第二十五話 私はメリーさんに現住地を教えてしまう。
「・・・・・・はイ?」
『何、あなた、声を聞く限り、若そうだけど、もう、耳が遠くなってるの?
それとも、理解力がお猿さん以下なのかしら?』
もしも、雪乃から浴びせられる罵詈雑言に慣れてしまっていなかったら、この時点で、私は電話を切ってしまっていたかもしれない。
雪乃に感謝するなど癪ではあるが、おかげで、精神の耐久性は幾許か、鍛えられていたようである。
『今、貴方が住んでいる所を教えなさい、と言ったのよ、私は』
「イエ、聞こエてはイました」
『私に現住地を教えたくない理由でもあるの?』
(いや、そりゃ、そうでしょ)
自分を害す、いや、殺す気満々でいる相手、しかも、人外だ、に今、住んでいる場所を好んで教えるバカはいまい。
(・・・・・・教えてもいいんだがなぁ)
まぁ、私は愚か者のようなので、メリーさんに対する恐怖よりも、メリーさんに会ってみたい気持ち、好奇心の方が勝り出していた。
それでも、現在、住んでいる場所、この紅檎寺村、この文具店がくっついた家について教える事に躊躇いはある。
殺されたくない、そんな思いも芽生えてはいるが、理由の大部分は占めていない。
せいぜい、二割くらいだ、それは。
私が教える事に躊躇いを抱いているのは、禁足地に宿る「何か」に対する危機感だ。
八尺様は無害もしくはそれに近い判定を受けたのか、今の所、何も起きてはいない。
都市伝説で語られる、他の八尺様のように、この紅檎寺村の子供を攫ったりせず、また、他の住人にも危害を加える素振りもなく、ただ、毎日のように、ぬいぐるみ作りに勤しんでいるからだろうか。
(さすがに、俺の友人枠に入ったから、って考えるのは驕りが過ぎるかね)
いずれにせよ、八尺様は危険ではない。
彼女が山の中を歩き、害獣退治をしているのも、禁足地の主がお目溢ししている理由かもしれない。
しかし、メリーさんを、禁足地の奥で微睡む「何か」が、どう判断するか、それが私には判断しがたい。
この紅檎村寺の住人を、手当たり次第、傷付けるような事はしないだろう。
「メリーさん」としてのルールもしくは己に課した縛りで、あくまで、ターゲットに出来るのは、今、この電話で話している私だけのはずだ。
であれば、敵意を宿して、武器を向けられない限りは、メリーさんが襲うのは私に限られるから、安心と言えば安心だ。
だが、都合の良いように考えても良いとするなら、この召威巫之山の管理人である私は、禁足地の主にとって配下は厳しいにしろ、所有物に近い立ち位置となるのではないか。
禁足地の主が、人間は有象無象に等しい、と見做している可能性はある。
ほとんどの人間にとっても、足元を這う虫に対して、これと言って、何か思ったりする事はないだろう。
憐れ、とも感じず、仮に踏み潰したとしても、一切の罪悪感も覚えず、そのまま歩き続けていく。
それが罪かどうかは脇に置くとして、存在する次元が異なる生命に対しては感情が動きようがないのも、これまた、真理だ。
一方で、自分よりも下と断定している存在に、自分の所有物へ手を伸ばされたら、癇癪を起こす者がいるのも事実である。
例え、持っている事を失念していたとしても、所有物を他者に奪われるのが気に食わないのだ。
(雪乃がそうだったしな)
禁足地の主が、そんなタイプかは判断できない。
神、と表現すべき高次元的な存在であるのは間違いないにしろ、だからこそ、逆鱗に触れてしまった時の被害が想像できなかった。
(姿を見ちゃいないが、雰囲気っつーか、感じる圧は、祟り神の類だしなぁ)
あくまで、私の勝手な予想に過ぎないが、禁足地の奥に潜んでいるであろう「何か」は、大きな蛇である気がしている。
初めて、あそこに足を踏み入れた瞬間に感じた、濃密すぎる、生存本能の根幹に訴えかけてくる、「死に対する恐怖」は、蛇に睨まれた蛙、その言葉がしっくり来るものだったからだ。
古来より、どの国でも、蛇を良い存在としても、悪しき対象としても、特別視しているので、この召威巫之山を縄張りとしている「何か」が蛇の化生であっても、何らおかしくはない。
喜ぶべき事なのか、微妙ではあるにしろ、名義上で山の所有者である私が、禁足地の中にいる「何か」にとって、所有物の一つに入っている場合を想定すべきだろう。
もちろん、所有物の一つとして見做されていても、禁足地の主が、私が傷付けられても怒らない可能性もある。
むしろ、その可能性の方が高い。
もし、禁足地の主が、自分の所有物に激しく執着する性質であるなら、本質はどうあれ、都市伝説の中では、人に害を加えるタイプの怪異である八尺様が、私に接触した時点で、何かが起きていたはずだ。
けれど、八尺様は、召威巫之山に入れただけでなく、行方が分からなくなっていた子供を助け、私の元に連れて来てくれた。
支配圏である村の子を助けたから、八尺様はお目溢しされた可能性も高いが、その後も、私と彼女の交流は続いているから、禁足地の主は「無害」と判じたのだろうか。
(または、八尺様すら歯牙にかけぬほど強く、禁足地の主にとって、彼女達は、人間と同レベルの、どうでもいい存在だからなのか)
仮に、そうであるならば、メリーさんが、この紅檎寺村に来ても、禁足地の主は何もしないだろう。
メリーさんが能力によって、最初、ここに来られなかったのは、禁足地の主の放つ妖気に妨害されただけであり、禁足地の主が意図して、何かをした訳じゃないかも知れない。
しばらく思い悩んだ私は、意を決する。
(人間、時には、好奇心を優先しなきゃ、人生、損だよな)
今、メリーさんは意固地になっている。
そりゃ、そうだろう。
これまで、全てのターゲットを仕留めて来たにも関わらず、到着すべき家を間違え、そこに入れない、なんて怪人生初めてにして最大の赤っ恥を味わう羽目になったのだから。
私が、今、住んでいる場所を素直に教えなければ、いつまでも粘るのは目に見えていた。
電話を切った所で、すぐに電話をかけ直してくるだろう。
店にも固定電話が設置してあるにしろ、このスマフォにもお客さんは電話をかけてくるので、メリーさんに電話回線を独占されてしまうのは、非常に困ってしまう。
であれば、ここは教えた方が時間の無駄にならない。
「解りました、ここの住所をオ教エします」
『あら、物分かりが良いのね』
「住所だけでよろしイですか?
それとも、道のりも教エた方が良イでしょうか?」
『今、住んでいる場所だけ教えて貰えれば、自力で行けるわ』
きっと、今、メリーさんは自信満々に胸を張っているのだろう。
相手の住所が判明していれば、確実に命を獲れる距離まで、何の妨害も受けずに接近できてしまう能力は、実に恐ろしい。
先程、暮林邸に結界が無かったとしても、五十嵐さんたちが邸内にいる以上、メリーさんの方が危険だ、と推定したが、このメリーさんの能力があれば、玄関から一気に標的の背後まで迫れてしまう。
さすがの五十嵐さん達でも、侵入者が反則とも言える瞬間移動、いや、この場合は、空間跳躍もしくは移動距離の零化、と表現すべきなのか、を使用したら、どうにもならない可能性が出てきた。
こうやって、電話で話していると、普通の、やや高慢ちきな美少女が思い浮かぶが、やはり、このメリーさんもまた、八尺様と同じく、怪人なのだな、と実感する。
そんなメリーさんに現住所を教えてしまうのは、命の危機に直結する。
それが頭では理解できていても、やはり、私は好奇心を抑圧えられなかった。
「では、住所を言イますが、よろしイですか?」
『いつでも良いわよ』
メモを取るのか、それとも、ターゲットの住所にのみ、抜群の記憶力が働くのか、それは定かではないが、相手が問題ないようなので、私は出来るだけ、ハッキリとした声を意識して、現住所を伝えた。
「復唱しますか?」
『・・・そうね、一応、お願い』
意外な用心深さを発揮してくるメリーさんに、私はもう一度、住所を告げる。
『OKよ』
メリーさんは、今、私が告げた住所を繰り返した。
「間違イアりません」
『なら、すぐに向かうわ』
「アの~、メリーさん、その事なんですが」
『何、今更、怖気づいたのかしら?』
「イや、全くビビっちゃイなイんですが」
『ッッッ』
メリーさんが息を呑んだのは聞こえたが、私は気にせず、話を続ける。
「オ越しになるのは構わなイんですが、私、文具店を営んでイまして」
『それが、どうかしたの?』
「我儘を言ウよウで、実に申し訳なイのですが、営業時間中にオ越しになるのは、ご遠慮イただけますか?」
『・・・・・・それは、お願いかしら?』
「まァ、そウですね、オ願イって形にはなりますね」
意図せず、やや剣呑さが滲む、互いに無言となる時間が続いたが、先に溜息を漏らしたのは、メリーさんの方だった。
『OK、いいわ。
こっちが押しかける側だし、標的に現住所を教えて貰うって大恥もかいてるから、今更、お願いを一つくらい聞いても構わないでしょ』
「オ気遣イ感謝します」
『ありがたいと思ってよね』
「勿論です。
本当にアりがとうござイます、メリーさん」
私がおべっかや皮肉ではなく、配慮に対して礼を告げると、メリーさんは「別に良いわよ」と恥ずかしそうにしているのが丸判りの声を出していた。
『営業時間は何時から何時までなの?』
「基本的には、10時から18時まで、オ店を開けてイます」
『解ったわ、じゃあ、その時間は避けてあげる』
「我儘を言ってしまイ、申し訳アりません」
『じゃあ、今から、貴方の住んでいる場所に向かうわ。
首を洗って待ってなさい』
やや三下のような脅し文句を発したメリーさんは、電話を切った。
(暮林の屋敷から来るとなると、到着は明日になりそうだな・・・)
メリーさんが店を開ける前に来るのか、それとも、閉店した後に来るのか、やはり、判断は付かない。
こうなってしまうと、どちらの時間帯に来店されても、丁寧に対応するしかない。
「楽しみだなァ、メリーさんに会エるのが」
好奇心を疼かせながら、私は約束を守るべく、たまの皿に餌をいつもより盛るのだった。
翌日、いつも通りの時間に、私は起床した。
顔を洗っている時、歯を磨いている時、鏡にメリーさんが映るかも、と恐怖混じりのドキドキを抱いていたのだが、残念ながら、空振りに終わってしまった。
早朝から襲うのは可哀想、と判断されたのだろうか、首を捻りながら、私は背後に現れるであろう気配を逃がさぬように、感知能力を鋭くし、食事を終えた後、店内の掃除を行った。
メリーさんは、私に営業時間は避ける、と約束してくれたので、私はその言葉を信じ、営業中は仕事に集中していた。
怪人の言葉を鵜吞みにするのは危険極まりない、と注意を受ける可能性もある。
信じる、これが、相手を知ろうとする意志や思考の放棄である事も重々承知していた。
しかし、私は、メリーさんとまだ、一度も会っていない。
平気で嘘を吐く、人を騙す事に罪悪感を抱かないタイプだ、と判断するには、根拠が皆無なのだ。
であれば、メリーさんは、常識や良識を持っている、と信じる事にした。
もし、これで、営業時間中に襲われたとしても、それは、メリーさんが悪いのではなく、考えが甘かった私が悪いだけだ。
大体、人ではない存在に、人としての「当たり前」を押し付けるのがナンセンス以外の何物でもあるまい。
(まぁ、こうやって、自分が悪いってしちゃうから、涼子ちゃんは怒るんだけどな)
幸い、私が涼子ちゃんや良綱さんに叱責される展開は回避された。
メリーさんは約束を守ってくれたのか、営業時間中は襲ってこなかったのである。
例によって、おやつを食べに来た大輔くんを見送り、メリーさんの襲撃がない事に、ややガッカリしてしまった夕方頃、お手本として店の棚に置くテディベアを八尺様が持ってきてくれた。
「ポッポッポ」
「イらっしゃイませ」
私は気持ちを切り替え、八尺様を出迎える。
「アりがとウござイます、八尺様」
素人であっても、ハイレベルな縫製技術が奮われた、と直感できるテディベアを受け取った私は胸の内で舌を巻きながら、作品の出来を確認してから、八尺様へ深々と頭を下げる。
「とても素晴らしイです」
「ぽおおおお」
八尺様は恥ずかしそうに、しかし、心から嬉しそうに、長身をクネクネと悶えさせる。
きっと、彼女は、自分を怖がらない誰かに自分の作ったぬいぐるみを見て貰いたかったのだろう。
「早速、明日から、このテディベアを飾らせてイただきますが、よろしイでしょウか?」
「ぽぽっぽ」
八尺様が恥ずかしそうにしながらも、大きく頷いてくれたので、私はレジに向かい、一万円札を2枚、五千円札を1枚、取り出した。
「では、こちらのテディベアを買イ取らせてイただきます」
都市伝説の住人である八尺様に、現金を報酬として支払って意味があるのか、それを考えるのは野暮であろう。
この店に飾る手本として、これほどまでに見事なテディベアを作って貰ったのだから、礼をするのは当然の話だし、私はこの店の主なのだから、報酬として渡すべきは、現金以外にない。
それこそ、八尺様がスマフォを持っていたら、電子マネーをチャージするって手段も使えただろうが、所有していないのだから、筋を通すには、やはり、現金が一番、確実である。
「・・・・・・ぽぉ」
2万5千円、自分の作ったテディベアに付いた値段に、八尺様は、その長躯をプルルと震わせた。
(少額すぎたか?)
私は、もう少し、色を付けるべきだったか、と思ったが、適正価格から懸け離れ過ぎても、それはそれで信頼関係の崩壊に繋がってしまう恐れがあった。
なので、私は、プラス3000円が妥当だ、と判断して、2万5千円を八尺様へ差し出したのだ。
その2万5千円を、八尺様は受け取るべきか断るべきか、迷っているようだったが、私に引っ込める意志が無いのを感じ取ってくれたらしく、おずおずと、私の手と大差のないサイズの両手をゆっくりと出してきて、現金を受け取ってくれた。
怪人生で初めて稼げた、その嬉しさは一入なのか、八尺様の前髪に隠されている両目は涙ぐんでいるようだった。
それを指摘し、揶揄うほど、私はノンデリではない。
もし、そんな事をしたら、八尺様が照れ隠しで繰り出してきたビンタを喰らい、今度こそ、お陀仏になりかねなかった。
興奮は大歓迎だが、何だかんだで、ガチで死ぬような危険は冒したくない私はヘタレと嘲笑されても致し方あるまい。
受け取った2万5千円を愛おしそうに握り締めていた八尺様だったが、しばらくしてから、1万円札を1枚だけ、ワンピースの胸ポケットへ折り畳んで入れた。
そうして、私へ残りの1万5千円を差し出してきた八尺様。
返す、そのような雰囲気を彼女が出していなかったので、私はあえて無言で、1万5千円を受け取っておく。
「ぽぽおぽっぽ」
私が1万5千円を受け取ると、八尺様は一度、店の入り口に戻り、積み重なっている買い物籠を持ち上げた。
どうやら、この店で買い物をしてくれるらしい。
八尺様がお客様になってくれるのは嬉しいので、報酬を支払った意味を考えるのは止めにしておく。
やはりと言うべきか、まず、八尺様が向かったのは、ぬいぐるみを作るのに必要な素材を陳列した棚だった。
私としては、初回に限らず、何度かは無料で材料を八尺様に差し上げるつもりでいたのだが、作り手としてのプライドを持っている彼女は、私の好意に甘えるのは良しとしたくないらしい。
八尺様の誇りを傷付けなくて良かった、と反省した私は、まとめ買いをしてくれるなら、割引を適用しよう、と考えていた。
彼女の矜持も慮りたいが、こちらとしても、譲れないものはある。
交渉が難航する可能性もあるが、二割引きは吞んでもらうぞ、と腹の内で決意した私は、材料を吟味している八尺様を、その場に残し、一度、店の奥へ引っ込み、飲み物の用意を始めた。
女性の買い物が長いのは、世界共通だ。
ならば、人外にも当てはまるだろう。
少なくとも、私には、八尺様が美女に見えているから、「女性」として認識していた。
(まぁ、あの見た目で、俺より巨大ぇチンコが生えてたら、それはそれで、高い需要がありそうだけどな)
取り留めのない事を考えながら、私は手作りのチョコチップクッキーと紅茶をトレイに乗せ、店の方に戻ろうとする。
その際、リビングで寝ていたはずのたまがやってきて、「にゃぁ」と鳴き、私を引き止めた。
「ん、どウした?」
「んにぅ」
私が訊ねると、たまは私の脛に顔を擦りつけてきた。
(餌はあげたし、トイレも綺麗にしてる。
外に出たいなら、たまは勝手に出て行って、ちゃんと、飯の頃に戻ってくる)
ならば、どうして、たまは私を引き止めたのか、と思考を働かせてみた。
しばし考えて、たまが店の方に顔を向け、鼻をピクピクさせているのを見て、私はハッと気付けた。
「たまも、八尺様に会イたイのか?」
「にゃ~ん」
よくよく思い出してみると、八尺様がこの店に来た時、たまは外で狩りをしていた。
狩りをしていた、と判るのは、たまが丸々と太った、焦げ茶色の鼠を加えて帰ってきたからだ。
その鼠を、たまは首筋を一咬みしただけで仕留めたようで、余計な傷は付いていなかった。
命を不必要に弄ばない点は好評価にしろ、さすがの私も鼠をお裾分けされても困ってしまうばかりだった。
笑顔で誤魔化して、鼠を受け取り、後で埋めるのも違う気がしたので、私はたまへ、ハッキリと「要らなイよ」と告げた。
好意を無碍にされ、たまは怒りを露わにするか、と危惧した私だが、彼女は「あら、残念」と言わんばかりの表情を浮かべると、その場にポトリと落とした鼠をガツガツと食べ始めたではないか。
狩ってきた鼠は、さほど大きくはなかったので、たまは一分もしない内に食べ終えてしまった。
今更、その程度で血の気が引いてしまうほど、か弱い精神もしていない私だが、さすがに、血と肉片がこびりつくたまの口元を見ては、苦笑いが浮かんでしまう。
「ほら、たま、じっとしてろ」
私が濡らした布巾を手に近付くと、たまは大人しく、口元を拭かれてくれた。
改めて、たまの頭の良さに、私は感心してしまったほどだ。
そんなたまだからこそ、八尺様に興味が湧いても、さほど不思議ではない。
(問題があるとするなら・・・八尺様の方か)
正直、私には八尺様が猫好きか、逆に、猫嫌いか、判断が付けられなかった。
店内には、猫がモチーフの文房具や、猫が表紙を飾っているノートもあるが、それに対して、八尺様は嫌悪感を露わにはしていなかった。
だが、それは、あくまで本物じゃないから、と言う可能性もある。
生きた猫、つまり、たまを見て、八尺様が恐慌状態に陥れば、どうなるだろう。
バッターン、と派手に倒れ、気絶してしまうなら、まだ良い。
いや、本当は良くないが、パニック状態になって、店の中をメチャクチャにされる場合に比べたら、マシな方じゃないだろうか。
たまを、八尺様に引き合わせて良いものか、私は悩んでしまう。
今、八尺様は店の中に入れる体格になってくれているが、元の大きさに戻ってしまうパターンも警戒すべきだ。
あの長身に戻られてしまったら、まず、頭が天井を突き破りかねない。
天井に穴が開いてしまうのは実に困るが、まぁ、その穴は、この紅檎寺村で大工を営んでいる柳井さんに依頼して塞いで貰えば済む話だ。
柳井さんには、一体、何をしたら、こんな穴が開くのか、と訊かれるかも知れない、いや、確実に問い詰められるだろうが、そこはどうにか誤魔化すしかないだろう。
しかし、私としては、八尺様が怪我をするのは避けたかった。
都市伝説の住人である八尺様が、天井に勢いよく頭をぶつけたくらいで怪我はしないだろう、と楽観的な意見の方もいるだろうが、万が一は想定すべきだ。
(はてさて、どうしたもんかな)
思い悩む私に、たまは再び、「にゃぁぁぁん」と私の脛に頭を擦りつけて来ながら、甘く鳴いてきた。
いつもとは違う我儘を言うたまに、何かを感じ取った私は、八尺様に会わせる事を決断した。




