第100話 紋章票
「リカ様、申し訳ありません。村宿は満室でした」
メルタン殿が案内役として付けてくれた女性衛兵フレクナさんが謝った。
「承知しました。村の広場で野営しましょう。ショウ様、宜しいですよね?」
わたしは従者仕草で確認する。
「勿論ですよ。では天幕を組み立ててしまいましょう」
翌朝早く。わたしたちはクンディ様たちに見送られてネップ村を徒歩で出発した。両脇に拡がるまだ茶色い畑を眺めながらヴェイザ脇街道を南へと辿り、ネップ郷士家所属のラディック村を通り抜けた。進行方向左のアウストリ川に近い辺りには、昔の武将の旗印を組み合わせたような不思議な器具が見える。
ショウペディアに拠ると「回転軸が縦軸の直線翼形風車ではないか」とのこと。いずれ近くで見る機会もあるだろう。そしてフォルカラッド子爵領に入った最初の村で泊まろうとしたところ、残念ながら村宿は満室で、他の旅人たちに混じって村の広場でテントを広げることになったのだ。
「リカ様。グラフェル男爵家の紋章票を提示すれば、皆さまは村長屋敷に泊まれると思いますが」
もう一人の女性衛兵のスィンネさんが再度、確認してくる。
「いえ、急な申し出はご迷惑でしょう。ショウ様は、濫りにお力を衒らかすことは好まれませんので」
「……承知しました。あ、あの。魔力も使っていただき恐縮です」
「どうか気になされず。護衛していただいているのですから当然のことです」
二人とも畏まってしまっている。【清浄】や【治癒】を掛けたら感激されたのだ。夕食も一緒に、と言ったところ凄い顔をして断られた。わたしたちだけ「魔法袋」に入れてもらった温かい食事を摂るのは却って居心地が悪いのに。せめてこれだけは、と彼女らのパンや干肉や甘苦茶は魔術で温めた。
今朝は出発する際に、クンディ様からグラフェル男爵家の「紋章票」を渡されている。掌サイズの弾絹製でワッペンみたい。銀糸で縁どられていてグラフェル男爵家の紋章が刺繍されている。緑地に茶色い八つの丘がぐるりと円形に繋がっていて、真ん中に二つの灰色の石が重なる「二石八山紋」だ。
「アステリデ伯爵家の紋章票、それも金章とは違いまして子爵兵の臨検を拒めませんが。宿屋や商店では却って使い易いと思いますので、お役立てください」
どうやら「紋章票」は男爵家の紹介状のように使えるらしい。黄銅札になったから、そうそう不便は感じない筈だ。でもフォルカラッドであれば、例え子爵屋敷でも門前払いはされないとのこと。
村々での効果は聞いていなかったけれど、宿が満室だから村長宅に泊めてほしいという我が儘も通るのだろう。ショウはなるべく使うのを避けるに決まっている。わたしやモモだって可能な限り頼りたくない。
そして、わたしたちは昨日のヴェイザ出発時に、わざわざ朝早くの見送りにご足労いただいたリナリア様からアステリデ伯爵家の「紋章票」、それも特別な「金章」まで拝借しているのだ。同じく見送りをしてくれていたフリゾルさんは、それを見て何故か崩れ落ちてしまい、クンディ様に何か言い含められていた。
「ショウ様。こちらをお持ちください」「これは?」
「アステリデの金章にございます。濫りに示されるのはお控えいただきたいですが、危急の際には役立ちましょう。どうか、どうかご無事でお戻りくださいますよう。恒神様の御加護有らんことを……」
リナリア様の深くて美しい紫瞳に浮かぶ星々は、その秘めたる想いを映すかのように儚げに揺れていた。
アステリデ伯爵家の「金章」は純白の弾絹製。全周が豪華な金糸の房で覆われている。黄金色の菊花が尾を引いて上昇する「昇菊紋」だ。なんと「金章」は伯爵籍に準ずる扱いをして貰える特別な「紋章票」だった。何故か最近、先取りするように丁寧に説明してくださるクンディ様が、馬車の中でショウに告げたのだ。
「普通に受け取ってしまったけど、これは拙かったかもね……」
昨晩、ショウは「金章」を前にして深刻そうな面持ちで嘆息した。
「ショウ、知らなかったのだから、仕方がないよ。ね、モモ」
「そうね。でも、着々とアステリデ伯爵家に取り込まれつつあるというか……」
モモもかなり複雑な表情を見せていた。ひとつひとつ既成事実を積み上げられているように感じるものね。
村の広場には他の旅人も何組か居て、思い思いにテントを張ったり、寝袋に包まったりして休んでいる。宿は個室と雑魚寝の大部屋が混じった一軒だけだ。広場を解放するのは普通のことなのだろう。馬車や荷車が置けるスペースもあるし、井戸も使えて火も熾せるようになっていて、正にキャンプ場みたいだった。
わたしたちは広場の隅の方の場所を確保した。まずフレクナさんとスィンネさんに自分たちのテントを張ってもらい、その中で「魔法袋」からわたしたちのテントを取り出して、外に持ち出してから組み立てた。ほんの誤魔化しでしかないけれど、少なくとも周囲からの怪しい視線は感じなかった。
そうそう、何とフレクナさんとスィンネさんは「森人の光魔術士カレン」がネップからフォルカラッドに向かった際にも同行した衛兵さんだった。定期連絡便に「カレン」が随行するという形だったらしい。「カレン」がどんな女性か尋ねたのだけれど……楠銘花蓮かどうかは判断できなかった。
女性衛兵二人は「見張りはわたしどもが交代で務めますので、リカ様とモモ様はショウ様と共にお休みください」と頑として譲らなかったので、ひと晩丸々テントで休めた。毛布は六枚も「魔法袋」に入れてきたし、わたしの【加熱】と彼の【回復】があるし、二人用テントで三人が密着したから寒くなかった。
翌朝は他の旅人たちが出発した後に、テントなどを片付けて村を後にした。この辺りの街道沿いは、8~10km毎くらいに休憩場所、15~30km毎くらいに村があるらしい。ちなみにヴェイザからネップまでは一本道だったけれど、ネップには砂利道の分かれ道もあり、そこには「道標石」も立っていて「西24グラフェル領ハウグル 8ベテロート」と彫られていた。
ネップ村を出てから三つ目の村を超えた。そろそろ太陽が中天を過ぎた頃、前方に町の壁が見えてくる。フォルカラッドだ。全周を囲っているのは硬化石の壁で、三階建ての高さに聳えていたヴェイザの砦と同じくらい。濠の幅も同じくらいかな。やはり門の周囲が小砦になっている。
そして城壁の奥には頭を出している建物も。門の前には荷馬車が二台。徒歩の旅人は五組かな。わたしたちは「紋章票」の効果を確かめたりせずに列に、と思ったのにフレクナさんたちが門番さんに歩み寄って胸礼を交わし、こちらを振り返って不思議そうな顔で手招きされてしまった。仕方がない。
「リカ様、グラフェル男爵家の紋章票をご提示ください。門番殿、こちらの御方たちはグラフェル男爵家の賓客である森人ご一行様です。入町許可を願います」
「確認しました。どうぞお通り下さい」
「有難うございます、門番殿。では、ショウ様……」
ショウは金髪を見せたけれど、わたしたちはフードを降ろすまでもなかった。うん、有難いことではあるけけれど。これって、貴族が密輸したり不逞の輩を雇ったりとか、悪事を働こうと思ったら自由自在なのでは。あ、そうか、「魔法袋」の中身を空けろとまでは言えないだろうから、今更なのかもね。
町中の街道を進むとヴェイザの二倍くらいの広場に魔物狩組合の建物もあった。三人で目配せして平静を装った。何故ならリアルに彩色されている男性の胸像が鎮座していたから! そして広場から街道が二手に分かれていて、南と西へと向かっていた。そう、フォルカラッドで街道が交叉しているのだ。
しかも、わたしたちが通ってきた北の街道はヴェイザ脇街道だけれど、この町の西から入って南に抜けるのは帝国の主要街道、ノルド本街道だ。更に町の南側には街道に沿ってアウストリに流れ込むフォルカラッド川があり、河川交易の要衝でもある。組合に寄ったり男性像を確かめたりはせず、宿へと案内してもらう。
「それでは。わたしどもは北門砦の衛兵詰所に宿泊します。明朝の定期連絡便に同行してネップへと戻りますので、何かございましたらご連絡ください」
「フレクナさん、スィンネさん、短い間でしたがお世話になりました」
「郷士ご夫妻にも宜しくお伝えください」
わたしは慣れてきた従者仕草で答えた。続いてモモも挨拶して、最後にショウが一歩前に進み出る。
「フレクナさん、スィンネさん。せめてもの御礼を」
「いえ、ショウ様!」「ああ、申し訳も!」
二人が遠慮する暇を与えず、ショウが筋肉痛対策の【治癒】と【清浄】を光らせる。既に彼は第二段階ならば、かなり距離が開いても何の予備動作もなく発動できるようになっているのだ。
感激の面持ちで深々と胸礼して歩み去った二人を背に、わたしたちは「三本の杖亭」の扉を押した。女性でも安心して泊まれて(従業員が夜の商売をしないという意味ね)離れがある宿をリクエストして、郷士ご夫妻にお薦めされた宿だ。ここは、わたしたちも男爵家の「紋章票」を紹介状として使った。
幸いなことに離れが空いていたので、一週間六日分を銀貨120枚で確保した。離れの構造は「袋道亭」と似ている。二階の主寝室はベッド二台とソファセットだったので、自分たちで控え間のベッドとソファを交換した。やはりトイレは魔具便所ではなかった。明日はやることが盛り沢山だ。まずは劇場訪問ね……。
※回転軸が縦軸の直線翼形風車は、揚水装置です。第125話後の「ウィラルテの神話その陸」で画像と共に解説します。
※第一部転生篇「第3章 姫花草」終 次回から「第4章 合流」です。その前にウィラルテ・サーガ第3短編「格子の諱」を公開します。




