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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第八章 剣聖の病

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103話 病

 意識が、ゆっくりと浮上する。

 柔らかな雲の上にいるような浮遊感と、日向のような温かさ。

 コレットが重いまぶたを開けると、視界いっぱいに純白の光景が広がっていた。


「……ん……」

「コレット!」


 弾かれたような声と共に、何かが胸元に飛び込んできた。

 橙色のツインテールが揺れる。リザだ。

 彼女は涙目でコレットに抱きつき、その頬をすり寄せた。


「リザちゃん……」

「よかった……! 全然起きないから、どうしようかと思ったじゃん……!」


 リザの温かさが、コレットの体に染み渡る。

 ふと横を見ると、コレットの腕に抱きつくようにして、桜色の髪をした小さな少女――ルビィが、すやすやと寝息を立てていた。

 契約の反動と、一時の平和に安心しきった寝顔。コレットは愛おしそうに、その柔らかな髪を撫でた。


 顔を上げると、少し離れた場所に二つの影があった。

 腕を組んでこちらを見下ろしているカインと、その隣で優しく微笑んでいるエレナ。


「カインさん……先輩……」

「コレット、調子はどう?」


 エレナが歩み寄り、コレットの顔を覗き込んだ。

 先ほどまでの涙の痕はなく、いつもの頼れる先輩の顔に戻っていた。


「ごめんなさい……心配おかけしました。私はもう大丈夫……だと思います」


 コレットは自分の胸に手を当てた。

 再会の時に感じた、あの鋭い痛み。心臓を鷲掴みにされたような疎外感。

 今はもう、痛みはない。トクン、トクンと、いつもの穏やかなリズムを刻んでいる。

 ただ、心の奥底に小さなおりのようなものが残っている気がしたが、コレットはそれに蓋をした。


「……もう平気だな?」


 カインが低い声で問いかける。

 その瞳が、じっとコレットを見定めている。無理をしていないか、魂に傷がないかを見抜くように。


「はい」


 コレットが力強く頷くと、カインはようやく肩の力を抜いた。


「コレット……あんまり心配させないでね?」


 リザが上目遣いで言うと、コレットは申し訳なさそうに苦笑した。


「リザちゃん……ごめんね? ……あ……。でも……どうやってここへ? ここは人間は立ち入れないはずじゃ……」

「ああ、それなんだけどね」


 リザがカインの方をチラリと見た。カインは忌々しそうに鼻を鳴らした。


「……精霊王を名乗る男の声が頭に響いたんだ」

「え?」

「結界が消えて森に入った途端だ。『導き手たちが待っている。来い』とな。まるで俺たちが来るのを予期していたかのような口ぶりだった」

「しかもね! 歩こうとしたら地面が勝手に動いて、ベルトコンベアみたいにここまで運んでくれたんだよ! すっごい楽ちんだった!」


 リザが得意げに付け加える。

 どうやら、コレットとルビィの契約を見届けた精霊王が、仲間たちを合流させるために特別な「パス」を発行してくれたらしい。あの厳格そうな王様も、案外気が利く性格なのかもしれない。


「そうだったんですね……」


 コレットは納得し、そしてふと気になったことを口にした。

 カインとリザが迎えに来てくれた。なら、エレナの迎えは?


「あれ、だったら先輩の迎えの人は?」


 エレナは困ったように眉を下げ、首を横に振った。


「あー。あいつは来ないわ」

「え?」

「あいつ、今……結構大変なことになってるから」


 エレナの表情から、笑顔が消えた。

 代わりに浮かんだのは、深刻で、重苦しい陰り。


「ジークがか? あいつが窮地に陥るところが想像できんが」


 カインが意外そうに口を挟む。

 あの男はゴキブリ並みの生命力と、野生動物並みの勘を持っている。物理的な危機なら、鼻歌交じりで乗り越えるはずだ。

 だが、エレナは真剣な眼差しでカインを見据えた。


「……ジークは、今、病に侵されてる」

「病?」


 リザが首を傾げる。

 エレナは重々しく頷き、声を潜めた。


「……このままだと、命の危機すらある病よ」


 場が凍りついた。

 命の危機。

 最強の一角と謳われた剣聖を蝕む病魔。

 カインの表情が険しくなり、その場の全員が息を呑んだ。

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