カルツォル国の第五王子 3
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次の日、サイラスの計らいでワットールがアトワール公爵邸にやってきた。
残念ながらサイラスは午前中の授業があるので来られないそうだが、オリヴィアがカルツォル国の情報を知りたがっていると言うのは事前に伝えておいてくれたようだ。
サロンに案内すると、ワットールは「ご趣味がよろしいですね」と言って笑う。
アトワール家のサロンの内装は母ブロンシュがこだわりぬいているので、褒められるとオリヴィアは自分のことのように嬉しかった。
とにかく客人が落ち着いて過ごせるようにと、母が細かなところまで気を配っていることを知っているからだ。
壁にかけられている絵画は心が落ち着くようにと牧歌的な風景画を選んでいるし、調度品も刺激の強い色は使わないようにしている。飾る花は香りの強すぎないものを。窓から見える庭の景色にもこだわって、ブロンシュはサロンのことだけはイザックにさえも口出しを許さなかった。
(あとでお母様にワットール様が褒めていたと教えてあげましょう)
きっと喜ぶだろう。
アトワール家のメイドがティーセットを用意して去っていくと、オリヴィアは、カルツォル国とは関係のない話題を振った。
用件はカルツォル国のことを聞くことだが、会話を楽しみもせずに本題に入るのは無粋だ。サロンに入ったからには会話で相手をもてなすように。そう母からいつも言われている。
お茶を飲みながらしばらく他愛ない会話を交わして、場がふんわりと和んだころ、ワットールの方から本題を切り出してくれた。
「サイラス殿下からオリヴィア様がカルツォル国について知りたがっているとお聞きしましたが、間違いないですかな?」
「はい」
頷くと、ワットールはモノクルを押し上げて探るような目を向けてきた。
「ぶしつけな質問になりますが……オリヴィア様、どうしてカルツォル国のことが知りたいのです?」
「重要なことなんです。詳しい話はまだできません。でも、……国のため、です」
「国のためとはまた……、今、オリヴィア様の立場は少々危うい。下手な動きをすると危険ですよ。それはわかっていますか?」
「もちろんです」
「それでも、聞きたい、と」
「はい」
ワットールははあ、と長く息をついて、それからモノクルを外すと、レンズをゆっくりとハンカチで拭く。拭きながら、多分考えているのだろうなと思ったオリヴィアは、何も言わずに彼の決断を待った。
しばらくして、ワットールは困ったような笑顔を浮かべて、モノクルをかけなおす。
「わかりました。ほかならぬオリヴィア様の頼みですからな。といっても、私が知るのは少し前の情報ですが、よろしいですか?」
「はい」
「具体的に、オリヴィア様は何が知りたいのでしょう」
「なんでも、といいたいところですが、できればアベラルド殿下や、王族の方々の情報を中心に教えていただきたいです」
「王族ですか……。そうですね……、書いた方がわかりやすいかもしれませんね。紙とペンをお借りしても?」
オリヴィアはテイラーに頼んで紙とペンを持ってきてもらう。
テイラーは何か用があったときのためにサロンの端で待機しているが、ティアナはワットールが来ると聞いた途端、オリヴィアの部屋から出てこなくなった。かつて妃教育を受けたときに散々怒られたらしく、苦手意識があるようだ。
ワットールはテイラーが用意した紙に、簡単な家系図を描いていく。
「私が知っているのは第八王子まで。それ以下の王子については存じ上げません。あそこの王室は少々複雑でし……、妃や愛妾が次々に増える上、後宮内での暗殺騒ぎは日常茶飯事で、完全に把握するのは難しいのです。こちらをご覧になられたらわかる通り、第六王子、そして第五王子と第六王子をお産みになった元王妃殿下は毒殺されています」
「待ってください。第五王子……アベラルド殿下のお母様は元王妃様なんですか?」
「そうです。アベラルド殿下の母君は元王妃殿下で、アベラルド殿下のほかに第一王女と第六王子をお産みになりました。第六王子が一歳になる前、お二人とも毒殺されています。その後、第三王子の母君である第二妃が王妃に上がられて、王位継承順位が変わりました」
「じゃあ……もともとはアベラルド殿下が王位継承権一位だったんですか?」
「そうです。そしてもう一つ……これは真偽のほどはわかっておりませんが、元王妃殿下を殺害したのは、第二妃だという噂もございました」
「……ほかの王子とその母君についての情報もください」
「はい。まず第一王子は第四妃のお子様です。第二王子は第八妃――こちらは、現在の正妃殿下の侍女だった方です。第四王子の母君については愛妾という以外は詳しくは存じ上げません。第七王子も同様です。第八王子が、第三妃のお子になります」
オリヴィアは顎に手を当てた。
「アベラルド殿下と、第三王子や正妃様の間には、何らかの確執があると見ていいのでしょうか?」
「断言できませんが、おそらくは。それから第二王子もですかね。第二王子の母君は、正妃殿下が側妃へ推薦したはずです」
「自分の侍女を?」
「そうです。一夫多妻制の国ではままあることですね。後宮での自身の権力固めのためです」
「派閥ってことでしょうか?」
「はい。自分の味方をいかに多く持つか。それが後宮内での自分の地位の向上と、身を守ることにつながります」
後宮での寵愛合戦と言うのはよく聞くが、派閥争いがあるのは知らなかった。確かに、暗殺が日常茶飯事というほど殺伐としているカルツォル国の後宮で生き残るためには、自分の味方を増やすことは必要なことかもしれない。
(となると、第三王子と第二王子に対して、アベラルド殿下はいい感情を抱いていない? ……第二王子が来る予定が第五王子に代わったのは、偶然ではない可能性があると言うこと?)
ここまで殺伐としている王家ならば、兄弟の情は希薄だろう。むしろ互いに蹴落とし合いをしている可能性が高い。
(問題はアベラルド殿下にエバンス公爵家とのつながりがあるかどうか)
つながりがなければ――そして、アベラルドと確執がありそうな王子とエバンス公爵家につながりがあれば、彼と交渉のテーブルにつけるかもしれない。
逆に、アベラルドとエバンス公爵家につながりがあれば、アベラルドの近辺を探ることで何らかの証拠が出てくる可能性がある。
あともう少し、情報がほしい。
アベラルドの扱いをどうするのか、判断材料が必要だ。
ワットールが描いた家系図を睨むように見つめていたオリヴィアは、ふと、第三王子の妃の名前に目を止めた。
「…………セレーナ・ドリー。ドリーって……」
「ああ、気づかれましたか? 第三王子の正妃様は、ドリー子爵のご令嬢ですよ。もっとも、家族の反対を押し切って嫁がれましてね。実家とはほぼ絶縁状態のはずですが」
「ドリー子爵って……エバンス公爵家の縁者ですよね」
「ええ。現在の当主はエバンス公爵の従兄ですね。セレーナ様のお兄様です」
(つながった!)
これは偶然かもしれない。だが、国交が少ないという両国の関係を考えると、この関係を無視する方が愚行だ。
アベラルドが第三王子にいい感情を抱いていないのならば、第三王子が関係しているエバンス公爵家とのつながりは薄いはずだ。前正妃の毒殺が本当ならば、アベラルドが第三王子の妃の実家と関係を持つはずがない。
アベラルドがエバンス公爵家に関係していないのならば、彼を味方に引き入れることができるかもしれない。
(アベラルド殿下を通してカルツォル国の動きがわかれば……ティアナに接触した男が言った『戦争』という言葉の意味がわかるはず)
どこが、どう動くつもりなのか。それがわかれば、それを防ぐために先回りすることだって可能だ。
「ワットール様、ありがとうございました!」
「お役に立てたようですね」
「それはもう!」
ワットールは微笑むと、モノクルを押し上げながら言った。
「オリヴィア様、私は――私どもは、オリヴィア様の味方です。あなたがその手で、ご自身の望む未来を切り開かれることを、心の底から願っております」
オリヴィアはハッと目を見開いて、それからふわりと微笑み返した。
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