違和感 5
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(レネーンが捕えられた……)
アトワール公爵家の自室で、チェス盤を前にしてオリヴィアは考えていた。
レネーンが殺人未遂を起こして捕えられたという報告は、オリヴィアがコールリッジ公爵家にいたときに報せが来た。
オリヴィアは驚いたが、アランは想定内だったようで、平然と紅茶を飲みながら「サイラスが動いたんだろう」と言った。
オリヴィアは知らなかったのだが、城のオリヴィアの部屋にヒ素入りのクッキーが置かれていたらしい。ティアナが持ち去った水色のお菓子の箱がそうだったという。オリヴィアは能天気にもお菓子を口実にアランに会いに行ったのかと勘違いしていたが、そうではなかったのだ。
クッキーをオリヴィアの部屋に運んだ実行犯は違う人間だが、裏で糸を引いていたのがレネーンだったのだとか。それに気づいたサイラスは、レネーンを早々にチェス盤の上から消すことに決めたらしい。
(……何かしら。ひっかかる)
レネーンがグロリアやエバンス公爵に共謀しているとは思ってはいなかった。だが、グロリアの目の前で、こうもあっさり捕えられたと言うのが解せない。サイラスが上手だったと言うのもあるだろうが――グロリアがレネーンを本気でサイラスに縁付かせたかったのなら、少なくとも婚約式を終えるまでは不用意な動きをしないように見張っておくはずだ。グロリアがレネーンを注視していたのならば、彼女の些細な行動も見逃さなかったはず。
(この違和感は何かしら)
その違和感は、アトワール公爵家に戻ってきても続いている。
オリヴィアの背後では、レネーンが捕縛されたと聞いたティアナがテイラーと紅茶とお菓子で祝杯をあげていた。よほど嬉しいのかティアナは高笑いをしている。
「お父様も役に立つこともあるものね!」
バンジャマンが狙われたからレネーンを現行犯で捕らえることができたわけだが、実の父が殺されかけたと言うのにあんまりな言いようだ。
(まあ、バンジャマンが無事で嬉しくてテンションが上がっているのもありそうだけど)
口ではもう父親などどうでもいいと言いながらも、完全に無視して切り捨てるのは難しい。まだティアナの中でバンジャマンのことは割り切れない問題のようだから、彼女が悲しむようなことにならなくてよかったと思う。
バンジャマンを使ってオリヴィアを襲わせたのがレネーンであることは、オリヴィアも少し前にわかっていた。きっかけはバーバラがよこした手紙だ。
バーバラの手紙には、ティアナに接触した監察官を装った男を捕えたと書かれていたのだ。
手紙によるとその男は、レプシーラ侯爵領の国境警備隊の宿舎に現れたらしい。捕えて吐かせたところ、目的はティアナを始末することだったそうだ。
バンジャマンが捕縛されたと知ったレネーンは、男にティアナの口封じを命じたらしい。バーバラの機転で、ティアナは表向きはレプシーラ侯爵領の国境警備隊の宿舎で下働きをしていることにしていたので、偽りとは知らずそこに現れたのだ。
男が証言したことはバーバラがまとめて手紙に書いて送ってくれたが、その中にレネーンに命じられて動いていたというものがあったのである。
だからオリヴィアも、レネーンが再びオリヴィアを害そうとしてくるだろうとは予想していたが、すでに毒入りのクッキーを送りつけられていたとは知らなかった。
グロリアならばこのような杜撰な計画を立てるとは思えないので、レネーンが単独で動いていたのは間違いないとして――、それを抜きにしても、これまでのグロリアの行動に怪訝な点が残る。
オリヴィアは敵側の白のビショップを動かそうとして、手を止めた。
(レネーンが退場した今、駒の配置はこうなるけど……、ここの手は、悪手じゃないかしら?)
単独行動をしていてレネーンが引っ掻き回したとしても、相手の動きがおかしい。
(違うわ。ここの手だけじゃない。最初から――)
最初の一手が、そもそもおかしい。
「どうして王太后様は、レネーンをサイラス様の婚約者にしようとしたの……?」
「何わかりきったこと言ってるの?」
オリヴィアが無意識に口に出した言葉に、お菓子を食べて盛り上がっていたティアナがあきれ顔で振り返った。
「そんなのレネーンの我儘に決まってるじゃないの。あいつ、昔からサイラス殿下に付きまとってたし、諦めきれなかったんでしょ」
(レネーンの我儘?)
グロリアがレネーンの我儘を聞く理由はどこにあったろう。
(だって、サイラス様とレネーンを婚約させても、結局――……待って)
そうか、ここも違うのだ。
グロリアは本当に、サイラスとレネーンを婚約させたかったのだろうか。――いや、違う。
(アベラルド殿下の歓迎パーティーの日、レネーンの格好は明らかにおかしかった。王太后様がそれを止めないはずがない)
レネーンは、全身赤の装いでパーティーに出席した。
グロリアが、カルツォル国での赤の意味を知らないはずがない。
本気でサイラスの婚約者にレネーンを据えるつもりならば、絶対に止めていたはず。
(やっとわかった……この悪手の意味)
そして多分、バーバラも気づいたはずだ。ならば、リッツバーグからの報告書を受け取ったバーバラが次にすることは――
「テイラー、お父様は?」
「書斎にいらっしゃるかと」
「ありがとう」
オリヴィアはチェスの駒を動かし、立ち上がる。
(チェックメイト)
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