虎の尾 4
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バンジャマンを捕縛してから三日後。
イザックから聞かされていたカルツォル国の第五王子の歓迎パーティーが開かれることになり、オリヴィアはその準備もあって、テイラーとティアナを伴って昼すぎに登城した。
城を訪れるのは久しぶりだ。
アランが書類仕事を引き受けてくれているし、現状、悠長に図書館へ通っている余裕もないので、ここ数日は登城していなかった。
サイラスから仕入れた情報によると、カルツォル国第五王子はアベラルドという名前らしい。
サイラスはすでにアベラルドが到着したその日に挨拶をしていて、癖のある赤毛に黒い瞳の、猛禽類のような鋭い雰囲気の王子だと教えてくれた。年齢は三十九歳で妻子もいるが、妻子は連れて来ていない。
オリヴィアが把握しているカルツォル国の情報では、正妃の子は第三王子だけのはずだから、アベラルドは側妃か愛妾の子だろう。王位継承権は第三王子が第一位、あとは年齢順だと聞いている。女児に継承権は与えられないので、単純に、第五王子は王位継承権五位と見ていい。
ブリオール国とカルツォル国は友好国ではないので王や王位継承権第一位の第三王子が来ることはないだろうと踏んでいたが、予定されていた第二王子から第五王子に代わったのには何か理由があるのだろうか。
「お嬢様、パーティーのドレスはこちらでよろしかったですか?」
テイラーがクローゼットからドレスを取り出して確認する。
「ええ、構わないわ」
「綺麗なドレスね」
ティアナがそれを見て、羨ましそうな顔をした。
「ちょっと着てみていい?」
「だめです」
ティアナが言えば、テイラーが即答する。
ムッと眉を寄せたティアナに、オリヴィアは苦笑した。バンジャマンの件で落ち込んでいたが、少しは元気になってきたようだ。
「パーティーが終わったあとなら大丈夫よ」
ただ、ティアナは背が低いので、オリヴィアのドレスは少し丈が長いだろうけれど。
オリヴィアが許可を出すと、テイラーが咎めるような視線を向けてくる。
「オリヴィア様! またそんなこと言って!」
「別にいいじゃない。減るものじゃないし。テイラーにも着なくなったドレスをあげることがあるでしょ? さすがにそのドレスはあげられないけど、着るくらいならかまわないわ」
「もらえるなら、わたくし、あのピンクのドレスがいいわ。胸のところにリボンがついているやつ」
オリヴィアがテイラーにドレスを下げ渡していると聞いたティアナが、すかさず自己主張をはじめた。
テイラーがあんぐりと口を開けて、オリヴィアは思わず吹き出してしまう。ティアナはオリヴィアの部屋のクローゼットの情報に詳しいようだ。よほどドレスが好きなのだろう。
「あのドレスはもう着ていないからいいわよ。ただ、丈を直さないといけないと思うわ」
「テイラーやってよ」
「なんでわたくしが⁉」
「だって、わたくし針持ったことないし。怪我をしたら嫌だもの」
「練習しようという気持ちはないんですか⁉」
「あるはずないでしょ? 馬鹿なの?」
「オリヴィア様! こんな人にドレスを差し上げなくてもいいと思います!」
ここのところティアナが落ち込んでいたから、テイラーも彼女に優しく接していたのだが、さすがに我慢できなくなったのか久しぶりに口喧嘩が勃発する。
喧嘩ができるだけ元気になったのはいいことだが、あまり騒ぎすぎるのもよくない。
「テイラー、ドレスの丈ならお店に頼むわ」
ティアナは侍女に扮しているが侍女として正式に雇われているわけではない。
そのため、衣食住は保証しても、公爵家はティアナに給金を支払っていない。だから、給金の代わりと言うわけではないが、ドレスの裾上げくらいオリヴィアが自分の懐から出してもいい。
テイラーは「また甘やかす!」と不満そうだが、給金なしで仕事(真面目とは言えないが)をしているのだから、そのくらいはいいと思う。ティアナだって、好きでオリヴィアの侍女をしているわけではないのだから。
「そんなことより、まだ時間があることだしお茶にしましょう。着替えるのはもう少し後でもいいでしょう?」
パーティーの開始時間までたっぷり時間がある。
サイラスがオリヴィアの部屋に来ると言っていたが、例にもれずレネーンに張り付かれているようなので、もうしばらくかかるだろう。
お茶と聞いたティアナが嬉しそうな顔をして棚のお菓子を物色しはじめた。最近ではテイラーもお菓子選びはティアナに任せているので口を挟まない。
「わたくし今日はクッキーの気分なのよねー。……ん?」
「どうかした?」
「オリヴィア様、わたくしに内緒でお城に来てないわよね?」
「ええ……ここ数日は来ていないけど、なに?」
「……ふぅん」
ティアナはお菓子の棚から水色の箱を手に取ると、それを棚の隅に畳んで置かれていた空き袋に入れた。
「ちょっと用事を思い出したわ」
「フラン?」
「すぐ戻るから心配しないで」
ティアナはそう言って、オリヴィアが止めるのも聞かずに袋を持って部屋から出て行ってしまった。
「あの方、本当に自由ですね」
「ええ……でも、何か様子がおかしかったわ。クッキーの箱、持って行っちゃったし」
「独り占めしたくなったんじゃないですか?」
テイラーはそんなことを言って、紅茶を蒸らしている間に、棚からフロランタンの箱を持って来る。
「フランがつまみ食いするので、お菓子がだいぶ減りましたね。買いたしておきますね」
「ええ……」
確かにティアナは気がついたらお菓子を食べている。あのクッキーも、テイラーが言うように全部一人で食べたくなったから持ち出したのだろうか。
(でもティアナはティータイムが大好きだから、独り占めしたくなったにしても、ティータイム前に出て行くのはおかしい気がするわね)
それに、ティアナのことだから、ほしければほしいと口に出して主張するはずだ。黙って持ち出すのはおかしい。
(お菓子くらい別にいいんだけど……何か引っかかるわね)
ティアナが突飛な行動を取ることはままあることだが、今日は特におかしい気がする。
(まあいいわ。帰ってきたらそれとなく聞いてみましょう)
すぐ戻ると言っていたし、そのうち帰ってくるだろう。
オリヴィアは深く考えるのをやめて、テイラーがいれてくれた紅茶に砂糖を一つ落とした。
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