悪いわね【石原】
「ついつい長くなったわね」
葵先輩が苦笑いで言う。
先輩と帰ろうと廊下を歩いていたらたまたま小林先生と遭遇した。先生は星空学園に赴任したばかりという事で学校内の設備を見て回っていた所だったが軽く迷子になってしまったらしく、そんな時に私達を遠くで見かけ救世主を見つけたとでも言わんばかりに「まってー」と駆け寄ってきた。
20代半ばの若い女性の先生で愛嬌がよく生徒からも人気の先生だがどうやら少し天然気質のようだ。
どのみちやる事がなかった私達は学園の道案内を引き受け先生と一緒に見て回る事にした。
「本当にごめんね!おかげで助かったよー。私一人だったら学園から出れなかったかもだよ」
心の底から感謝している気持ちと申し訳ない気持ちが入りまじり頭をぺこぺこ下げている。
「もう先生、流石にそれはないでしょー」
先輩が苦笑いで言う。
いやー、どうだろう。もしかしたらこの先生ならありえるかも?
目の前でえへへと照れ笑いしている先生を見ると思わず思ってしまう。
そんなこんなで先生と別れようやく校門から出た所だ。
しかし…。
私は思わず校舎を振り返る。
「先生…。帰れますよね?」
「……。大丈夫よ。職員室で別れたんだから」
先輩も言いはしたものの歯切れが悪い。
仕方ない。明日のニュースに先生が出ない事を今は祈るばかりだ。
「それにしてもお腹すいたわねー。お昼ご飯どっかで食べて帰ろっか。」
先輩が話題を変えるように私に言った。
確かにお腹空いたな。
腕時計を見るととっくにお昼を過ぎている。
「そうですね。何食べます?」
私は先輩に向きなおり言った。
「そうねー。正直かなりお腹すいてるから食べれれば何でもオッケーなんだよなー」
先輩が笑いながら言う。
「もう、そこはもう少し女の子っぽく言わないとダメですよ」
「いいじゃない、美香といる時に女の子モードになってもしょうがないでしょ」
先輩といる時は本当に気が落ち着く。最近は気を張ってばかりだったが、こんな時は表情も自然と笑顔になる。
だけどこんな時また思い出してしまう。もう一人いる、一緒にいると気持ちが落ち着くあいつの事を。
暗くなりそうな気持ちを必死に振り払う。
だめ、今その事を考えるのは。
「うーん、ラーメンもいいなー。焼肉もいいなー。」
先輩が腕を組んで真剣に考えている。
「先輩、女子高生二人でそれはきつくないですか?」
候補に挙げたラインナップがなかなかヘビーな内容だ。
先輩がいたずらっ子のように笑う。
「流石に冗談よ!」
「なら良かった〜」
ふぅー、と胸を撫で下ろす。
すると先輩がニヤニヤしながら言う。
「そういう所は木村君と一緒に行きな。ナンパされてもちゃーんと守ってもらえるでしょ」
急に来た攻撃に耳まで熱くなる。
「あいつはそんなんじゃないですよ!」
「あらあら、顔まで真っ赤にしてー。照れない照れない」
そう言いながら頭をなでられる。
「照れてないです!いいですよー!今からラーメンでも焼肉でも行きましょ!」
そう言って私は先輩を置いてスタスタと歩き出した。
「全く。素直じゃないんだから」
葵は苦笑いを浮かべながら呟いた。
さてと、美香からラーメンと焼肉のお許しが出た事だし。何食べようかなー。
プリプリと怒りながら早足で前を歩く美香の後ろをのんびりついていきながらそんな事を考えていると。何かが近づいてくる足音と共に予想もしていなかった声が後ろから聞こえてきた。
「美香!ちょっと待ってくれ!」
美香はとっさに振り返る。私もつられて後ろを向くと諦めて帰ったと思っていた木村君が走ってこちらに向かってきているではないか。しかもなぜかビチョビチョに濡れた姿で。
なぜずぶ濡れなのか気になる所ではあるけどこの状況まずいわね。
私は美香を振り返る。突然の木村君の登場に体ごとフリーズしている。
「美香走って。わかるでしょ今はまだだめ」
私の言葉に正気を取り戻したのか頷くと振り返り木村君から逃げるように走り出した。
さてと、悪いわね木村君。あなたはここで止まってもらうわよ。
木村君が走ってくる方向に向きなおり戦闘体制に入った。