■第六話 詰め替えを作ったら、商人が飛びついた
「十袋!?」
内田沙樹は思わず聞き返した。
目の前にいるのは、昨日も入浴剤を買った女性だった。
「ええ。昨日使ってみたら、娘が気に入っちゃって」
「そんなに?」
「家族みんなで使ったら、一袋なんてすぐなくなるわ」
「なるほど……」
沙樹は少し考えた。
入浴剤は一袋で五回分。
家族四人なら、一週間もたない。
つまり。
「消耗品なんだ……」
石鹸も。
シャンプーも。
入浴剤も。
使えばなくなる。
そして、なくなればまた買う。
「……これなら、お風呂より長く売れる」
沙樹は呟いた。
しかし。
そこで問題が一つあった。
「容器がもったいない」
「え?」
トーマが首を傾げる。
沙樹は入浴剤の袋を持ち上げた。
「毎回、容器まで新しくする必要はないですよね」
「まあ……そうだな」
「だったら、中身だけ売ればいい」
沙樹は机に紙を広げた。
「詰め替え用を作ります」
「詰め替え?」
「はい」
沙樹は簡単な絵を描いた。
最初に瓶を買う。
その瓶に入浴剤を入れる。
使い終わったら、次からは袋だけ買う。
「こうすれば、容器代がいらなくなります」
トーマが頷く。
「客も安く買える」
「そうです」
「店も売りやすい」
「そうです」
「沙樹も作る量を増やせる」
「そうです」
トーマが笑った。
「珍しく三方よしだな」
「珍しくって何ですか」
「いや、最近の沙樹は何か作るたびに仕事が増えてるから」
「……」
否定できない。
沙樹は黙って新しい商品を作ることにした。
まずは入浴剤。
容器入り。
銀貨一枚。
詰め替え用。
銅貨七枚。
「これなら、最初に容器を買った人は、次から安く買えます」
次はシャンプー。
瓶入り。
銀貨二枚。
詰め替え用。
銀貨一枚と銅貨四枚。
そして石鹸。
こちらは詰め替えというわけにはいかないので、三個セットを作る。
「これで買い物の回数も減ります」
沙樹は商品を並べた。
ところが。
それを見た人物がいた。
「……これは」
低い声。
沙樹が振り向く。
そこに立っていたのは、町の商人だった。
以前から石鹸を買ってくれていた男だ。
「こんにちは」
「こんにちはじゃない」
商人は商品棚をじっと見ている。
「これは何だ?」
「詰め替え用です」
「詰め替え?」
沙樹が説明する。
商人は黙って聞いていた。
そして。
「……面白い」
「そうですか?」
「非常に面白い」
商人は入浴剤の袋を手に取った。
「これ、いくらだ?」
「銅貨七枚です」
「店で売るなら?」
「え?」
商人は沙樹を見る。
「俺が仕入れて、店で売る」
「……」
沙樹は固まった。
「商売の話ですか?」
「そうだ」
商人は真剣な顔をしている。
「お前さんの工房に客が殺到しているのは知っている」
「はい」
「だが、工房で全部売っていたら、お前さんはいつまで経っても忙しいままだ」
「……」
図星だった。
「俺の店に置けばいい」
「でも、売れますか?」
「売れる」
即答だった。
「石鹸を買いに来た客は、シャンプーも欲しがる。シャンプーを買う客は入浴剤にも興味を持つ」
商人は商品を並べていく。
「それに、風呂を作った家は今後も増える」
「そうですね」
「つまり、風呂が増えるほど、この商品も売れる」
沙樹は黙って考えた。
確かに。
自分が全部の客に対応する必要はない。
商人の店で売ってもらえばいい。
「……卸売り」
沙樹が呟いた。
「そうだ」
「私が工房で作る」
「俺が買う」
「お店で売る」
「その通りだ」
「……それなら」
沙樹の顔が明るくなった。
「私、工房から出なくてもいい?」
「そういうことだ」
「やります!」
沙樹は即答した。
「決まりだな」
二人は簡単な条件を決めた。
石鹸。
シャンプー。
入浴剤。
まずは少量。
売れ行きを見て増産する。
商人が代金を先払いする。
沙樹は注文された分を作る。
「これなら、毎朝店の前で販売しなくてもいい」
沙樹は嬉しそうだった。
「スローライフに一歩近づいた……」
トーマが横から言う。
「でも、注文された分を作るんだろ?」
「はい」
「注文が増えたら?」
「……」
沙樹は考えた。
「増産します」
「それ、忙しくならないか?」
「……なりますね」
二人で笑った。
その日の午後。
商人は商品を店へ持ち帰った。
翌日。
朝早く。
商人が工房へ飛び込んできた。
「沙樹!」
「どうしました?」
「全部売れた!」
「え?」
「昨日仕入れた分、全部だ!」
「そんなに?」
「ああ!」
商人は息を切らしている。
「特に詰め替え用がすごい」
「詰め替えが?」
「安いからな」
商人は興奮気味に話す。
「最初に瓶を買った客が、翌日には詰め替えを買いに来た」
「なるほど」
「しかも、その客が友人に教える」
「……」
「その友人が買う」
「……」
「さらに、その友人が別の人に教える」
「……」
沙樹は嫌な予感がした。
「何袋売れました?」
商人が答えた。
「昨日だけで二百袋だ」
「二百!?」
工房が静まり返った。
トーマとガルドも固まる。
「……二百」
沙樹は小さく繰り返した。
「一日で?」
「一日で」
「そんなに作れません」
「だから、今日から増やしてくれ」
「無理です!」
商人が止まる。
「え?」
「私たち三人しかいないんですよ!」
「そうなのか?」
「そうです!」
商人は初めて工房の中を見回した。
浴槽。
木材。
魔法石。
石鹸。
シャンプー。
入浴剤。
そして、それを作っている三人。
「……なるほど」
商人は腕を組んだ。
「なら、人を増やせばいい」
「簡単に言わないでください」
「だが、これは商売になるぞ」
「……」
沙樹は黙った。
商人は続ける。
「俺の店だけじゃない」
「え?」
「他の店も欲しがっている」
「……」
「町の雑貨屋からも問い合わせが来ている」
「……」
「さらに、隣町の商人も話を聞きつけている」
沙樹は頭を抱えた。
「広がるの早すぎません?」
「良い商品だからだ」
「そういう問題じゃないです!」
沙樹は机に突っ伏した。
せっかく、
自分で売るのをやめれば暇になると思ったのに。
商人に任せた瞬間。
今度は大量注文がやってきた。
「……私、スローライフしたいのに」
トーマが慰めるように言う。
「まあまあ」
ガルドも頷く。
「金は増えるぞ」
「そういう問題じゃないんです」
沙樹は顔を上げた。
そして。
ふと気づいた。
「……待って」
「どうした?」
「私が全部作る必要もないんじゃ?」
トーマが首を傾げる。
「どういうことだ?」
「材料を集める人」
「うん」
「加工する人」
「うん」
「瓶を作る人」
「うん」
「袋に詰める人」
「うん」
「販売する人」
「うん」
沙樹は指を一本ずつ立てる。
「それぞれ分ければいいんじゃない?」
工房の中が静かになる。
「私は、錬金術で原液や基本材料を作る」
「……」
「他の人が加工する」
「……」
「さらに別の人が瓶詰めする」
「……」
「商人が売る」
トーマが目を見開いた。
「分業か」
「そうです」
沙樹は頷いた。
「私が全部やるから忙しいんです」
そして。
沙樹は新しい紙を取り出した。
今度の紙には、商品ではなく人の役割が書かれていく。
材料担当。
製造担当。
瓶詰め担当。
検品担当。
販売担当。
配送担当。
「……工房を大きくする必要があるかもしれませんね」
沙樹は呟いた。
しかし。
その顔には、少しだけ楽しそうな笑みが浮かんでいた。
お風呂。
石鹸。
シャンプー。
入浴剤。
最初は全部、
「自分が欲しかったから」
という理由で作った。
それが今では。
自分だけではなく、多くの人が欲しがっている。
「……せっかくだし」
沙樹はペンを握った。
「ちゃんとした工房にしてみようかな」
その瞬間。
工房の外から声がした。
「沙樹さん!」
「はい?」
「お風呂の注文、また増えてます!」
「…………」
沙樹は天井を見上げた。
「やっぱり忙しいじゃん……」




