23話【圧倒】駆け上がる厄災
俺は44層から41層にたどり着いた。目の前には40層へ続く階段が見えている。
(ふう。次は40層のフロアボス。一度、休むか……)
俺は岩壁の隙間に身を隠すと、深く意識を沈めた。
霊力草はたくさんストックしたが、それでもいつかは尽きる。次にいつ補充できるかは分からない。いざとなったらピクシーから貰った鈴もあるが、パッシブで精神汚染に対する抵抗力を付与してくれるので、出来ればアイテムとして使わずに持っていたい。
そんなわけで、俺は日に数度、精神を安定させるための強制的な休止をとる事を選んだ。
だが、俺が眠っている間も漆黒の騎士鎧の下に潜む本能は眠らない。【自動処理】が起動し、近寄る魔物をただの作業として処理し、その肉を俺の糧へと変えていく。
目覚めるたびに俺の身体は最適化され、騎士の鎧はより禍々しく、進化していった。
40層のフロアボス、『轟雷の古龍』との邂逅も、もはや戦闘と呼べるようなものではなかった。
古龍が放つ超高電圧のブレスを、俺は【停滞の領域】で空中に固定する。そのまま呆然とする古龍の懐へ滑り込み、流体金属で形成された刀を振り抜いた。
一閃。漆黒の炎と共に、龍の巨大な心臓が焼き切られた。
《Aランクモンスター:轟雷の古龍を捕食……完了》
《経験値を獲得……Lv 124 → 125》
《捕食進化ツリー:【爬虫類系】の習得率が上昇しました》
《スキル【雷纏】【高速突撃】を掠奪……》
《権能【万象変換】により、掠奪スキルを統合・進化》
《スキル強化:【迅雷纏装+5】》
俺はボスの間で再び座り込み、精神を休ませる。
45層から40層へ、わずか1日での超速踏破。
それを可能にしているのは、今までに獲得した様々なスキルと、道中出会う魔物を喰らい尽くし、暴食権能で疲れ知らずに行動できるからだ。
40層の攻略を終え、39層へと昇る階段の見える広間。そこには、10階層ごとに設置された、1階層へと繋がる転移ゲートが鎮座していた。本来、自力で到達した冒険者なら、首元に下げられた冒険者タグをかざすだけで、一瞬にして1階層へと行き来が出来る救済の道。
俺は指先を、かつてタグがあったはずの首筋に這わせた。
だが、そこにあるのは血の通わぬ銀灰色の質感だけだ。生体金属となった俺の肉体は、タグさえも異物として取り込んでしまったのかもしれない。
(……反応はしないか)
ゲートへ近づくものの、ゲートの紋章は沈黙したままだ。
タグが壊れたのか、あるいは人間として認識されていないのか。そもそも自力で到達してなかったからダメなのか。
(いいさ。ならば次は、30層のゲートで試す。あそこなら、強制転移させられる前に鉄魂のメンバーとして使用したからな)
30層まで辿り着けば、そこからは正規の帰還者として、大幅な時間短縮が可能になるかもしれない。
しかし、1階層から出るにしても問題はある。
1階層のメインゲートから出れば、そこは新宿ギルドのど真ん中。漆黒の黒騎士が、Sランクモンスター並みの魔力を放ちながら現れれば、即座に冒険者や軍隊との戦闘が始まり、復讐どころではなくなる。
(……だが、方法はある)
俺は脳内のデータベース――ギロチン・レクスから奪ったダンジョンの記憶を検索した。
この新宿ダンジョンのメインゲートには、ギルドも把握してないコマンドがいくつか存在する。それが転移先の座標の変更だ。
(歌舞伎町の裏路地、あるいは西口の廃ビル地下。……そこなら、誰にも気づかれずに地上へ降り立てる)
方針を固めてからは早かった。俺の侵攻は留まることを知らない。
39層から36層まで、魔物を食い散らかしながら走り抜け、階段を上り35層のフロアボスまで辿りついた。
ボスは、Bランク:永久凍土に根を張る巨大な氷樹『|氷殻のトレント・イモータル《不死の氷樹》』。
地響きと共にその巨躯を震わせ姿を現したが、俺はそれも一撃で粉砕する。
《Bランクモンスター:氷殻のトレント・イモータルを捕食……完了》
《経験値を獲得……Lv 127 → 127(変動なし)》
《捕食進化ツリー:【植物系】の習得率が上昇しました》
《スキル【極低温耐性・大】【氷結の加護】を掠奪……》
《権能【万象変換】により、上位互換スキル:【氷界の福音】を獲得》
【氷界の福音】
周囲の熱エネルギーを強制的に収奪し、自身の魔力へと変換するスキル。絶対零度の氷結魔法の行使が可能。
あらゆる凍結・冷気攻撃を無効化する。
35層――かつて俺たちが45層へと強制転移させられた、あの因縁の場所。
そこには、あの時壊れたドローンの無残な破片だけが転がっていた。
「…………」
俺はその場を、ただ静かに見つめた。
怒りはない。ただ、冷徹なまでの精算への意志が胸の奥で静かに燃えている。
「ハァ、…ハァ……」
精神が悲鳴を上げるたびに、俺は体内にストックしていた希少な霊薬の材料を摂取し、座り込んで意識を休める。
(精神汚染度:94.3%)
かつて数日かけて必死に進んでいた階層を、今の俺は文字通り、軽いジョギングのように駆け上がっていく。
そして、30層。
これより上は、一般の中堅冒険者たちが稼ぎ場としている領域だ。
おやつ感覚でフロアボスを喰らい、俺がボスの間から出たとき、女性の絶望的な悲鳴が、ダンジョンの重い空気を震わせた。
「嫌……っ、来ないで! お姉ちゃん、逃げて!!」
「……ダメ、足が……動かない……っ!」
兜の奥で、俺の銀灰色の瞳がスッと細まる。
声の主は、俺もよく知っている新宿ダンジョンを拠点に活動する超有名配信者パーティ、超美人の双子『アマ・ルカ姉妹』だった。
姉のアマネは流麗な剣技で知られる魔法剣士、妹のルカは確かな支援魔法で人気を博すヒーラーだ。
普段なら30層など彼女たちの敵ではないはずだが、運悪く彼女たちの前には、深層から迷い込んできたイレギュラー――『変異種:デス・サイズ』が立ち塞がっていた。
(デス・サイズか。何かいいスキルが掠奪できるか試してみるか)
脳内に流れる怪物としての冷徹な思考。だが、その裏側――俺の奥底に残った人間の領域が、かつてないほどの激しさで警鐘を鳴らしていた。
(……いや、嘘だな。掠奪なんて、どうでもいい)
アマネ、ルカ。
あの日、あの地獄に突き落とされる前。
お荷物だと蔑まれ、居場所を失っていた俺に、いつも人として接してくれたのはお前たちだった。
俺にとって、お前たちは……この狂った日常の中で、数少ない、守るべき光だ。
(……その汚い鎌で、彼女たちに触れようなんて思うなよ、クソ野郎)
俺の心臓――虚無の心臓が、怒りに呼応してドクンと脈打つ。
一瞬、騎士鎧の隙間から溢れ出た銀灰色の魔力が、周囲の岩壁をミリ単位で粉砕した。
俺は【捕食者の潜伏+3】を発動。
音も、光も、存在感さえも影の中に完全に沈ませる。
復讐心とは違う、純粋な守護への執着が、皮肉にも俺の人間性を繋ぎ止め、同時に怪物としての出力を跳ね上げていた。
俺は獲物――いや、救うべき大切な二人へと、音もなく、最速で歩を進めた。




