第84話 良いニュースと悪いニュース
「ええと、まずは西門の外だけどね」
モモは墓地や放牧場、そして果樹園や赤椒畑がある西門の外の情景から説明を始めた。西門からは砂利だけで石畳のない道が伸びていたけれど、この道がヴェイザ直轄領付属の郷士家の村々に繋がっているらしい。これらの村々が、ヴェイザ住民の食料を始めとした農産物などを生産しているのだ。
ヴェイザが浅瀬を守ることで、アウストリ川の南側(北西から南東に流れているから南西側だ)に出る魔物が少なくなっている。特に町の西側では小鬼さえ稀で、夜間に人型ではない獣型魔物の「斑魔狼」が彷徨く程度。村を囲む壁の中で家に籠って眠れば、まずは安全だそう。
西門の衛兵はやはり女性兵士だったらしい。西門を出て直ぐに広がっている墓地を抜け、道を逸れて少し草原に分け入ると、放牧場の一部ながら人は無論のこと毛深牛さえあまり近付かない、ちょっとした広場のような空間があって、そこでホスタさんやコルノさんと手合わせをしたとのこと。
「コルノさんとは何とか互角だったけど、ホスタさんからは一本も取れなかった。でもマクアナさんも同じだけど、実戦では二人に一蹴されると思う。剣道の試合みたいな綺麗な手合わせだから、という意味ね」
「それでも、すごいことじゃない?」
「伯爵家令嬢の護衛とほぼ互角というのは、すごいどころではないかも」
モモの【剣術】は第五段階だ。コルノさんは槍と盾を使い、ホスタさんは長剣を振るう。魔法のように「できること」の標準化が不可能だから、自分のスタータスを確認できないこの世界の人は武術系の腕前を段階で表現しない。わたしたちに当てはめれば、第五~第六段階に相当する、ということだろうか。
「それでね。悪いニュースというのは、魔術士だってばれちゃったこと」
「うん、そんなところかなと思った」
「僕たちも、ホスタさんが何となく魔術士かな、と感じたしね」
「隠すのは無理だったみたい…ホスタさんは火魔術も使える魔戦士だった。コルノさんは魔法を使えないって。でね、良いニュースというのはね……」
モモはここで一息ついて、飛び切りの笑顔を綻ばせた。
「二人とも、私が細身なのに身体能力が高いことを疑問に思っていたでしょ。その答えが分かったの。私の力の強さや素早さはね、種族特性も大きいけど、魔力で強化しているからだったの!」
――――
「ホスタさん、参りました」
「いや、モモ殿、お見事。これ程とは」
「その若さで本気のホスタと打ち合えるとは。とても信じられぬよ」
「ところでモモ殿。そなたは獣魔戦士であろう?」
「あ、あの。それは……」
私は獣人の俊敏性を活かして何とかホスタさんの剣筋を搔い潜って一本取ろうとしたけど、ホスタさんもその体格に似合わず力もスピードも底無しで、勝てなかった。況してや実戦では……と感嘆していたところにホスタさんの直球発言が突き刺さって、思わず動揺してしまったの。
「いや、すまぬ。無論、口外はせぬ。しかし普人の世界ならばいざ知らず、そなたの美貌と華奢な体格でこの腕前となれば、護人方や我らならば疑うであろうよ」
ええ? どういうこと? 私の反応に二人が顔を見合わせて戸惑ったから、益々、動揺してしまって。
「まさかとは思うが。意識せずに魔力を巡らせているのか?」
「いやホスタ、十七にしてこの腕前、天賦の才に溢れる者ならば有り得るか」
ホスタさんが教えてくれたところによるとね。第三段階以上の魔術士なら、全身に魔力を巡らすことで身体能力を向上させることができて、筋力は勿論、俊敏性や持久力も上げられるって。私たちのステータスでいうと【剛力】【俊敏】【不屈】よね。なんだか納得しちゃった。
「無論のこと、魔術士は勉学と魔術訓練に明け暮れるからな。武術にまでは手が廻りかねるのが常だ。魔法隊や我らのように、特別な環境に身を置けねば無理であろう。そもそも武の才が無いと話にならぬが」
「その上に獣魔戦士となれば龍の子よ。その存在は各家の秘。そなたは若いからな。我らも実際に手合わせをするまでは、万が一としか思わなかったよ」
そして私の美貌についてはね。あの、自分で言った訳じゃないから。ショウ、有難う! その、森人地域の美貌の異種族や、森人の美貌の従者は、魔法が使えるのではと疑われるかも、ということだったの。
「文字通り数えられる程しか居らぬとは言え、獣魔戦士の存在そのものは知られているからな。護人に詳しい者ほど、麗しき獣人護衛に相対すると迷うことになろう。その時点で先んじることができる」
普人の世界では誤解されていることが多いけど、森人の従者に美形が多いのは、森人が面食いだからではなくてね。森人との混血の割合が、つまり魔法の素質を持つ可能性が高い者の割合が高いからだったの。考えれば当たり前よね。ホスタさんもコルノさんもカランサさんも、みんな先祖に森人がいるって!
――――
「そうか。コルノさんが筋肉質なのは、魔法を使えないから純粋に肉体を鍛えないといけないからなのね。ホスタさんが細身なのに精強なのは、モモと同じく魔力で強化しているからなのね」
わたしは納得顔でモモに話し掛けた。
「すると、モモが砂魔術を第三段階にせずに【剛力】【俊敏】を上げていたら、もっと筋肉が付いていたのかな」
ショウが明らかにほっとした響きを滲ませながら続ける。
「ふふ、そうね。偶然だけど、良かった!」
モモが心底、嬉しそうな表情で抱き着く。モモ、順番だからね?
「でね。ショウもリカも魔術は第三段階以上だよね」
代わる代わるご挨拶を済ませた後、上気したままのモモが言う。
「そうね。ショウ、わたしたちも魔力を巡らせることを覚えたら、身体能力を上げられるということよね?」
「恐らく。筋肉が太くならずにね。鍛えれば更に向上するだろうけどね」
ショウは美しい笑顔で答えてくれる。これは訓練する価値がある。普通の体格なのに実は身体能力が高い、ということになれば相手の油断を誘えるもの。
「モモ。具体的にはどうやっているの?」
「うん。私は転生したときからこの状態だから、そんなものかと思っていたのだけど。改めて意識すると、戦闘中は魔力が体の隅々まで巡っていた気がする。ええと、参考になるかどうか分からないけど【石弾】を出すときの圧縮する感じよりも、【消砂】の拡散する感じに近いかも」
ああ、そうか。何となくイメージを掴めそうな気もする。
「ショウも、治療のときは魔力を体の奥まで染み渡らせたりするよね?」
「そうだね、モモ。ええと。自分の体内に【深癒】などを浸透させるイメージで、ただし属性を意識せずに。言うなれば「素の魔力」だけを筋肉や神経に、いや、個々の細胞に巡らせるのかな? それとも細胞自体の活性化?」
「ショウ、さすが。そんな感じで試していこうよ!」
そうか、「素の魔力」か。却ってイメージしにくいけれど、魔素を変化させないように意識すればいいのかな。
「それからね。リカ、あなたは魔具の起動のときにショウの魔力を感じるでしょ? 自分の魔力を感じながら細胞に巡らせるイメージは、どう?」
「そう言えば、僕たちがお互いに触れ合いながら魔法を発動してみた時も、魔法の種類などは分からなかったけど、魔力そのものは感じたよね。この時の感覚も参考になるかもしれないな」
うん、これは分かる。よし。ショウより先に覚えることを目指しちゃおう!
※次回更新は5/23(土)を予定しています




