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24話【懐古】既視感と救済

新宿ダンジョン30層、広大な岩石地帯。


「お姉ちゃんっ……!!!!」


ルカの悲鳴が、乾いた空気に響く。

姉のアマネは、愛剣を叩き折られ、頭から血を流しながら、地面に膝をついていた。

目の前には、漆黒のローブを纏い、巨大な大鎌を振り上げた『変異種:デス・サイズ(死神)』が、死の宣告を下そうと静かに滞空している。


死神の刃が、アマネの細い首筋を刈り取らんと振り下ろされた――その瞬間だった。


キィィィィィィィィィィンッ!!


鼓膜を突き刺すような、金属同士が軋む静止の音が響く。

デス・サイズの大鎌が、アマネの喉元数センチの位置で、まるで時間が凍りついたかのように制止した。


「え……?」


アマネが目を見開く。

彼女の視線の先――俺はデス・サイズの背後に立って、大鎌の柄の部分を掴んでいた。

漆黒の騎士が、死神の獲物を片手で制止させている異様な光景に、彼女は息をすることさえ忘れているようだった。


「――ガァァァァッ!!」


俺は金属が擦れ合うような重低音の咆哮を上げ、大鎌を掴んだまま、デス・サイズの腕を強引に捻り上げた。

メリメリ、バキィィッ! という異様な破壊音と共に、漆黒の炎を纏ったデス・サイズの腕が、その身から引きちぎられる。


俺は奪い取った大鎌を、その引きちぎった腕ごと翻した。


ザシュゥゥゥンッ!!


死神自身が振るっていた、怨嗟の呪いを宿した大鎌が、主であるデス・サイズの首を横一文字に、深々と刈り取った。


本来、実体のない死霊系の魔物にとって、首を()ねられることは致命傷にはならない。核さえ無事なら、霧のように霧散して即座に再構成されるだけだ。

だが、その「物理的な連続性の断絶」は、システム的に一瞬の硬直を強制する。


(……その一瞬があれば、俺には十分だ)


デス・サイズの首が宙を舞い、胴体がガクガクと不自然に痙攣したその隙を、俺の影が逃さなかった。


「ズ、……ガァァ(喰らえ、【暴食の王(ベルゼブブ)】)」


漆黒の影が俺の足元からドロリと溢れ出し、頭を失って硬直したデス・サイズの巨体と、宙を舞う頭部、俺が()ぎ取った腕、そして怨嗟の大鎌を、根こそぎ飲み込んで、影の中で【暴食】の権能が、その存在を無へと変換した。


《Aランク変異種:デス・サイズを捕食……完了》

《経験値を獲得……Lv 127 → 128》

《【死霊系】の習得率が上昇しました》

《スキル【ペイン】を掠奪(りゃくだつ)……》

《権能【万象変換】により、掠奪(りゃくだつ)スキルを統合・進化、上位互換スキル【罪業の反芻カルマ・リフレクション】を獲得》


罪業の反芻カルマ・リフレクション

効果:対象が過去に悪意を持って他者へ与えた肉体的苦痛、および精神的苦痛を、100倍の密度で対象の脳内に直接流し込む。

・ **不壊の意識** : 発動中、対象はどれほどの激痛に苛まれても、決して気絶することも、精神崩壊することも許されない。スキルの効果が切れるその瞬間まで、鮮明な意識を保ったまま、永劫にも等しい苦悶を味わい続ける。


一瞬。

わずか十秒ほどの出来事だった。

姉妹を死の淵まで追い詰めた変異種は、悲鳴を上げる暇もなく、俺の糧となってこの世から消滅した。


「あ、あの……」


ルカが震える声で、怪物に成り果てた俺に問いかけてくる。

アマネは呆然としながらも、折れた剣を構え直そうとした。

だが、俺の身体から発せられる圧倒的な【災厄の威圧】に当てられ、彼女たちの身体は石のように固まって動けない。


そんな二人の姿を見て、俺の脳裏に、不意にかつての記憶が呼び覚まされた。


――三年前、彼女たちがまだ冒険者になりたてだった頃のことだ。


最初のダンジョンアタック。右も左もわからなかった双子の少女たちに、引率として指導を任されたのが俺だった。

同い年ではあったが、当時の俺はすでに冒険者としての経験を積んでおり、彼女たちにとっては、頼れる先輩だったはずだ。


鉄魂(アイアン・ソウル)中では、無能、お荷物と罵倒されていた俺だが、実は直接関わりを持った冒険者たちからの評判はそう悪くなかった。

誰よりも仲間を気遣い、知識も豊富でアドバイスも的確、パーティのために必死に奔走する。そんな俺の姿を、彼女たちは誰よりも近くで見ていた。


燃えるような赤髪を右側で結ったサイドテールのアマネ。

柔らかなピンク色の髪をハーフアップにし、常に姉を気遣っていたルカ。


あの頃の、希望に満ちていた二人の瞳。

窮地に陥った時、俺の的確なアドバイスに救われたと、ものすごく感謝して、親しくしてくれてたっけ。

評判の美人姉妹だったから、ゴウシやタイガからのやっかみもすごかったけど…。


……そんな眩しい過去が、今の俺には酷く毒々しく感じられた。


***


俺は【災厄の威圧】を解き、無言で怪我を負っているアマネに歩み寄った。

彼女が思わず目を閉じ、衝撃に備えるのがわかる。

だが、俺が与えるのは痛みではない。


俺は騎士鎧の隙間から取り出したように見せ、【暴食の王(ベルゼブブ)】で体内にストックしていた44層採取の最高品質の霊力草(れいりきそう)を彼女の膝元へそっと置いた。


「ガ、ゴゴォ……(……これを使え)」


俺の喉はもう、かつてのように「よく頑張ったな」と告げることはできない。


「あ、これ……くれる、ってことですか……? こんな高級なものを!?」


アマネは震える手でその草を受け取った。

面当て越しに、俺は彼女をじっと見つめる。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます……。それで、あなたは、一体……?」


ルカが、恐る恐るドローンカメラを向けながら近づく。


俺は答えなかった。いや、答えられなかった。

そもそも人間が聞き取れる発音ができないのもあるが、今の自分が|《《》》カイト|《《》》であると明かすことは、裏切り者達に対策や逃げる猶予を与える事を意味する。

何より、このバケモノの姿を、彼女たちの思い出にある|《《》》カイト先輩|《《》》に重ねてほしくなかった。


だが、去り際。

俺の右手が、無意識に動いた。


それは、深層の孤独や絶望でも塗り潰せなかった、あまりにも古い習慣だった。


幼馴染で結成された鉄魂(アイアン・ソウル)の中でも、俺とユイの付き合いは特に長い。

家同士が向かい合わせで、物心つく前から泥遊びをしていた仲だ。当時のユイは、ただの引っ込み思案で泣き虫な女の子だった。


転んで膝を擦りむいた時。暗い場所で怖がっている時。

俺はいつも「大丈夫だよ」と言いながら、彼女の頭を優しく撫でていた。

小学校の中学年くらいまでは、それが二人の間の日常だった。


虐げられる荷物持ちに成り下がってからも、後輩たちを気遣う時、その指先は自然と、かつての泣き虫な幼馴染をあやしていた時のリズムを思い出してしまうのだ。


俺は、姉妹の頭をポンポン、と順に軽く叩いた。

この双子の姉妹が試練を乗り越えた時、あるいは取り乱した彼女たちを落ち着かせるために行ってきた、あの動作。

自分でも驚くほど優しく、かつて先輩として振る舞っていた頃のままの洗練されたリズムで。


「……っ」


アマネとルカの顔が、一瞬固まった後、ゆっくりと顔を(ほころ)ばせる。

最強の武力と、底知れない恐怖。その裏側に見せた、あまりにも馴染み深い、慈しむような振る舞いに、彼女たちは毒気を抜かれたようだった。


二人の瞳に、驚愕と、言いようのない期待が混ざり合う。

その唇が、ある名前を形作ろうとする前に、俺は言葉を放った。


「ギ、……ガガ……(……今日はもう帰れ)」


俺はそう言い残すと、背を向け、影の中に溶けるようにして姿を消した。


***


(……俺は、何をやっている。あいつらに情をかけても、もう人間には戻れないというのに)


俺は再び霊力草(れいりきそう)を噛み砕き、意識を安定させるために座り込んだ。


(精神汚染度:94.0%)


「……フゥ……」


深い眠りから覚め、俺は静かに自分の銀灰色の手を見つめた。

霊力草の効果か、あるいはあの姉妹と接触した際に感じた、温かみの残滓か。

汚染度はいつもよりわずかに下がり、理性の輪郭がはっきりと保たれている。


30層を抜ければ、そこからは中層から上層へと繋がっていく。

かつての仲間たちが、自分をゴミのように捨てて帰還した場所。地上。

そこへ、奴らの愚かな行いが作り出した本物の厄災が、もうすぐ帰還する。


(ゴウシ……。お前たちが作り上げた偽りの栄光を……俺が全て、喰らい尽くしてやる)


俺は獣の顎のような面当てを指でなぞり、暗闇の中で冷酷に口角を上げた。

俺の指先には、まだ二人の髪の感触が、かすかに残っていた。


俺は重い腰を上げ、第30層のセーフティエリアに設置された転移ゲートへと足を向けた。

本来なら、ここから地上へ一気にショートカットできるはずの魔法装置だ。

だが、やはりゲートの紋章は沈黙したままだ。


(……望み薄だとは思っていたがな)


ゲートを冷めた目で見つめる。

もしこれが使えれば、すぐにでも奴らの目の前に現れることができた。

だが、今の俺は、もはや冒険者の転移ゲートを使える状態ではない。


俺はゲートを素通りし、29層へと続く階段を見据えた。

ショートカットが叶わぬのなら、道中の魔物をすべて糧に変え、より強大な厄災として地上へ這い上がってやるまでだ。

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