びしょ濡れで爆走【木村】
河川敷を抜け星空学園への道を引き返す。するとようやく星空学園の校門が見えてきた。前方に二人の人影が見える。
後ろの人は確か葵先輩だな。もう一人は…。
瞬時に気づく。
「美香!ちょっと待ってくれ!」
だが俺に気づいた美香は一時止まった後、踵を返して走り出した。
葵先輩が俺の前に立ちはだかる。俺は緊急停止し先輩と相対した。
「先輩。そこを通して貰えませんか?」
先輩は首を横に振る。
「それは出来ない相談ね」
やはり簡単に通してはくれなさそうだな。
先輩が続ける。
「今あなたを通すわけには行かないのよ。あなたの為にもね」
「俺のため?それはどういう事ですか?」
なぜここで俺のためなんだ?
「喋りすぎたわね。とにかく美香には合わせるわけには行かないわ」
やはり教えてはくれないか。ならば仕方ない。
「俺はここまで一緒に来てくれた仲間の為にも引き下がるわけには行かないんです!」
「そう、あなたにも引けない理由があるのね。でもそれは私も同じ。ここを通りたかったら私を超えて行きなさい!」
先輩は両手を広げチリ一つ通さない構えだ。
くっ!何て覇気だ!俺に超えられるか、この壁を!
ジリジリと先輩が近づいてくる。俺はなすすべもなく後ずさる。一筋の汗が額を伝い顎から落ちる。
『諦めるな!俺たちがついてる!』
古村!皆んな!
古村達が親指をぐっと出して見ている。気がした。
俺は拳を力強く握りしめた。
「行きますよ先輩!」
「来なさい!」
俺は目の前の強敵に向かって駆け出した。
ガシッと組み合う。例えるならラグビーのスクラムを組んでいるような状態だ。
「私に挑んでくるとはなかなかやるじゃない。だけどそれは勇気ではなく無謀というのよ!」
そう言うと先輩は一気に力を入れた。俺の体はどんどん後退させられる。
嘘だろ?壁を押してるみたいだ。
野球部に所属しているため筋トレは当然やっているのだがそれを超えた力で俺を押し込んでくる。
「ほらほらどうしたの?貴方の覚悟はその程度なの?」
ぐいぐいと押されていく。
だめだ、力では勝てない!どうする?このままでは美香までたどり着けない。
しかしそんな時ある方法が閃いた。
「先輩。確かに力で俺は勝てないようです」
先輩が不敵に笑う。
「わかったみたいね。なら諦めてもらえるかしら?」
「いや、勝負は力だけじゃ決まらないんですよ」
そう言うと俺は力を抜きスクラムを一気に解いた。すると先輩は力を受け止める受け皿を失い前のめりにバランスを崩す。
「くっ!」
「すみません先輩。俺は先に進みます」
俺は先輩の横をすり抜け全力で走った。
スピードでは俺に軍配が上がったみたいだな。
俺は学園の前を通り抜け住宅地を切り抜け大通りに抜ける。
いた!
美香は走り疲れたのか電柱に手をついて休憩している。
「美香」
美香が鬱陶しげにこちらを見る。走り疲れているのか少し息を切らしている。
「もう何なの!何で私に付きまとうのよ、ていうか何でびしょ濡れなの⁉︎汗かき過ぎよ」
久々に会って第一声がそれかよ!つーか…。
「汗じゃねーよ!これは溺れた子供を助けてだな…。」
美香が呆れ顔で言う。
「じゃあ着替えてから来なさいよ」
「そんな暇無かったんだよ。着替えてたらお前が家に帰っちまうかもしれないだろ」
「何よ2ヶ月私に合わなかっただけでそんなに寂しかったの?」
美香がニヤッとする。
「そんなわけねーだろ!」
条件反射で答えてしまう。
くそっ!こんな事喋りたいわけじゃ無いのについ本人を目のまえにすると思っても無い事を言ってしまう。
「じゃあ何しようと私の勝手でしょ。ほっといてよ」
そう言うと美香はそっぽを向いて歩き出した。
だめだ。ここで別れてしまったら何の意味も無い。
「ちょっと待てよ!」
とっさに美香の手を掴む。
美香が「何よ」と言いたそうな表情で俺を見る。
「何で俺を避けるんだよ」
「何であんたに言わなきゃいけないのよ」
「何でって…。」
「もういいでしょ。離して」
美香が俺の手を振りほどく。
「…。好きだからだ」
俺は意を決して言った。
「は?」
美香は良く聞こえなかったのか聞き返す。
ええい!もうどうにでもなれ!
俺はもう一度大きな声で言う。
「お前の事が好きだからだ!」
美香は意表を突かれたのか顔をりんごのように真っ赤にして明らかにうろたえる。
「な、な、な、な、何言ってんの?こんな大通りで!じょ、じょ、冗談ならやめてよ!」
俺は真っ直ぐに美香を見据える。
「冗談じゃない。2ヶ月合わなくてはっきりわかった。俺は、お前が好きだ」
町行く通行人が俺たちを見ている。だが構うものか。
たったこれだけの言葉を言うのに何十年もかかった。服はびしょ濡れ、場所は大通り。雰囲気も何も無いシチュエーションだが思いは早く伝えなきゃいけない。毎日会えるのが当たり前じゃなくなる時がいつ来るかわからないのだ。
美香が後ろを向く。後ろ姿からでも肩を震わせているのがわかる。
怒ったのか?
「美香?」
「なんで!」
様子を伺おうしたが立ち止まる。
「なんで、こんな時に言うかな…。」
泣いてるのか…。
俺は美香の顔を見ないように背中に語りかける。
「だよなー。やっぱもうちょっと雰囲気がある所で言った方が良かったよな?」
途端に照れくさくなった俺は頭をかきながらついつい照れ笑いを浮かべてしまう。
思いは伝えた。これでだめでも思い残す事は無い。俺の中にあった重りが外れた気がした。のだが、
ズンッ
突然首に重い衝撃が加わった。
なん…だ?
「美香、気持ちはわかるけどここは危険すぎるわ」
薄れゆく意識の中葵先輩の声が聞こえる。
まさかドラマみたいに首筋にチョップをして意識を飛ばしたのか!
なん…て…ひと…だ。
俺の視界は真っ暗になった。




