未来へ 2
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次話で完結です(#^^#)
婚約式当日に着るドレスの最終チェックが終わって、オリヴィアは久しぶりに城の図書館へやってきた。
オリヴィアが明日の婚約式に着るドレスは、サファイアブルーと白を基調としたプリンセスラインのドレスだ。スカートにたっぷりとボリュームがあり、後ろが長いトレーンになっている。裾には真珠も縫い付けられていて、なかなか派手である。
ドレスにあわせて用意されたアクセサリーも、大きなサファイアを小粒のダイアモンドが取り囲むようなデザインの派手なネックレス。イヤリングは大きな真珠で、髪留めはダイアモンドがちりばめられた銀細工だった。
オリヴィアとしてはもっと控えめな装いがよかったのだが、これらは婚約式に張り切った母ブロンシュとバーバラが入念な打ち合わせをして数か月前から準備に取り掛かっていたものなので文句は言えない。
オリヴィアがサイラスとの婚約を白紙に戻されまいと必死になっている間も、ブロンシュは娘を信じて準備を続けてくれていた。自分には少し派手すぎるけれど、その親心は受け取らねばならぬだろう。
実際、嬉しそうに準備を重ねてくれたブロンシュの気持ちはとても嬉しいし、すごく感謝している。
(サイラス様がいないから禁書区域には入れないし……、医療分野で新しい本が入ったって聞いたからそれを読もうかしら?)
基本的にオリヴィアは読めるものなら何でも読む。医学に精通しているわけではないが、新しい医療技術や薬には興味があるし、知識を入れておけば、医療機関に視察に行ったときにより理解が深まるし、読んでおいて損はない。
医学書が納められている棚へ向かい、オリヴィアが新しい本を探していると、図書館の扉が開く微かな音がした。
誰だろうと本棚の影から入口を見やれば、そこにいたのはサイラスで、オリヴィアは目を丸くする。
「サイラス様、授業の時間じゃ……」
「今日は休み。というか、学ぶことはほとんど学び終えたから、今後は週に二回に減ったんだよね」
さすがサイラス。あの膨大な帝王学の授業を、この短い期間にほぼ完了してしまったらしい。
「その分、コリンがもう少し体を鍛えろって言うから、剣術の授業が増えそうなんだけど……」
嫌だなあ、とサイラスが小さな声でぼやいた。
(サイラス様は体を動かすことはあまり好きじゃないものね)
アランは体を動かすことは好きだが机に向かうことが嫌いで、サイラスはその逆。つくづく正反対な兄弟だ。
そうは言っても、最低限の剣術の授業は受けていて、アランほどではないにしろ、サイラスも一兵卒程度には剣が使えるとコリンから聞いたことがある。センスは悪くないそうなのだ。ただ、好きではないから熱心に学ばないそうで、だから伸びないらしい。
特に最近は、暇さえあればオリヴィアのところにやってくるサイラスを見て、コリンは運動不足を心配しはじめたという。帝王学の授業を組み込んだせいで剣術の授業が減らされていたから、帝王学の授業が減るなら剣術の授業を戻せと言ったコリンの気持ちもわからないでもない。
オリヴィアがくすくすと笑うと、サイラスは少し拗ねた顔をしながらオリヴィアのそばまで歩いてくる。
「せっかくオリヴィアに会える時間が増えたと思ったのに、あんまりだよね」
「今度から城に泊ることも増えますし、その分、時間が取れますよ」
「そうなんだけどさ」
オリヴィアとサイラスは、一年と少しの婚約期間の後、再来年の春に結婚式を挙げることが決定した。
オリヴィアが王子妃になれば本格的に王族としての仕事がはじまるため、一年と少しの準備期間の間に、バーバラのもとで王子妃の仕事を学ぶことになっている。
といっても、オリヴィアはすでに執務を手伝っているので、バーバラから学ぶのは主に社交の方になる。
これまで自らパーティーを取り仕切ったり、率先して貴族令嬢や夫人とお茶会を開いたりしてこなかったオリヴィアだが、王子妃となる以上、これまで以上に人間関係を重視しなくてはならない。
結婚までの間に、どれだけ女性社会での地盤を固められるか。これはオリヴィアに課せられた大きな課題だ。だた椅子に座って微笑んでいるだけでは、人はついて来ない。文官や大臣たちが相手ならば仕事で評価をもらえばいいが、女性相手だとそうはいかない。これまで積極席に社交をしてこなかったオリヴィアは、相当な頑張りが必要だ。
「それでオリヴィアは何の本を探していたの?」
「医学書を……新しく入ったものがあると聞いたので」
「ああ、それならわかるよ」
サイラスは本棚を確かめて、すぐに一冊の本を抜き取った。
「ここに納められる前に読ませてもらったけど、免疫と病気について書かれた本で、なかなか興味深かったよ。重たいから机まで運んであげるね」
サイラスの手にあるのは、紺色の表紙の分厚い本だった。
サイラスが自分が読もうと思った本をあわせて二冊の本を抱えて、読書用の机に運んでくれる。
椅子に座って、さっそく本を開こうとしたオリヴィアは、ふと、サイラスの手元の本を見て目を瞬いた。
(チェスの本……?)
それは、チェスのトラップについて書かれている本だった。
「気になる?」
オリヴィアがサイラスの持つ本に注意を引かれたことがわかったのか、サイラスが笑う。
「えっと……サイラス様がチェスを打つところを見たことがないので」
「そうだろうね。ずっと触っていなかったし」
「でも、アラン殿下からお強いって聞きましたよ」
「んー……自分で言うのもなんだけど、まあ、そうだろうね。だから打たなくなったんだけど」
サイラスは机の上に頬杖をついて苦笑した。
「僕はチェスを打つと、たいてい性格が悪いって言われるんだよね。自覚はあるんだけど、相手を騙して勝つ、みたいな? 兄上は騎士道精神旺盛だから『正々堂々勝負すべきだ』とか言うんだけど、チェスっていかに相手を騙せるかを競うゲームだと思うわけで、なんでそれで責められるのかわからいし、勝ちすぎて面白くないし、だからといって手加減しても面白くないし……、うちの王家には王になる人間はチェスの腕を鍛えるべきだみたいな風習がまだ残っているんだけど、僕は王になるつもりがなかったからまあいいかなって打たなくなったんだよね」
なるほど、確かに勝って責められたのでは面白くない。オリヴィアも子供のころ、何度かアランをチェスで負かせて怒らせたことがあるので、その気持ちはよくわかる。
「でもうちの王家って、ここぞと言う勝負ごとをするときは、現実をチェスに当てはめて考えることがよくあるわけで……今回母上もそうしたし、君もそうしただろう? 実際のところ、冷静に現状を把握するには悪い方法ではないし。だからいつまでも嫌煙していないで、僕もたまには打とうかなって思ったんだよね」
それでチェスの本か。
けれど選んだが本がトラップの本とは……サイラスはアランが言うところの「正々堂々」勝負するつもりはないようだ。
(でもまあサイラス様の言い分が正しいのよね。チェスっていかに相手の裏の裏をかけるかで勝負が決まるし、正々堂々なんていう騎士道精神から一番遠いゲームじゃないかしら?)
アランだって、正々堂々と言いつつも相手を罠に嵌めたりするのだから、結局一緒なのである。ただ負けて悔しいからそんなことを言っただけだろう。
「本になっているくらいだから、その本に書かれているトラップはみんな知っているんじゃないですか?」
「うん、だろうね。だから、相手が仕掛けてきたトラップを利用して逆に相手をはめる方法がないかなと思って」
……ああ、アランが怒るのが少しわかった気がしてきた。
(これはなかなか勝てないわね。でもそうよね、バーバラ様もほとんど勝てないってアラン殿下が言っていたもの)
トラップを勉強するのではなくて、トラップを逆手に取る方法を考えるなんて――サイラスはとことん相手の裏をかきたいらしい。
アランのことだ、相手を罠に嵌めたと悦に入っていたのに、実はそれを逆手に取られたのだとわかれば、悔しくて騒ぎ出しても不思議ではない。
「サイラス様、今度わたくしとチェスの勝負をしませんか?」
「うーん……嫌われそうだから嫌だ」
「つまり勝つ自信がある、と」
「まあ、たぶん……負けないと思うよ?」
勝負する前から勝利宣言をされてしまうと、さすがに面白くない。
「どうしたら勝負してくれますか?」
そこまで言われるとどうしても勝負したくなって食い下がれば、サイラスが少し考えて、口端を持ち上げた。
「オリヴィアが負けたら、僕の言うことを何でも一つ聞くって約束してくれるなら、いいよ」
「……何でも?」
「何でも」
オリヴィアは考え込んだ。
サイラスはこれまで、何か賭け事をするときは、「キス一つ」とか「好きって言って」という条件を出してきていた。
それがここに来て「何でも一つ言うことを聞く」。嫌な予感しかしない。
けれども、言い出したのはオリヴィアだ。ここで引けば負けを認めた気がして少し悔しい。
「……わかりました。その勝負、乗ります!」
オリヴィアが拳を握りしめて言うと、サイラスは面白そうに目を細める。
「後悔しても知らないよ?」
――その言葉の通り、オリヴィアがサイラスに勝負を挑んだことを後悔することになったのは、翌日のことだった。
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本作コミックス⑧巻が3/13に発売予定です!
今回も特装版(こちらは電子限定)にSSを書かせていただきました!
どうぞよろしくお願いいたします。
出版社 : マッグガーデン
発売日 : 2026/3/13
ISBN-10 : 4800017262
ISBN-13 : 978-4800017260
☆あらすじ☆
告げられた再びの婚約破棄。オリヴィアに最大の試練が訪れる──!
「第三王女をブリオールに嫁がせたい」という申し出により、友好関係にある隣国レバノールから、フロレンシア姫が来訪。彼女とその護衛騎士レギオンによる逃避行劇に、振り回されるオリヴィア達だったが、事態を収拾し二人が幸せになれる可能性を見つけるのであった。一件落着となったのもつかの間、いよいよオリヴィアとサイラスの婚約式の日が迫る。着々と準備を整える中で、突然国王に呼び出され困惑するオリヴィア達。そこで告げられたのは、なんと再びの婚約破棄だった…。恋に不慣れな天才令嬢と長年の恋を実らせたい王子のロマンチックラブストーリー、第8巻!











