貴族裁判 3
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オリヴィアの発言で、ジュールとイザックを除く全員の席に資料が配られた。ジュールとイザックには事前に渡してある。
「今お配りしたのは、これからご説明するエバンス公爵の王位簒奪の計画の証拠です」
その瞬間、傍聴席からざわりと立った喧噪が、さざ波のように室内に広がった。
六人の公爵たちは食い入るように資料を見つめ、エバンス公爵がガタンと音を立てて席を立つ。
「な――」
「エバンス、発言は控えろ。そなたの反論は、オリヴィアの話が終わってから受け付ける」
ジュールの声で、エバンス公爵が悔しそうな顔をして押し黙った。
公爵たちが資料に目を通し終わるのを待って、オリヴィアは口を開く。
「資料についてご説明いたします。資料の一枚目をご確認ください。エバンス公爵領の過去の金銭の流れをまとめたものです。一つは孤児院、もう一つは医療機関。どちらもエバンス公爵領内にあるものです。この二つの場所に大きくお金が流れているのがご確認いただけるかと思います」
「確かに寄付としては大きいが……まとまった額を寄付することもあるだろう?」
王位簒奪という言葉に戸惑いを隠しきれない様子で、公爵の一人が言った。
オリヴィアは頷き、話を続ける。
「おっしゃる通り、これが寄付であれば、額は大きいですが、問題ではありません。ですがこれは寄付ではございません。資料の二枚目を」
パラリ、と紙をめくる音が響く。
「二枚目は、該当の医療機関の過去のお金の動きについて記したものです。特定の商会に――クローレ商会にエバンス公爵家が寄付した額と同等の金額が動いています」
クローレ商会の名前を出した途端、数名の公爵の顔が強張った。オリヴィアの右隣に座っているルイスも厳しい表情を浮かべている。
「クローレ商会の主な商品は食器です。医療器具は扱っておりません。ですが、食器の購入にしては巨額すぎる金額でございませんか? 入院患者用のものとしても、おかしすぎます。そこでわたくしは、クローレ商会が裏で扱っている商品を思い出しました。王妃殿下の兄君でいらっしゃるレプシーラ侯爵家にかけられた嫌疑……ご存知ですよね?」
言いながら、オリヴィアはちらりとグロリアを見た。グロリアは薄い笑みを浮かべて、黙って資料に目を落としている。
「武器か。先日、レプシーラ侯爵家と武器の売買をしていたという証拠が挙がったんだったな」
公爵の一人が言った。
「そうです。レプシーラ侯爵は多すぎる武器の購入で謀反の嫌疑がかけられています。その購入先の商会の名前が、クローレ商会です」
「だからなんだというんだ!」
エバンス公爵がたまらずといった様子で声を上げた。
すぐに判事から黙るように叱責されて、ぐっと口を引き結ぶ。
まるで射殺してやると言わんばかりの鋭い目つきででオリヴィアを睨みつけてくるが、オリヴィアは深呼吸をして動揺を押さえつけた。
サイラスを見れば、優しく微笑んでくれる。……大丈夫。
不安な時にいつも手をつないでくれるサイラスは隣にいないけれど、ちゃんと見守ってくれている。だから怖くない。
「調べさせたところ、医療機関の地下に、クローレ商会から購入したと思われる多量の武器が保管されていました」
「――それは本当かな、オリヴィア」
ルイスの問いに、オリヴィアは頷く。
「はい。それからもう一点。クローレ商会から、カルツォル国の第三王子の正妃へ多額のお金が動いております。……第三王子殿下のご正妃様の名前はセレーナ・ドリー様。ドリー子爵家のご令嬢です。ドリー子爵は、エバンス公爵の従兄でもいらっしゃいますね」
傍聴席の喧噪が大きくなり、反対に公爵たちは愕然とした顔で黙り込む。
「続けます。次の資料を」
誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。
オリヴィアは一度瞑目して、心を落ち着けるように深く呼吸をする。
「……次の資料は孤児院に関する資料です」
「孤児院への寄付金にも問題が?」
「そうです」
この資料は、アベラルドから教えてもらった話をもとに調べなおさせた一番新しい資料だ。怪しいとは思っていたが、彼の助言がなければ真実にはたどり着けなかった。
「最初の寄付金は十二年前にさかのぼります。まず、春。一度に金貨二百枚が動いています。そして冬、また二百枚。次の年の夏、二百枚。冬、二百枚。毎年、二回から三回、大きな額が動いているのが確認できると思います」
「ああ、これが?」
「それは次の資料をご説明してからお話しします。次をめくってください。――次は、過去十二年間の孤児の名簿です」
「名簿なんてどうするつもりだ?」
「ご説明します。まず十二年前の春、一人の孤児が名簿から外されています。名前はシェリー。女の子です。当時の年齢は十六歳。十二年前の冬にも一人。サラ、こちらも女の子で十四歳。その次の年の夏も十五歳の女の子が一人、冬も一人……。お気づきでしょうか? エバンス公爵家から多額の寄付金が流れるごとに、一人ずつ女の子の名前がなくなっています。確認をしたところ、エバンス公爵が、多額の寄付と引き換えに年頃の女の子を買い取っているという情報を得ました」
「でたらめを言うな!」
「エバンス。黙れ。……オリヴィア、続けなさい」
ジュールが険しい表情で続きを促す。
「はい。……ここからは、証人をお呼びします」
オリヴィアが顔を上げると、アランが立ち上がり、部屋の外へ出る。ややして、アランがアベラルドを伴ってやってくると、ざわついていた傍聴席がシンと静まり返った。
アベラルドは緋色の盛装の長い裾を鮮やかにさばいて、カツカツと大股でオリヴィアのそばまでやってくると、席を譲ろうとしたオリヴィアを手で制して、真っ直ぐにエバンス公爵を見つめる。
アベラルドの猛禽類のように鋭い眼光に射抜かれて、エバンス公爵が視線を下に落とした。
視線だけではない。圧倒的な支配者の圧を感じさせる堂々とした態度に、罪に問われていない公爵たちも居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。平然としているのはルイスと、それからオリヴィアのうしろに立っているロナウドだけだ。
(まあ、気持ちはわかるけれど。何というか、アベラルド殿下は、視線を合わせただけで人の息の根を止めそうな、独特の雰囲気があるから)
こういうのをたぶん、生まれ持った王者の風格と言うのかもしれない。基本的には穏やかでのんびりしているブリオール国と違い、殺伐としたカルツォル国の後宮で育った王子は、その身に宿す気配が違う。
「アベラルド殿下によると、毎年二名程度、カルツォル国の後宮にブリオール国の女性が愛妾として入れられているとのことです。彼女たちは全員、第三王子から陛下への献上品という形で贈られているとのことでした。そうですよね、アベラルド殿下」
「ああ。第三王子が父の機嫌取りに女を差し出している。必要ならば、理由をつけて後宮から何名か連れてこさせることも可能だが?」
アベラルドは一度言葉を切って、それからジュールを見上げた。
「第三王子についての情報は数年前から集めている。その中にはエバンス公爵家とのつながりを確認できるものもある。金と女を差し出す代わりに、ブリオール国内で戦の狼煙を上げた際、手を貸すように裏取引をしていたのだろう」
「カルツォル国への婚約式の招待状の日付の細工もエバンス公爵の手によるものですよね。第三王子と共謀している第二王子と、計画の実行について話し合う時間を作るために。違いますか?」
「違う!」
エバンスが声を上げるが、今度はジュールは口を挟まなかった。いや、挟めなかった。
オリヴィアがその前に、一通の手紙を掲げて見せたからだ。
「公爵、こちらの手紙は、元レモーネ伯爵バンジャマンが娘のティアナに向けて書いたものです。こちらの手紙を、監察官の男性が運んできたそうです。要約しますと、ティアナをカルツォル国の国王陛下の側妃にする話が書かれていますが、内容は問題ではありません。どちらにせよ、この手紙については公爵はご存じないでしょうから。問題は、監察官の男性がティアナに言った言葉……彼はこう言ったそうです。『戦争が起こる』と」
「だから何だ」
「その監察官――いえ、監察官を装った男性ですが、身柄を拘束させていただきました。エバンス公爵家に雇われている兵士の一人だとおっしゃったようですよ。ここ数年、エバンス公爵家には大勢の傭兵が雇い入れられているそうですね。彼はその一人だと」
「でたら――」
「でたらめではありませんよ。彼の証言と、ここにある証拠をもとに、ある方が兵を率いて公爵領へ向かっているはずです。傭兵のほかにも、腕が立ちそうな囚人たちも引き入れていますよね? 労役地から大勢の囚人が姿を消していることは調べがついています」
「な――」
「もう一つ。貴族裁判がはじまってすぐ、王都の公爵家にも我がアトワール家の兵士を向かわせました。陛下はご了承済みです。――お父様」
「裁判の休憩中に報告が来た。エバンス公爵夫人を含め公爵家全員の身柄の拘束は完了したそうだ。今頃、尋問にかけられているころだろう」
イザックがエバンス公爵を冷ややかに見下ろしながら告げた。
エバンス公爵が大きく目を見開く。
「まだ、言い逃れをされますか? 証拠の押収と、多方からの証言が上がるまで待たれてもいいですが、結果は変わらないと思いますよ」
エバンス公爵は瞳を大きく揺らしながらすがるようにグロリアを見、彼女が何も言わないとわかると、うなだれるように俯いた。
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