↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/54

■第五十話 今日も洗っている

それから、さらに十年が過ぎた。

王国はかつての姿を完全に失っていた。

いや。

失ったというより生まれ変わった。

街道には荷車が行き交い。

主要都市には大きな倉庫が並ぶ。

農村では収穫物が計画的に集められ。

加工工場へ運ばれる。

王都の市場には。

王国産の商品だけではなく。

隣国。

さらにその先の国々からの商品まで並ぶようになっていた。

食料不足は。

もはや過去の問題になっていた。

豊作になれば。

保存する。

加工する。

輸出する。

備蓄する。

不足する地域があれば。

余っている地域から運ぶ。

それが。

当たり前になっていた。


衛生環境も。

大きく変わった。

町には給水設備が整い。

汚水は適切に処理される。

ごみは回収され。

分別され。

再利用される。

学校では。

手洗いが当たり前になった。

病院では。

清掃や器具の管理方法が標準化された。

兵営では。

衣服や寝具の洗濯。

靴の乾燥。

水の管理。

兵舎の清掃。

それらが日常的に行われている。

そして衛生環境が改善した地域では。

感染症による集団発生や。

病気による欠勤。

学校の長期欠席。

重症化する患者などが。

以前より明らかに少なくなっていた。

医師たちは。

昔の記録と現在の記録を比較する。

「こんなに違うのか……」

ある医師が。

古い記録を見ながら呟いた。

「違いますね」

別の医師が答える。

「病院が立派になっただけではありません」

「水が変わった」

「ごみが減った」

「食料の扱いが変わった」

「学校の衛生教育が広がった」

「家庭でも手洗いや清掃が行われるようになった」

一つ一つは。

小さな変化だった。

しかし十年積み重なると。

国全体の姿を変えていた。


隣国も同じだった。

最初は。

王国から技術を学んだ。

規格を学んだ。

記録方法を学んだ。

しかし十年も経てば。

もう誰も。

「王国から教えてもらった方法」

とは言わなくなっていた。

自分たちで改良し。

自分たちで規格を作り。

自分たちで研究し。

自分たちで失敗し。

自分たちで改善する。

さらに隣国で生まれた技術が。

今度は王国へ入ってくるようになった。

国同士が。

技術を交換する。

農産物を交換する。

加工品を交換する。

知識を交換する。

人材も行き来する。

昔なら。

国境は。

「分ける線」だった。

今では。

「交易する場所」になっていた。


王宮。

かつて沙樹が提出した資料は。

今でも保管されている。

最初の水質調査。

最初のごみ分別表。

最初の農業記録。

最初の物流台帳。

人口調査。

住宅調査。

食料保存記録。

衛生記録。

そして最初の石鹸の規格書。

古びた紙を。

若い役人が眺めていた。

「これが始まりですか?」

年配の役人が頷く。

「そうだ」

「石鹸一つから?」

「そうだ」

若い役人は笑った。

「変な話ですね」

「そうかもしれんな」

年配の役人も笑った。

「だがな」

「はい」

「国を変えるのは、必ずしも巨大な計画から始まるとは限らない」

「……」

「目の前の困りごとを一つ解決する」

「はい」

「すると、次の問題が見える」

「はい」

「それを解決する」

「はい」

「そうやって十年、二十年続ける」

年配の役人は。

古い記録を閉じた。

「国は変わる」


その頃。

内田生活工房。

「沙樹さん!」

「はい」

「新しい洗剤の試験結果です」

「どうでした?」

「従来品より少ない水で、同程度の汚れ落ちを確認しました」

「本当に?」

「はい」

「原料費は?」

「少し下がります」

「製造時間は?」

「短くなりました」

沙樹は。

満面の笑みを浮かべた。

「商品化しましょう」

「はい!」

「ただし」

「はい?」

「長期試験は続けてください」

「分かっています」

「保存期間も」

「はい」

「低温時も」

「はい」

「硬水でも」

「はい」

「布の種類ごとも」

「……はい」

従業員が苦笑する。

「沙樹さん」

「何?」

「十年前から変わりませんね」

「そう?」

「はい」

「国はものすごく変わったのに」

「そうですね」

「王都も変わった」

「はい」

「農業も変わった」

「はい」

「物流も変わった」

「はい」

「隣国まで変わった」

「はい」

「でも」

沙樹は。

試験用の布を手に取った。

「汚れは、今も汚れだから」

「……」

「洗わないと落ちない」

従業員が笑った。

「確かに」


午後。

工房の窓から。

王都の街並みが見える。

大きな建物。

整備された道路。

新しい住宅。

学校。

病院。

市場。

倉庫。

工場。

昔とは。

まるで違う。

だが。

沙樹は。

その街を見て。

「私が国を変えた」

とは思わなかった。

むしろ。

逆だった。

農家が頑張った。

商人が運んだ。

職人が作った。

医師が治療した。

教師が教えた。

役人が制度を整えた。

研究者が調べた。

労働者が働いた。

家庭で。

毎日。

水を汲み。

洗濯をし。

掃除をし。

食事を作った人たちがいた。

その一人一人の積み重ねが。

国を変えた。

沙樹がしたことは。

その最初のきっかけを。

少し作っただけだった。


夕方。

王宮から。

また手紙が届いた。

『沙樹殿へ』

『王国発展二十周年記念式典への出席を――』

沙樹は。

手紙を最後まで読んだ。

そして机の引き出しにしまった。

「行かないんですか?」

従業員が尋ねる。

「今回は行こうかな」

「おお!」

「でも」

「でも?」

「式典が終わったら、工房に戻ってきます」

「……ですよね」

沙樹は笑った。


数日後。

記念式典。

王都の大広場には。

大勢の人が集まっていた。

農家。

商人。

職人。

医師。

教師。

兵士。

学生。

研究者。

役人。

そして隣国から来た代表者たち。

国王が壇上に立つ。

「二十年前」

広場が静かになる。

「我が国には、多くの問題があった」

食料。

衛生。

水。

物流。

住宅。

産業。

教育。

医療。

「しかし」

国王は続けた。

「誰か一人が、それらすべてを解決したわけではない」

沙樹は。

少し驚いた。

「多くの人々が、自分たちの問題を見つけ、自分たちで解決した」

拍手が起きる。

「そのきっかけを作った者がいる」

国王が。

沙樹を見る。

「沙樹殿」

大きな拍手。

沙樹は。

少し困った顔をした。

そして壇上へ向かった。

国王が。

一枚の古い石鹸を取り出す。

「これは?」

「……」

沙樹は笑った。

「最初に作った石鹸ですね」

「そうだ」

「まだ残ってたんですか」

「王国の歴史資料として保管していた」

広場から笑い声が起きる。

国王は石鹸を掲げた。

「この小さな石鹸から始まった」

沙樹は。

少しだけ考えた。

そしてマイクの前に立った。

「私は」

広場が静まる。

「国を変えたわけではありません」

「……」

「私は、洗いたかっただけです」

笑い声。

「汚れたものを洗って」

「病気を減らして」

「暮らしを少し楽にして」

「それだけでした」

そして沙樹は。

広場を見渡した。

「でも」

「皆さんが動いてくれた」

「農家が農業を変えた」

「商人が物流を変えた」

「職人が製品を変えた」

「医師が医療を変えた」

「教師が教育を変えた」

「役人が制度を変えた」

「研究者が新しい方法を作った」

「だから」

沙樹は笑った。

「私がいなくても、この国は進んでいきます」

広場が静かになる。

「それが一番嬉しいです」

大きな拍手が起きた。


式典が終わった。

沙樹は。

王宮を出る。

外には。

夕焼けが広がっていた。

街には。

人がいる。

商店が開いている。

子どもたちが走っている。

荷車が走っている。

遠くでは。

工場の煙が上がっている。

市場から。

夕食の匂いがする。

沙樹は。

その光景を眺めた。

「……いい国になったな」

誰にも聞こえない声で。

そう呟いた。


翌朝。

内田生活工房。

「沙樹さん!」

「はい?」

「昨日の式典、大変でしたね」

「疲れました」

「今日は休みます?」

「休みません」

「え?」

沙樹は。

作業着に着替える。

「仕事します」

「何を?」

「新しい洗剤」

「またですか?」

「昨日、思いついたことがあるんです」

「何です?」

沙樹は。

少し笑った。

「もっと少ない水で洗える方法」

従業員は。

呆れたように笑った。

「十年経っても、それですか」

「十年経ったからこそです」

沙樹は。

試験台の前に立つ。

布を置く。

汚れを付ける。

水を用意する。

洗剤を量る。

そしていつものように。

洗う。

水が流れる。

泡が立つ。

汚れが落ちる。

沙樹は。

その様子をじっと見ていた。

王国は。

豊かになった。

食料問題は。

解決した。

衛生環境は。

大きく改善した。

病気による負担も。

大きく減った。

物流も。

農業も。

産業も。

教育も。

医療も。

人々の暮らしも。

昔とは比べものにならないほど変わった。

隣国も。

変わった。

そしてその国々は。

今も自分たちで。

次の問題を探している。

だから沙樹も。

自分の問題を探す。

「……まだ、改善できる」

沙樹は。

新しい試験結果を書き込んだ。

『試作洗剤・第百三十一号』

その横に。

小さく書く。

『要改良』

沙樹は笑った。

そしてまた。

洗った。

国が変わっても。

時代が変わっても。

人々の暮らしが豊かになっても。

汚れはなくならない。

だから今日も。

沙樹は洗っている。

明日も。

きっと洗っている。

そしてその小さな仕事の積み重ねは。

また誰かの暮らしを。

少しだけ良くしていく。

――おしまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。