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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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5.彼女の決意

 ――ウィルの寝顔を見ながら、考える。

 全く、私は何度彼に救われれば気が済むのか。

 一度目は、養成所時代に。二度目は、今日……つい先程。茫然自失として、この場から逃げ出そうとさえ考えていた私を、思い留まらせてくれた。


「……それに」


 彼は、私のことを大切な仲間だと、そう言ってくれた。

 すやすやと寝息を立てている彼の頬を、撫でる。

 ……ああ、そんな簡単なことさえ私は忘れていたのだ。

 ウィルも、ギースも、ラビエリも、アルシエルも。皆、そう、皆大切な仲間だったというのに、そんな事さえ忘れて、逃げようとしていた。


 私は――オラクルには、絶対になれない。

 あの強さを身につける事は、私には絶対にできない。例え老いさらばえるまで修練を積んだとしても、足元にさえ及ばないだろう。


「全く……本当に愚かだな、私は」


 でも、それでも良いのだ。

 オラクルになれずとも、世界を救う事は、人を救う事はできる。

 ……頼もしい仲間たちと一緒なら、どんなに強大な害獣であっても、きっと打ち倒せる。

 だから……1人で出来なかったからと言って、気に病む事なんてなかったのだ。


「……ありがとう、ウィル」


 灰色の髪を撫でつつ、私の言葉など聞いてもいないであろうウィルに、小さく呟く。

 ……いずれこの恩は必ず返そう。

 私はそう、胸に決めて――窓側から差してきた光に、目を細めて。


「さて……では、取り敢えず荷解きしないとな」


 纏めてしまった荷物を解きながら、私はウィルが目を覚ますまで……それも起床時間までだが……のんびりと、時間が過ぎるのを待った。




 /




「ん……」


 ……朝の日差しに、目を覚ます。

 目を開けば、目の前には見慣れた天井が有って――


「――ん、起きたか。おはよう、ウィル」

「……おは、よ……っ!?」


 ――極々当たり前と言った様子で声をかけてきたミラのおかげで、一気に意識が覚醒した。

 そう言えば、昨日は……えっと、確か……そうだ、たしかミラの部屋で話をして、その後……寝かせられて……

 ……という事は、今僕が寝てたのは……!!


「……っ、ご、ごめん、直ぐに起きるから!」

「気にしないで良いさ。茶でも淹れようか?」

「え、あ……う、うん」


 幾ら寝かせられたとはいっても、長々とミラのベッドを占拠していた事に気付けば慌てて起きた、けれど。ミラは特に気にする様子すらなく、お茶を入れ始めた。

 以前僕のベッドで寝かせたときは烈火のごとく怒ったのに……でもまあ、怒られなかったのなら良かったという事にしておこう。


 布団から起き上がれば、そう言えば着替えもしてなかったな、なんて思いつつミラの様子を見る。

 彼女はもう表情に陰りもなく、見れば纏めてあった荷物も荷解きが済んだのか、無くなっていて――思い直してくれたんだな、と改めてホッとした。


 それにしても、すっかり元気になったな、と思う。

 気持ちの切り替えが早いのは良いことだから、寧ろ喜ばしい事なのだけれど――


「どうぞ。熱いから気をつけてな」

「うん、ありがとう」


 ――なんかこう。以前より明るい、というのだろうか。

 彼女の対応が、以前と比べて柔らかくなったような。そんな気がする。

 彼女の言った通り、まだ熱いお茶を冷ましながら口を付けて……体に染み入るような感覚に、はふ、と小さく息を吐き出した。


 ミラは正面に腰掛けると、そんな僕の様子を微笑みながら見つめていて――少し、どきりとしてしまう。

 何故だろう。今までもそんな事はあった筈なのに、ミラの対応が、雰囲気が変わったからだろうか、妙に気になって――


「……ウィル、少し良いか?」

「ん……っ、どうかしたの?」


 ――ミラの言葉に、意識を引き戻される。

 顔が少し熱を持っていた気がするけれど、きっと熱いお茶を飲んでいたからだろう。

 ミラはそんな僕の顔を見ながら、少しだけ可笑しそうに笑みを零した後――何やら、真剣な表情を見せて。


「相談が、あるんだ」


 ……もしかして、また実家に帰りたいとか、そういう話だろうか。

 そんな考えが一瞬だけ頭を過るけど、直ぐにそれは無いか、と頭を左右に振った。

 昨晩のミラとは表情があまりにも違う。

 今にも泣き崩れそうだった昨晩の彼女とは違い、今のミラは何かを決意したかのようで。


「――手を、貸してくれないか?」


 そんな強い意志を宿した瞳で、ミラは僕の目を真っ直ぐに見据えると、僕の両手をギュッと握りしめて。

 ……そして彼女は、信じられないような頼み事を口にした。




 /




 起床時間から少し過ぎた頃。

 ミラが無事元気を出したということで、僕らは自分たちの部屋――ではなく、朝っぱらから酒場に居た。

 理由は二つ。

 一つは、皆を集めて欲しいという、ミラのお願い。

 そしてもう一つ……僕の部屋とかにしなかった理由は、まあ単純なもので。『姉さんに見つからないように』という物だった。


 夕方や昼なら兎も角、朝から酒場なんて少し変な気分だけれど、ギース達も皆集まってくれて。

 そんな皆に、ミラは嬉しそうに、そして心底申し訳なさそうにしつつ、頭を下げた。


「――皆、昨日は醜態を晒して済まなかった」

「おう、気にしなさんな。そういう事くらい誰だって有るもんだ」

「そうそう、そんなので気にしてたら僕とか生きていけないし?」

「……わ、たし……も。だから……ね?」


 ミラはしばらくの間、優しい言葉を受けてもなお、頭を上げず――ちらりと見れば、唇を噛みながら、少しだけ泣きそうになったのを堪えているようで。

 そんな彼女の背中を優しく撫でると、ミラはハッとした様子で顔を上げ、明るく笑顔を作る。

 軽く目尻をこする、そんなミラの様子に皆は微笑ましげな表情を浮かべており――それを少し恥ずかしそうに受け入れつつ、ミラは軽く座り直して、咳払いをした。


「こほん……それで、だ。今日集まってもらったのは、謝罪の意も当然あるのだが」

「ふむ? 何か他に用事でもあるのか?」

「まあ、そんな所だ」


 そんな言葉をかわしつつ、皆朝食はとってきたからか、各々飲み物を注文して。

 ギースは朝っぱらから酒を飲みつつ――ラビエリとアルシエルはミルクを。そして僕は水を飲みながら、ミラの次の言葉を待つ。

 彼女もそれが解っているのか、少し緊張した面持ちで、深呼吸を2、3度繰り返せば……ようやく話す決心が付いたのか。


「――私に協力して、ほしい。あの人に、一泡吹かせたいんだ」

「あの人……って、まさか」

「……もしかして、エミリアさんとかじゃないよね?」


 引きつった表情を浮かべるラビエリの言葉に、ミラはこくん、とハッキリと頷いた。

 ……そう。今朝起きた時に言われた言葉。

 ミラは三日後に、姉さんに再度――今度は僕たち5人で挑むことで、姉さんに問われていた答えを返そうというのだ。


「冗談でしょ? この間の見てまだやろうっての!?」

「ああ、そうだ。無論、私のわがままでしかないから……無理にとは、言わないが」


 至極もっともなラビエリの言葉に、ミラは申し訳なさそうにそういうものの、既に再戦する決意は硬いようで。

 もし、ラビエリが断ったのだとしても、その時は4人で。全員に断られたのだとしても、1人でまたやるつもりなのだと、その表情が言っていた。

 ラビエリもそれが解っているのか、難しそうな顔をして頭を掻いて。


「――良いじゃあないか」


 そんな2人を見ながら、ギースは心底楽しそうに笑えば、パン!と膝を叩いた。


「乗った!いいぞ、剣の聖女様――もとい、エミリア様と剣を交えるなど、生涯の誉になるからな!」

「……ああもう、これで僕が断ったら1人嫌な奴みたいじゃんか。良いよ、僕も手伝う」

「二人共……!有難う、感謝する!」


 ギースが快くミラの頼みを聞き入れたのを見れば、心が動いたのか。

 ラビエリもため息混じりに苦笑しつつ、ミラにそう言って。ミラは心底嬉しそうな笑顔を見せながら、2人の手を握った。

 2人は普段見せないようなミラの様子に、少しだけきょとんとしてから、しかし笑みを浮かべて。


「……わ……たし、も。やく……に、立たない、かも……しれない、け……ど」

「そんなことはない。ありがとう、アルシエル」


 小さな声で、しかしミラの頼みを聞き入れてくれたのを聞けば、ミラはアルシエルの両手をしっかりと、包むように握りしめて……アルシエルは顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに耳をぴこぴこと動かし、尻尾を立てていた。


 ――まあ、僕は言わずもがな。


「良かったね、ミラ」

「ああ、本当に……ありがとう、ウィル」


 既に朝の内に返事を済ませていた僕にミラは微笑むと、ぽんぽん、と頭を撫でてきて。


 ……頭を撫でられるのは、流石に予想外だった。

 ありがとう、と言われて手を握られるまでは予想していたけれど、その外の事をされてしまうと、あっという間に顔が熱くなってしまい――


「……あ、す、済まない!別に子供扱いだとか、そういう訳では!」

「う、うん、大丈夫、大丈夫」


 ――そんな僕の様子を見て、慌ててミラは手を退けると、何故かミラも顔を赤らめており。

 何が大丈夫なのかわからないけれど、取り敢えず大丈夫、大丈夫、と自分にも言い聞かせるように繰り返して。

 ……そんな様子を、ギースとラビエリが、すこしいやらしい目で見つめているような。そんな気がした。


「なあ、お熱い所済まないが。策は有るのか?」

「そうだね、流石に僕ら5人で囲んだ所で、一瞬で蹴散らされるとしか思えないんだけど」

「あ、ああ……こほん」


 ミラは2人の言葉に、顔を少し赤くしたまま咳払いをすると、テーブルに届いたお茶に口を付けて、小さく息を吐き出した。


「……付け入る隙自体は、有ると思うんだ」

「す、き……?」

「ああ、無論エミリアさんが本気を出したなら、そんなもの微塵もないのだろうけれど――」


 ――ミラが語った姉さんの隙は、二つ。

 一つ目は、まず自らと相手との実力差がありすぎるが故に、必ず最初は受けに回ること。

 つまり、こちらからの攻撃を妨害される事は先ず無い――もっとも、それが姉さんに届くかと言われれば、全くの別問題だが。

 そして二つ目は――姉さんが全力を出せない事だと、ミラは言った。


「全力って……」

「当たり前だが、私達はパラディオン……それも、まだ経験の浅い部類の者で、エミリアさんはオラクルだ。手合わせして実感したが、彼女が本気を出したなら私の首は一瞬で落ちるだろうさ」

「ああ、つまり――本気を出すと僕らが死ぬ(・・・・・)から、って事か」

「そういう事だ。多分、彼女は魔法さえ使おうとすらしないだろう。つまり、剣のみに対処を絞ればいい」


 成る程、当然ながら僕らはただの人間だし――悪神の使徒とは比べるべくもなく弱い存在だ。

 オラクルとしてはパラディオンを殺せる訳も無いし、攻撃手段はさらに限定される。

 姉さんは剣の他に魔法も扱えるけれど、手加減するのであれば、少なくとも攻撃手段に魔法は用いない筈。


 ……だが、まだ一番大きな問題が残っている。


「……で、も。あの、守り……は?」

「そうだなぁ、ありゃあ鉄壁だったぞ。お前さんの突きを事もなげに弾きおったし」


 そう、攻撃面では手を抜くだろうけれど防御面はそうはいかない。

 事実、ミラの渾身の突きは一度も姉さんに当たる事無くかわされ、いなされていたし……例えあの場に僕らが加わったとしても、結果は変わらないように思えた。

 何しろ、あの時姉さんはあの場から殆ど動かずに全ての攻撃を捌き切ったのだ。自由に動き出したなら、そもそもあの動きを目で追えるかさえ怪しい。


「それ、なんだが……皆の知恵を借りたい。私では、思いつかなかった」

「……まあ、そうだよねぇ」


 結局の所、そこで手詰まりだった。

 姉さんの守りは完璧だ。短いおもちゃの剣だったというのに、ミラの突きを全ていなし、かわし、終いには一歩で間合いを詰めて組み伏せた。

 あの目にも留まらぬ突きさえ、姉さんにとっては止まって見えていたのだろう。おもちゃの剣で防げてしまった、という事はそういう事だ。


 つまり、姉さんに一撃でも当てるには――ミラ以上の疾さを持つ一撃か、或いは姉さんの目に留まらない一撃が必要な、わけで。


「……ねえ、ミラ」

「ん、どうしたウィル?」

「別に、姉さんに大怪我させたいとかじゃないよね?」

「……当たり前だろう、私を殺人鬼か何かと勘違いしていないか」


 ……それなら、どうにかなるかも知れない。

 もっとも、それでも多分相当薄いと言うか、もしかしたらの域だとは思うんだけど――


「――ちょっと、姉さんを驚かすくらいなら出来るかも」


 ――思いついた事を皆に説明しつつ、ああでもないこうでもない、と言い合いながら時間は過ぎていく。

 気付けば夕方近くまで時間は過ぎていて――そう言えば、最近任務が来ないのは何故だろう?なんて、少しだけ考えながら……その考えも、直ぐに何処かへ消えていった。

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