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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第八章 剣聖の病

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104話 剣聖に忍び寄る絶望

「それはどんなものなんだ」


 カインが低い声で問う。

 感染症か、呪いか、あるいは内臓の疾患か。原因が分かれば、対処の仕様もある。

 だが、エレナは力なく首を横に振った。


「わからない。詳しくは語ってくれなかったけど、ジークはその病は俺を死に追いやると言っていたわ」

「どんな風に?」

「わからない。けど、酷く怯えていた。いつも飄々としてナルシストだったジークが、あんなに怯えた姿は見たことが無かった」


 エレナの脳裏に、その時のジークの姿が蘇る。

 まるで世界の終わりを見たかのような絶望的な表情。あの自信満々だった剣聖の姿は、そこにはなかった。


「症状は? 吐血や喀血、嘔吐など目に見える変化はあるのか?」


 カインが冷静に診察するように尋ねる。

 未知の病であれば、身体的なサインが出ているはずだ。


「ないわ。ただ、ジークは心が壊れてしまった」


 エレナは痛ましげに胸を押さえた。


「今じゃ、家に引きこもり。あんなに世界を転々として、いろんな旅をした人が、今では見る影もないわ」

「なんでジークは病気の詳しいこと教えてくんないの? 知らなきゃ治せないじゃん」


 リザの純粋な疑問。もっともだ。

 だが、エレナはさらに表情を曇らせた。


「病気が発覚したのは今から1年前。……朝、ジークの絶叫で目が覚めたの」


 平穏な朝を切り裂いた、金切り声にも似た断末魔のような叫び。

 エレナは慌ててベッドから飛び起き、ジークの寝室へと走った。敵襲か、あるいは発作か。


「私は慌てて、ジークの寝室に入ろうとした。そしたら……」


 エレナの声が震える。


『お兄ちゃん!? どうしたの!? 入るわよ!』

『来るな!! 絶対に扉を開けるんじゃねぇ!! 死にてぇのか!! これは命に関わることだ!!』


 扉越しに響いた、必死な拒絶。


「そう言って、部屋に入らせてくれなかった」

「命に関わる、か……」


 カインは顎に手を当てて思案した。

 ただ事ではない。ジークがそこまで取り乱し、接触を拒むということは、よほど凶悪な何かだ。


「それからジークは人が変わったようになって、部屋からほとんど出てこなくなった。出てくるのは、私が寝静まったあと、お風呂とトイレと、ご飯を調達しに。それ以外は呼んでも部屋から出てこない」

「一度も会っていないのか?」

「ううん。同じ家で暮らしているから、何度か顔は合わせた。でも、ジークの瞳は虚ろで……完全に光を失っていた。前までのキラキラしてた子供みたいな目は、もうそこには無かったわ」


 エレナが語るジークの姿は、まるで幽鬼のようだ。生ける屍。

 かつての覇気は消え失せ、ただ死を待つだけの老人。


(あのジークが……? それほどの病なのか……部屋に入らせず、接触も避けるということは……感染系の病か? そうなると、彼女の身にも危険が及ぶが……)


 カインの思考が巡る。もし強力な呪いや伝染病なら、彼女を置くわけにはいかない。早急に対処が必要だ。

 だが、カインの中で一つだけ引っかかる点があった。


「……だが、話がひとつ合わんな」

「え?」

「ジークは、今から少し前、学術都市アレクサンドラでセレーナと共にキメラを討伐したはずだ」


 カインの言葉に、コレットもハッとした。

 そうだ。セレーナ師匠が言っていた。『あいつ(ジーク)が手を貸してくれた』と。

 もし1年前から廃人のようになっているなら、なぜ戦えたのか。


「……あの時か……。うん。行った。でも、キメラがいることは知らなかった。あなたたちもその場にいたのね」


 エレナは頷いた。


「姿こそ見えなかったがその時のジークは、以前と変わらないように剣を振るっていたとセレーナは言っていた。本当に弱っているのか?」

「……その時のジークは、目に少し希望が宿っていたから」

「希望?」

「薬師の街、オダイ・ジニって知ってる?」

「ああ。そこでセレーナと出会った」

「まず、そこを調べたの。ジークの病に対する『特効薬』がないかどうか。結果、特効薬はなかった。ただ、特効薬のレシピは見つけたと言っていた」


 ジークは必死だったらしい。古文書を漁り、伝説の秘薬のレシピを探し回っていたのだ。


「けど、その時オダイ・ジニは問題が解決したばかりだったようで、薬の製造なんかとてもできるような状況じゃなかった」

「バルザックの件か……俺たちがオダイ・ジニを経ってすぐジークは来たのか」


 カインたちは、バルザックによる事件を解決してすぐ街を発った。その直後、入れ違いでジークたちが到着していたのだ。

 運命の悪戯か、ニアミスを繰り返していたらしい。


「そして、オダイ・ジニでセレーナが学術都市アレクサンドラに戻ったという話を聞いたの。私とジークは、セレーナに会うために学術都市アレクサンドラへ向かった」


 エレナは遠い目をした。

 あの時のジークは、「セレーナなら何とかしてくれるかもしれない」という一縷の望みに縋っていた。プライドを捨て、かつての仲間に助けを求めるほど、彼は追い詰められていたのだ。


「あいつの希望は、セレーナだったのか」


 カインは納得した。紅蓮の魔女セレーナは、破壊だけでなく、魔法薬学にも精通している。レシピが分かれば、調薬もお手の物だろう。

 だが、結果としてジークはセレーナには会わず、姿を消した。


「……それで? あいつがセレーナに会いに行ったのにセレーナの前に姿を現さなかった理由は?」


 カインの問いに、エレナは目を伏せる。

 その裏には語られざる深い絶望があった。

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