを浮かべて……ゆっくりとミラに近づけば、優しくその頭を撫でた。
「そう。なら、良いわ。その願いの為に、パラディオンを続けなさい」
「……ぁ……は、はい」
頭を撫でられて、ミラは目をパチクリさせながら頷いて。
それを見て、姉さんは満足気に頷けば、僕らの方へと視線を向けた。
「それで、一体どうしたの? 呼んだのはミラさんだけの筈なのだけど」
「その、エミリアさん」
不思議そうにしている姉さんに、ミラは声を振り絞るようにして声を掛ける。
……不躾な願いだということは、ミラ自身重々に理解しているのだろう。
緊張と、そして不安が入り混じったような声で、それでもなお言葉を続けていって。
「……前回は、無様を見せて申し訳ありませんでした。もう一度だけ、チャンスを下さい」
「――へぇ?」
そして――ミラの言葉に、姉さんの表情が少しだけ変わった。
優しくも、冷たくもない。
何処か――そう、新しいおもちゃを見つけた子供のような、好奇心に満ちた、そんな表情。
そんな表情でミラをしばらくの間眺めた後、手を軽く合わせながら満面の笑みを浮かべれば、何時から持っていたのか。
前回使っていたおもちゃの剣を片手に、訓練場の真ん中に立った。
「なるほどね、今回は5人で来ると。ちょうど良かったわ、少し体が鈍っていたの――少しは、期待して良いのよね?」
「出来る限り、退屈はさせないよう……努力はします」
そうして、姉さんは以前のように自然体で構える。
……否、構えてはいないのだろう。僕ら相手ならば、構えなくても問題ないと判断しているのだ。
そして、それは恐らく正しい。闇雲にしかけた所で、姉さんに触れる事さえ叶わないだろうことは、以前のミラとの手合わせで充分に理解している。
「良し、やぁっと出番か。憧れのオラクルに、ちょいと良い所見せにゃあな」
「ウィル、ラビエリ、アルシエルは手筈通りに頼む」
「うん、任せて」
「……まあ、やれるだけやってみようか」
ギースは前へ、そして僕らは所定の位置へ。
害獣駆除の時のいつもの配置につけば――予定通り、ミラ達は姉さんの方へと間合いを詰めた。
……さあ、本番だ。考えていた手が、姉さんに通用すると良いのだけれど。
/
これで、オラクルの前に立つのは二度目になる。
なる――が、あの時と違って、私にははっきりと目の前のエミリア=オルブライトという女性の、オラクルの恐ろしさが理解できた。
あの時は冷静だったつもりでそうではなかったのだろう。或いは、あの時に手痛い経験をしたのが良かったのかも知れないが……相手にしようとしている女性が、どれだけ恐ろしい存在なのかがはっきりと分かる。
相手が持っているのはおもちゃの剣だ。短く、刃も無ければ硬度も無い。大人の力で思い切り叩きつければ壊れてしまいそうなくらいに、頼りない物。
その筈なのに……彼女とはまだ間合いが有るというのに、まるで常に鋭い刃が首筋に突きつけられているようで。
それがそのまま、恐らくは彼女の射程距離なのだろう。つまり、彼女が本気だったなら私達の首はとっくに落ちているという訳だ。
それをギースも察しているのだろう、まだ打ち合ってさえ居ないのに額からは汗が流れていて。
「どうしたの? 来ないのかしら」
「……っ!!」
一歩、彼女が踏み出しただけで全身が竦みそうになる。
……成る程、前回の私はこれが理解できないくらいに浮足立っていたのか。
それは、まあ……醜態を晒しても仕方がなかったのだな、と、改めて納得してしまった。
――でも、今は違う。
「ギース、牽制は私がする。お前は横合いから頼む」
「おう、任せておけ」
「……2人は、ウィルの指示に従ってくれ。ウィルの方が動きを理解しているからな」
「任せといて……まあ、あんまり期待はしないで欲しいけども」
「……ん」
私の周りには、こんなにも頼もしい仲間がいる。
この仲間たちと一緒に、私は害獣から世界を、人々を守るのだ。
――それが出来る事を、目の前のオラクルに、証明してみせる!
「シ、ィッ!!」
「ん――成る程、肩の力が抜けてるとこうも違うのね」
空気を切り裂く音とともに放った突きは、当然のごとく空を切る。
だが、別にそれでいい。構わない。元より、当たるなんて都合のいいことは考えていない。
私の役目は、牽制。彼女の動きを少しでも抑えるために、疾く、そして途切れさせないように突きを放っていく。
「俺の斧も、採点してもらおうか!エミリア様!!」
そうして動きを束縛した所に、ギースは彼女に向けて渾身の力で斧を振り下ろし――訓練所の床を、粉々に砕いてみせた。
「んー、45点かしら。威力はともかく、人を殺すのにそんな大振りは要らないわよ?」
「はは、コイツは手厳しい!!」
ギースの斧は空を切ったものの、それでもやはり破壊力は抜群で。
彼女はそんな一撃に手厳しい採点をしながら笑うと、キュン、と小さな音を立ててその場で回転し――
「――く、ぁ……っ!!」
「あら、今度は耐えたわね。感心感心」
――牽制に放った突きを狙いすまして、おもちゃの剣で打ち上げられかけた。
思い切り踏ん張ったおかげで槍は私の手を離れずに済んだが、それでも動きが一瞬硬直する。
その隙を見逃さず、エミリアさんは私との間合いを詰めて――
「……と、と。危ない、危ない」
「ちょ……っ、タイミングドンピシャだったでしょ!?」
――その寸前。彼女の前方に風の壁が吹き上がるよりも早く、彼女は立ち止まってみせた。
まるで吹き上がるのが判っていたかのような彼女の動きに、ラビエリは信じられないといったような声をあげて。
ああ、でも……おかげで、朧気ながら彼女の完璧な守りの正体が、理解できてきたような気がする。
どういう理屈なのかは判らない。
判らない、が――彼女には、私達の攻撃の予兆が見えているのだ。
そうでなければ、今の魔法の回避の説明が付かない。風は不可視のものなのに、それさえ回避するというのであれば、恐らくはラビエリの挙動を見て風の発生する位置を予測したのだろう。
……自分で言ってて、何だそれは、となってしまうが。
「……冗談きついな、全く」
まるで本に出てくる英雄や主人公そのままのエミリアさんに、苦笑する。
だが、とは言えど――私のやることに変わりはない。
愚直に、ひたすら愚直に。私は、私のやれる事を、やれる役割をやるのみ――!!
「前よりずっと良くなったわね、ミラさん。後は経験かしら?」
「それは、どう……もっ!!」
「コイツなら――どうだぁっ!」
「あ、ギースくんはもっと肩の力を抜くように。必要以上の威力は無駄なだけよ?」
自分でも鋭く撃てたと思う突きでさえも、変わらずいなし、回避し。油断すれば打ち上げようとさえする彼女は、未だに汗一つかいていない。
ギースだって、何時も以上に張り切っているのにその斧は空を切るばかりで――流石におもちゃの剣で受けたりはしないが、彼女は身軽にその斧から逃れてしまう。
……こうなると、やはり近接戦闘では厳しいというか、無理があるか。
予定通り、彼女の目を出来るだけこちらに引く事に徹したほうが良さそうだ。
――さあ、頼むぞウィル。お前の姉さんに、一泡吹かせてやってくれ。




