■第二十三話 道を整備したら、商人たちまで集まり始めた
「王都までの道を、もう少し何とかしたい」
沙樹は地図を広げた。
工場から王都までは、それほど遠くない。
しかし問題は道だった。
晴れている日はいい。
荷車も普通に走れる。
ところが雨が降ると話が変わる。
道はぬかるみ。
車輪は沈む。
坂道では荷車を押す人間が必要になる。
さらに、橋が傷んでいる場所もある。
「商品を作るところまでは、かなり改善できた」
沙樹は地図を指差した。
「でも、ここで時間を取られてる」
トーマも頷く。
「王都まで二日で行けるはずなのに、雨が降ると三日、四日かかることがあります」
「それは困る」
特に問題なのは食品ではない。
洗剤や石鹸は腐るわけではない。
しかし。
「遅れると、店の在庫がなくなる」
王都店から届く注文は増えている。
食器洗剤。
洗濯洗剤。
掃除用品。
石鹸。
シャンプー。
どの商品も、在庫が切れれば売れない。
沙樹は考えた。
「じゃあ、道を直そう」
トーマが目を丸くする。
「工房で?」
「工房だけじゃ無理」
「ですよね」
「だから、商人に声をかける」
翌日。
沙樹は町の商人たちを集めた。
集まったのは十数人。
食品商。
布商。
薬草商。
雑貨商。
そして、王都へ荷物を運んでいる商人たち。
沙樹は地図を広げた。
「この道、みんな使っていますよね?」
商人たちが頷く。
「使う」
「雨が降ると最悪だ」
「橋も危ない」
「荷車が壊れたこともある」
沙樹は頷いた。
「じゃあ、一緒に直しませんか?」
商人たちがざわつく。
「道を?」
「はい」
「誰が?」
「みんなで」
沙樹は簡単な計画を説明した。
まず。
特にぬかるむ場所を補修する。
石を敷く。
水が溜まらないように排水溝を作る。
坂道は路面を固める。
壊れた橋を補修する。
「全部を一度にやる必要はありません」
沙樹は言った。
「荷車が止まりやすい場所から順番に直せばいい」
商人の一人が尋ねる。
「費用は?」
「利用する商人で分担します」
「どれくらい?」
沙樹は計算した。
工事費。
材料費。
職人への支払い。
橋の補修。
排水設備。
そして維持費。
「一商人あたりなら、そこまで大きな負担にはならないと思います」
別の商人が言った。
「それで道が良くなるなら、荷車の修理費も減る」
「輸送時間も短くなる」
「雨の日でも運べる」
少しずつ賛成する声が増えた。
そして。
最初の工事が始まった。
工場から王都へ向かう途中にある、特にぬかるみやすい場所。
そこに石を運び込む。
地面を掘る。
排水用の溝を作る。
大きな石を並べる。
その上に小さな石を敷く。
最後に土を固める。
数日後。
雨が降った。
商人たちは工事した場所を見に行った。
「……通れる」
以前なら車輪が沈んでいた場所を。
荷車が普通に通っていく。
「これはすごいな」
「雨なのに止まらない」
「荷物が濡れにくい」
沙樹も現場を見ていた。
「よかった」
だが一番喜んだのは、別の商人だった。
「この道が使えるなら、王都への便を増やせる」
「え?」
沙樹が振り向く。
商人は笑った。
「今までは雨の日を避けていたんだ」
「なるほど」
「でも、これなら予定を組める」
その話はすぐに広がった。
「王都までの道が改善されたらしい」
「荷車が通りやすくなった」
「雨でも運べる」
そんな噂が商人たちの間で広がっていく。
すると。
これまで町を通過していただけだった商人が、町に立ち寄るようになった。
「ここに宿屋はあるか?」
「荷物を置ける倉庫は?」
「馬を休ませる場所は?」
「食事を出す店は?」
沙樹は驚いた。
「……道を直したら、人まで増えてきた」
トーマが笑う。
「人が通れば、商売も増えますからね」
確かに。
荷車が増えれば。
宿屋が必要になる。
食堂が必要になる。
馬の飼料も必要になる。
修理工も必要になる。
倉庫も必要になる。
そして。
「石鹸も売れる」
沙樹は思わず笑った。
商人が増える。
宿屋が増える。
人が増える。
生活用品が必要になる。
「結局、私の商売にも戻ってくるんだ」
その後。
町では少しずつ変化が起き始めた。
古い宿屋が改修された。
新しい食堂ができた。
荷車を修理する工房ができた。
倉庫を貸す商売も始まった。
さらに。
王都へ向かう商人たちが、町で一泊するようになった。
そして。
その宿屋から大量の注文が来た。
「石鹸、三百個」
「洗濯洗剤、二百袋」
「食器洗剤、百袋」
「掃除用品、五十本」
リナから届いた注文書を見て、沙樹は苦笑した。
「……また増えた」
しかし今回は以前と少し違った。
商品が売れる。
↓
荷車が増える。
↓
道が整備される。
↓
商人が増える。
↓
宿屋や食堂が増える。
↓
生活用品の需要が増える。
沙樹はその流れを帳簿に書き出した。
「商売って、こうやって広がっていくんだ」
一つの商品だけを売っているのではない。
商品を運ぶ。
人が動く。
人が動けば町が変わる。
町が変われば、また新しい需要が生まれる。
そして。
その日の夕方。
隣国の商人が工房を訪れた。
「沙樹さん」
「はい?」
「国境までの道について相談があります」
「道?」
「はい」
商人は地図を広げた。
「隣国側でも、こちらと同じように道を整備できないかという話が出ています」
沙樹は地図を見る。
工場。
王都。
国境。
そして隣国の原料倉庫。
「……」
一本の道がつながっていく。
「両方の国で道が良くなれば」
沙樹が呟く。
「原料を運んで」
「商品を作って」
「商品を隣国へ運んで」
「帰りに原料を積んでくる」
商人が頷いた。
「今よりずっと効率が良くなります」
沙樹は地図を眺めた。
「やってみよう」
こうして。
内田生活工房の商売は。
工場の中だけではなく。
町の道。
商人の流れ。
そして隣国との物流網にまで広がり始めた。
だが沙樹はまだ知らなかった。
道が整備されたことでこれまで工房に届かなかった、ある大きな注文が。
もうすぐ届くことになる。
その注文主は大量の普及石鹸を必要としている組織だった。




