12
BLではありませんが、BLのような描写、表現を含みます。苦手な方はご注意願います。
プルトーは先輩を長椅子から蹴落とした。空席となった長椅子に悠々と腰かけると、伏臥位になって床に倒れた先輩の後頭部を踏みつけて、踏み躙る。先輩は野太い喘ぎ声をあげて身を捩る。屹立した陽物に突き上げられた尻が目障りなので、踵落としをお見舞いしてやった。
「アアン! ありがとう! ボクの暴れん棒が涙を流して悦んでるよォ! もっと、もっと、気持ちイイのを頂戴!」
身悶える先輩の「暴れん棒」とやらをぽっきりへし折ってやりたかったのだが、先輩の「暴れん棒」はますます元気になってしまった。プルトーの心の方が折れそうだ。
プルトーの魔人生最大の汚点である写真の出処と在処を吐かせたいところだけれど、一度拷問を始めて苛虐心に火が点くと、死なない程度に加減することは困難だ。そもそも、苦痛を快感に変換してしまえる変態を痛めつけたところで、悦ばせるだけだから、虚しい。しかも、たぶん床を汚された。使用人に命じて、床材を張り替えさせて、絨毯も新調させなければ。
まったく、何時でも何処でも誰にでも、見境なく盛りやがって。とプルトーは舌打ちをする。これでも、先輩の性欲は衰えたと言うのだ。信じられない。全盛期の先輩は見るもの聞くもの全てに欲情して、すれ違うものを片っ端から犯して回っていたのだろうか。なにそれ怖い。
しかし、上には上がいる。当代の欲情の蠍は、この世界に存在する全ての物事に欲情する色情狂なのだそうだ。生物のみならず無生物も、彼の欲情の対象に成り得る。それこそ、見るもの聞くもの全てに欲情して、なんでもかんでも、片っ端から犯して回るらしい。それも、四六時中。なにそれ怖い。怖すぎる。
とんでもない変態である。そんな性欲魔神と謳われる化け物と、王座をめぐり争うと思うと怖気が震う。
勘違いしないでほしいのだが、怖じ気づいたとか、臆病風に吹かれたとか、そういうことでは断じてない。プルトーは誰よりも強い魔人であると自負している。戦闘力で己が他の七司族の首長に後れを取っているとは思わない。
しかし、怖いものは怖いのである。当代の欲情の蠍の恐ろしい変態性欲の一端を、プルトーは垣間見たのだ。
父はプルトーの憤怒の龍継承を祝して催した宴に、欲情の蠍を招待したが、彼は欠席した。その異常性欲故に、欲情の蠍が公の場に姿をあらわすことはない。そうと知りながら、お義理で招待状を出したのだった。欠席に丸がつけられた返信を確認して、父もプルトーもほっと胸を撫で下ろした。
祝宴には、欲情の蠍の子息でありラストの家督でもあるマルス・ラストが代理魔人として出席した。あの悪名高い欲情の蠍の実子……何人いるのか知らないが、そのなかでただひとり、認知された息子……である。いったいどんな変態がやって来るのか。プルトーは戦々恐々としていた。
ところが、予想に反して、マルス・ラストは礼儀正しく物腰の柔らかな好青年だった。年齢はプルトーより二十歳上だけれど、偉ぶったりせず敬意を払って接してくれる。老害のご機嫌とりをするより、彼の儀礼的な微笑みに愛想笑いを返す方が、気楽だった。マルス・ラストと一緒にいると、何故か他魔人が寄って来ないことも、宴の主役として、入れかわり立ちかわり現れる高貴な魔人達の相手をすることに疲れ果てたプルトーにとっては好都合だった。
ひとくさり、社交辞令を交わしたところで、マルス・ラストは口をつぐみ、プルトーを見つめた。
「おや? プルトー君、顔色が優れないようだね。お疲れかな? なにか、飲み物をとって来よう」
マルス・ラストがそう言い出したときは、女扱いするんじゃねぇ! と鼻白んだけれど、厚意を無下にするのも心苦しいので、好きにさせることにした。マルス・ラストがプルトーから離れると、待っていましたとばかりに、他の魔人が話しかけてくる。グリードの三男坊だった。彼は早口で祝辞を述べると、去り際、プルトーに耳打ちをした。
「悪いことは言わない。あいつには気を付けな。『初物喰らいのマルス』と言えば、その筋では、かなりの有名魔人だぜ。あんた、ヤり捨てられたくなければ、深入りはしないことだ。それでも構わないと言うなら、余計なお世話だろうがな」
それだけ言って気が済んだのか、グリードの三男坊は立ち去った。彼は何の話をしているのだ? とプルトーが頭を悩ませている間に、マルス・ラストが戻ってきた。
プルトーはマルス・ラストから、なみなみと酒をつがれたクリスタルグラスを受け取った。酒類に疎いプルトーには、この奇妙な酒の名前はわからなかった。白濁した液体を口に含むと、青臭くて独特の苦味があり、どろどろとしていて舌にまとわりつく。嚥下するのに苦労したけれど、酒に弱いことを見破られるのは癪なので、無理をして飲み干した。
一杯だけなら大丈夫だろうとたかをくくっていたのが大間違いで、あっという間に酔いが回ってしまった。体がかっかっと熱くなり、頭がぼうっとする。
風に当たろう、とマルス・ラストに誘われたプルトーは、彼の肩をかりてテラスに出た。
そこから先の記憶には、局所的にぽっかりと穴が開いている。気が付くと、中庭の植え込みの陰で、呪縛樹の幹に背をあずけて座り込んでいた。マルス・ラストは覆い被さるようにして、プルトーの顔を覗きこんでいた。
マルス・ラストいわく、酔っ払って正体をなくしたプルトーは、マルス・ラストの制止を振り切って、テラスの胸壁を飛び越えて中庭に落っこちたらしい。しかも、そのまま昏倒してしまった。マルス・ラストはプルトーが恥をかかないように、意識のないプルトーを抱え、魔人目につかない場所に移動し、こっそりと介抱してくれたのだとか。
プルトーは頭を抱えた。言われてみれば、着衣が乱れているし、結い紐がほどけて、長い髪が滝のように肩を流れている。背中が痛い。尻はもっと痛い。尻餅をついたのだろう。
この晴れの日に、高貴な客人に醜態を晒してしまうとは。顔から火が出る思いだ。マルス・ラストが差し出した結い紐を受け取り、髪を結い直す。着衣の乱れを直しつつ、ご迷惑をおかけして申し訳ないと、俯いたまま、もごもごと謝罪する。もし、マルス・ラストがこれをプルトーの弱味として、ゆすってたかってくるようならぶっ殺してやると、目を血走らせながら。
しかし、マルス・ラストはとんでもない、と首を横にふった。
「こちらこそ、むやみに強い酒を勧めてしまい、申し訳ないことをした」
プルトーはマルス・ラストの気遣いに感謝した。そして、魔人の癖に親切なマルス・ラストに殺意を抱いたことを、ほんのちょっぴり反省した。
プルトーはマルスが差し出した手をとり、立ち上がった。やっぱり、尻が痛い。つい、顔をしかめてしまう。マルス・ラストはプルトーの表情の変化を食い入るように見つめている。気がついたプルトーが小首を傾げると、マルス・ラストは微笑んだ。恋に恋する乙女なら、めろめろになってしまいそうな微笑みである。甘ったるくて胸焼けしそうだ。
マルス・ラストは、たった今、思い出したと言って懐を探った。彼は、世にも恐ろしいものをプルトーへ差し出した。
「父からです」
それは、本来は封蝋に指輪印章を捺して封印するところを、明らかに蝋ではない、青臭い白濁した粘液で封印された、おぞましい封書だった。
プルトーは受け取りを拒否した。しかし、マルス・ラストは気分を害することなく、にこにこしていたので、プルトーはホッとした。受け取りを強要されたら、殺しにかかっていただろう。宴席でラストの家督を殺すのは、流石にまずい。マルスがあっさりと引き下がってくれて助かった。
こうして命拾いをしたマルス・ラストだが、彼もひょっとしたら、酔っていたのかもしれない。面倒をかけてしまったにも関わらず、やけに上機嫌だったし、去り際
「やはり堪らんな、処女は」
と意味不明なことを呟いていた。グリードの三男坊は「初物喰らいのマルス・ラスト」とかなんとか言っていたが、其れとなにか関係があるのだろうか? 意識を手放している間に、プルトーはチェリーボーイではなくなったのか? そんな馬鹿な。マルス・ラストは男だ。プルトーは男には興味ない。いくら酩酊していても、男に童貞を捧げる訳がない。
よくわからないし、どうでも良い。プルトーには関係のないことだ。
マルス・ラストは蠍人にしては珍しく、良識のある魔人のようだが、その父親は異常者だ。もしも、あの封書を開封していたら、どうなっていたのだろう。……想像を絶するようなことになっていたにちがいない。
あの性欲魔神は、マキュリーが傲慢の鷲獅子を継承したときにも、おぞましい封書を送りつけていたらしい。そうと知ったとき、プルトーは激昂した。その足で欲情の蠍を殺しに行きそうになった。プルトーは父に窘められて思い止まったけれど、マキュリーの父であり、魔王でもあるアダムス・プライドはそうではなかった。魔王アダムスは、おぞましい封書が愛娘の目に触れる前に封書を焼却処分して、その足で「常闇の城」へ乗り込んで行った。常闇の城は崩壊した。
その後、欲情の蠍は傷を癒すために、性行為を控えなければならず、常闇の城には三日三晩にわたり、欲求不満の苦しみに責め苛まれる欲情の蠍の悲鳴が木霊したとかしなかったとか。一方の魔王アダムスは、殆ど無傷で鷲獅子宮殿に帰還したにも関わらず、しばらくの間、鷲獅子宮殿に引きこもったらしい。あの目立ちたがりの出たがりが。
魔王アダムスが、欲情の蠍に何かしらのトラウマを植え付けられたのだとしたら、良い気味である。願わくは、男の尊厳を奪われていますように。本当にそうだったら、どうしよう。笑いが止まらない。変態野郎に凌辱されるなんて……具体的にはなにをどうするのか、知らないし知りたくもないけれど……そんなことになったら、プルトーなら生きていられない。魔王アダムスは死ねば良い。
まんざらの他魔人事ではないので、笑ってばかりもいられないが。欲情の蠍はまだ若い。男盛りの働き盛りだ。父や魔王アダムスよりも千歳は若い。
ラストは早世の家系だ。当代の欲情の蠍も、王座戦争が開戦する前に、ぽっくり逝ってくれることを願う。それか、アダムス・プライドのように、張り切りすぎて腰を痛めたとか、そういう馬鹿馬鹿しい理由で、早々に首長の座を退いてくれることを切に願う。
欲情の蠍の子息であるマルス・ラストも、ラストの家督に選ばれる程の実力者だから、まともそうに見えて、何かしらの変態性欲が抜きん出ているのだろう。ただ、実際に会って話をした限りでは、父親のような異常性は感じられなかった。王座をめぐって争うなら、欲情の蠍よりマルスの方がましだ。
王座戦争にはマキュリーも参戦することになるのだから、変態魔神には参戦して欲しくない。
だって、マキュリーは美人でスタイル抜群で、とにかく扇情的だ。それよりなにより、笑顔が可愛い、おバカさんなのだ。蠍人でなくても、男なら誰だって、マキュリーにはムラムラしてしまうだろう。プルトーだって、ムラムラしてしまうくらいだから。欲情の蠍がマキュリーを一目見たら、それだけで性感を極めてしまうのではないだろうか。そんなの絶対に許さない。欲情の蠍が王座戦争までにくたばってくれなければ、決闘でも闇討ちでも何でもして、この世にさようならして貰うしかない。
先輩は、彼の叔父の暗殺を本気で企てるプルトーの膝にすがりつき、太股に頬擦りしていた。
「ねぇ、プルプル、お仕置きしてよ。 ボクの顔を太股で挟んで、ムギュムギュやってくれるんでしょ? ねぇやって!やってやって、やってってばー!」
先輩の鼻息が荒い。先輩はいつの間にか、プルトーの膝に上体を乗り上げていた。太股に頬擦りしつつ、背中から腰にかけてを、いやらしい手つきで撫で回してくる。プルトーが考え事をしている間に、すっかり調子に乗ってしまったようだ。好き放題する先輩のゆるみきった頬を殴り付けて、プルトーは怒鳴った。
「だァかァらァ! 今はまだやらない! ムキムキマッチョになってからって言ってんだろうが! 僕の筋肉に圧殺されたきゃ、本気で僕の筋肉を応援しやがれ!」
「うんうんうん、応援してるよ。フレーフレー、プルプル! 頑張れ頑張れ、プルプル!」
「なんだそのやる気のない応援は! ああもう! 腹立たしい! この場で今すぐ、ぶっ殺してやりてェ!」
「ボク、プルプルに殺されちゃう? だったら是非是非、腹上死でお願いします!」
「うるせェ! 黙れ黙れ! 殺されたくなけりゃ、ちょっと黙ってろ!」
こんな変態でも、ジューゾー君の恩人だ。大学の先輩だ。殺してはいけない。怒りを制御するのだ。プッツンはダメ。深呼吸。吸って、吐いて。吸って、吐いて。床に転がった先輩をげしげしと蹴りつけながら、怒りを鎮めるプルトーの努力を嘲笑うかのように、先輩は性懲りもなくプルトーの足許にまとわりついてくる。
「プルプル、ぷるぷるしちゃって、もうもう! 可愛いなぁ、もう! 可愛い、可愛い、本当に可愛い! あの『絶対不可侵の魔王女様』ことマキュリー・プライドを骨抜きにしちゃうだけのことはあるよねぇ!」
マキュリーの名前を耳にしたその瞬間に、御し難いと思っていた怒りから、プルトーの関心はあっさりとそちらにうつる。




