16話【怠惰】圧倒的な暴力
「ゴアアアアアァァァァァ!!(行くぞ、死神……ッ!!)」
俺の咆哮が、凍りついた大気を切り裂いた。
【迅雷纏装】の出力を最大に引き上げる。全身から溢れ出した青白い火花が、ヒビを修復したばかりの黒騎士の鎧を雷光の衣で包み込む。
俺は地を蹴った。
音速を超えた踏み込み。視界の景色が線となって後方へ流れ、俺の放った全力の一撃――黒き魔剣が、ギロチン・レクスの胸部に生えた骸骨の剥き出しの首筋へと肉薄する。
(この速度なら――!)
だが。
変異した死神は、身体を動かす事すらしなかった。
ただ、その胸部にある骸骨の、虚無を湛えた瞳が僅かに動き、俺を|《《》》射抜いた|《《》》。
「――ッ!?」
その瞬間、世界から音が消えた。
いや、大気そのものが数百倍の質量となって、俺の全身を圧殺しに来たのだ。
(【魔力暴食】で吸い取れな……いや、ダメだッ!)
直感的に理解した。この重圧は、放射される魔力の弾丸ではない。視界に捉えた空間の事象を強引に書き換える権能だ。
【魔力暴食】や【万象濾過】が機能するのは、あくまで流れがあるものに対してのみ。空間そのものが重いと確定されてしまえば、スキルを使用する対象すら存在しない。
「グ、アァァァァァッ!?」
首筋まであと数センチ。その距離が、永遠に届かない奈落の淵のように遠ざかる。
ギロチン・レクスの瞳に宿る真紅の光――それは視界に捉えた存在の重力を自在に操作する、スキルの行使。
俺はなんとか死神の使うスキルを【真理の眼】で見てみる。
《ギロチン使用スキル【死界の重力眼】》
《回避不能。防御不能。》
俺の身体は、目視不可能な衝撃波によって強引に方向を捻じ曲げられ、弾丸のような速度で背後の壁へと叩きつけられた。
ドォォォォォォンッ!!!
新宿ダンジョン第45層、その堅牢な外壁が、俺という弾丸を受けて巨大なクレーターを描く。
だが、死神は攻撃を止めない。
奴がその瞳をさらに見開いた瞬間、壁にめり込んだ俺の身体に、追い打ちをかけるような、水平方向の重圧が襲いかかった。
「カハッ、……ガッ……!!」
メキメキ、と。
不快な金属音が響く。かなりの強度を誇るはずの黒騎士の鎧が、紙細工のようにひしゃげ、俺の四肢を壁の奥深くへとさらに押し込んでいく。
肺の中の空気が無理やり押し出され、視界に赤い火花が散った。
(ふざけんな……。ただ|《《》》見た|《《》》だけで、これかよ……!)
51というレベル差。それは、単なる数値の積み重ねではない。
存在そのものの次元が違う。理を書き換える力の強さが、圧倒的に足りない。
ギロチン・レクスは、ただそこに君臨しているだけで、周囲の法則を己の都合の良い地獄へと書き換えていた。
だが、これほどの衝撃を受けても、俺の意識は驚くほどに冷静だった。
全身を駆け巡る激痛は、【超再生組織+9】によって即座に再生される。
鎧は無残にひしゃげても、俺には、致命的なダメージは入っていなかった。
「……ッ、ガァ……(まだ、終わらねえ……ッ!!)」
俺は壁にめり込んだまま、【真理の眼+3】を全開にした。
重力眼によって歪められた空間の継ぎ目を探す。
未来視が、一秒後にさらに強まる重圧の波長を捉えた。
(まずい! あれをくらったら、ますます身動きがとれなくなっちまう……内側に溜め込んだ魔力を、一滴残らず……絞り出せッ!!)
俺は【暴食の王】でこれまで捕食し、深淵に蓄積してきた膨大な魔力貯蔵の弁を、意識的に破壊した。理屈じゃない。ただ、この絶望的な重圧をブチ壊したいという、純粋な飢えと本能。
その瞬間、脳内に無機質なシステム音声が響き渡った。
《個体名:カイトの種族特性が生存本能と共鳴》
《固有アクティブスキル:【魔力纏い】を獲得しました》
《――魔力貯蔵を強制開放します――》
【魔力纏い】
《放出された魔力が自身の周囲に、対抗魔圧層を形成》
《全能力値を1.5倍に引き上げるが、持続時間は魔力残量に依存》
「オ、……オォォォォォォッ!!」
俺の咆哮と共に、黒銀の鎧の隙間から銀灰色の魔力が爆発的に吹き出した。
重力そのものを吸い取ることはできなくとも、外側に膨大な魔力の障壁を張り巡らせることで、重力のベクトルの侵入を物理的に阻害する。
【魔力暴食】と【万象濾過】を逆噴射するように全開に回し、空間の歪みを強引に押し返した。
バリィィィィィィィンッ!!!
俺を拘束していた不可視の重力が、硝子細工のように粉々に砕け散る。
ひしゃげていた空気が一瞬で弾け飛び、俺は自力で壁のクレーターから這い出した。無理やりこじ開けた、俺だけの自由。
(……上等だ)
全身を駆け巡る、狂気的なまでの魔力の奔流。
鎧は銀灰色のオーラを纏い、ひび割れた箇所から溢れる光が、まるで新たな筋肉のように脈動している。
俺は再び魔剣を構え、その仮面の奥で、冷酷に、そして愉悦を隠さずに口角を上げた。
「グガア(……待たせたな。ここからは、俺のターンだ)」
俺は壁を蹴り、音速の壁を突き破る衝撃波と共に、死神の懐へと肉薄した。
周囲に展開されるは、銀色の流体金属から生成された百振りの魔剣。
その一振り一振りに、俺の【魔導溶解腐食液】と、超振動の権能がある。
(【魔剣生成】――掃射ッ!!)
俺の全火力を乗せた百の銀光が、死神の巨躯へと殺到した。
それと同時に、俺自身も【三次元適応歩法】で様々な方位から肉薄する。
右、左、上空。残像すら発生させる超加速。
ギィィィィィィィンッッ!!
魔剣が、ギロチンの土気色の肉体を、あるいは蠢く無数の腕を次々と切り裂いていく。
腐食液が肉を焼き、超振動がその細胞を粉砕する。
たとえ相手がLv 150だろうと、俺の全火力を一点に集中させれば、削れない道理はない。
(――このまま押し切るッ!!)
俺は手応えを感じ、右手の魔剣を最大出力で振り下ろした。
ギロチンの胸部、あの歪な笑みを浮かべる肉塊の顔を真っ二つに叩き斬る。
鮮血の代わりにどす黒い霧が噴き出し、怪物の巨体が大きくのけぞった。
だが――。
「ギ、……ギギ…………」
不気味な声が響いた。
次の瞬間、俺の視界の中で、信じられない光景が繰り広げられた。
斬り飛ばされた腕が、真っ二つに割れた肉塊の顔が、重力を無視して宙に浮き、磁石に吸い寄せられるように元の場所へと戻っていく。
いや、戻るだけではない。
まるで、最初から|《《》》斬られていなかった|《《》》かのように、傷口そのものが消失していた。
(……再生能力? いや、違う。これは……時間の巻き戻しか!?)
【真理の眼】が、周囲の因果の歪みを捉えた。
俺が【迅雷纏装】で加速すればするほど、ギロチンの周囲だけが、泥沼のように遅くなっていく。
俺の攻撃が届く直前で減速し、威力を削がれ、さらに与えたダメージさえもが無かったことにされていく。
そして、システムが非情な宣告を告げた。
《警告:真・ユニークスキル【怠惰の王】の発動を確認しました》




