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無能サモナーの俺、ログアウト不能の世界で幻獣を呼んだら最強だった件  作者: sixi


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3/8

生存ギルド、零から

森にこもって五日が経った。

 太陽が昇るたびに、現実とゲームの境目が少しずつ薄くなっていく。


 俺とミナは、倒木の陰を拠点にしていた。

 ヴァルグは昼間は眠り、夜になると狩りをする。

 黒炎で焼けた地面があちこちに残っていて、通る者には異様な跡に見えたかもしれない。


 「……あんた、ほんとに寝ないの?」

 ミナが小声で聞く。

 「少しは寝てるさ」

 「少しって、十分とかでしょ」

 彼女はため息をついて、枝にぶら下げた干し肉をヴァルグに投げた。

 黒竜はそれを器用に口で受け止め、尻尾を揺らす。


 こうして穏やかな時間もある。

 けれど油断はできない。

 森の外では、もう“生き残るだけ”では済まなくなっているらしい。


 「……ねえ、レイン」

 「ん?」

 「街に戻ってみない? 人が集まってるって噂がある」

 ミナが言ったその言葉に、俺は眉を上げる。

 「集まってる?」

 「うん。皆で協力して、100層を目指すんだって。ギルドを作るみたい」


 協力。

 それは悪くない響きだ。

 だが――信じていいのか?


 「見に行くだけだ」

 俺は短く言って、腰の剣を確かめた。

 ヴァルグが肩に飛び乗り、黒い翼をたたむ。


 森を抜けると、遠くに街の灯が見えた。

 久しぶりに見る人の多い場所。

 広場では、既に数百人のプレイヤーが集まっていた。

 中央に立つ男が声を張り上げている。


 「聞け、皆! これ以上の個人行動は危険だ!」


 その男――後に“ギルドリーダー”と呼ばれるグレンだ。

 短く刈った赤髪、鋭い目。

 筋肉質の体を銀の鎧が包み、背には巨大な剣。

 言葉には妙な力があった。


 「俺たちは一つにまとまるべきだ! 弱い者も、強い者も、協力すれば生き残れる!」

 「そうだ! もう争うのはやめよう!」

 人々の声が重なり、広場が揺れた。


 グレンが拳を掲げる。

 「このギルドの名は――〈統合生存戦線〉!

 我々がこの世界を取り戻す!」


 歓声。拍手。

 まるで革命の瞬間のようだった。


 けれど、俺には違うものに見えた。

 “希望”ではなく、“支配の芽”だ。


 「……みんな、すぐに群れたがる」

 思わず呟いた。

 ミナが横目で俺を見る。

 「悪いことじゃないでしょ? 一人じゃ死ぬかもしれない」

 「群れれば生き残れる、なんて保証はどこにもない」


 広場の端で、食糧を配る者、規律を説く者、序列を作る者。

 もう“組織”の匂いがしていた。


 ヴァルグが低く唸った。

 俺は肩を軽く叩く。

 「分かってる。ここには長居しない」


 だが去ろうとしたその時、

 誰かが俺の背に声をかけた。


 「へぇ、珍しい顔だな。召喚士なんて、よく生きてたもんだ」


 振り向くと、灰色のローブをまとった青年が立っていた。

 目は笑っているのに、どこか醒めた印象。


 「……誰だ?」

 「ロウ。ソロでやってる。お前と同じ匂いがしたから声かけただけ」


 彼は肩をすくめ、足元の砂を蹴った。

 「見てみろよ。あの熱狂。結束だの協力だの言ってるが、結局は“新しい支配者”が生まれるだけだ」

 「お前もそう思うのか」

 「思うさ。……けど、それを止めるほど暇でもない」


 ロウは軽く手を振り、群衆の間に消えた。

 不思議な男だった。

 だが、その言葉は胸に残った。


 “新しい支配者”。

 グレンの演説が、まさにそれに聞こえて仕方なかった。


 ミナが小さく呟く。

 「……でも、誰かがまとめないと、もうダメかも」

 「かもな」

 俺は短く返した。


 広場の片隅で、誰かが噂をしていた。


 「第10層のボスが倒されたらしい。銀髪の剣士が、たった一人で……」

 「嘘だろ。あの階層をソロで?」

 「見た奴がいる。女だったってさ」


 銀髪の剣士――。

 その言葉に、ヴァルグが首を傾げた。

 “寡黙な剣士”の噂は、この世界にもう一つの風を吹かせ始めていた。


歓声が波のように広場を洗った。

 旗が掲げられ、配給所の列が伸びる。

 規律担当を名乗る者が腕章をつけ、命令口調で人を動かす。


 ミナが迷うように俺を見る。

 「……入ったほうが、安全かも」

 「“安全”を配るのは、代わりに“自由”を取り上げる時だけだ」

 「でも、一人じゃ死ぬよ」

 「俺たちは二人と一匹だ」


 ヴァルグが短く鳴く。

 ミナは苦笑して、肩の力を抜いた。

 「意地っ張り」


 その時、鎧の集団が列を割ってこちらへ向かってきた。

 先頭の男が札を突きつける。


 「戦闘力測定。未所属は今日中に登録だ。ギルドの秩序に従え」


 俺は札を手で押し返した。

 「遠慮する」


 男の目が細くなる。

 「命令だ」

 「命令ならなおさら、従わない」


 空気が張りつめた瞬間、ヴァルグの黒炎が足元でぱちりと弾けた。

 鎧の縁が熱で波打ち、男は一歩退く。

 背後から別の声が飛んだ。


 「やめろ。火種を増やすな」


 グレンがこちらを見ていた。

 鎧の連中は舌打ちして散る。

 グレンは一瞬だけ視線で俺を計り、すぐに群衆へ向き直った。


 ――今はぶつからない、か。

 それでいい。今は。


 俺たちは広場を離れ、裏通りを抜けた。

 石壁の影に、疲れ切った顔が並ぶ。

 皿を抱えた子供、包帯を巻いた青年。

 配給から溢れた人たちだ。


 ミナが立ち止まる。

「少しだけ、手伝ってくる」

 「長居するな。戻る時間を決めろ」

 「分かってる」


 彼女は駆け、簡易治療を始めた。

 ポーションを薄め、傷の洗浄を手伝い、震える手を握る。

 ヴァルグはその横で警戒を続ける。

 黒い瞳が交差点の死角を何度もなぞった。


 やがて、ミナが戻る。

 「……ありがとうって言われた」

 「良かったな」

 「でも、みんなギルドに入らないと食糧が回ってこないんだって」

 「“善意”の値札だ」


 彼女は唇を噛み、俺を見上げる。

 「わたし、どうすればいい?」

 「決めるのはお前だ。俺は群れない」

 「……レインは、助ける?」

 「出来る範囲で。支配の下請けはしない」


 ミナは小さく頷いた。

 「じゃあ、わたしも。群れには入らない。でも、隣の人は助けたい」

 「それでいい」


 城門の外に出ると、風が匂いを変えた。

 森の湿りと、遠い川の冷たさ。

 俺たちは街から離れ、以前の拠点――倒木の帯へ戻った。


 崩れた小屋を見つけ、屋根を結び直す。

 入り口に音の罠、壁に刻印、避難路を二本。

 ミナは簡易の寝床を整え、ヴァルグは上空を旋回して確認を繰り返した。


 日が傾くころ、火を使わない調理で腹を満たす。

 静けさが戻ると、現実がゆっくり追いついてくる。


 ミナが囁く。

 「さっきの人、カリスマだね。グレン」

 「ああ」

 「悪い人では……ないのかも」

 「悪いかどうかは、権力を持ってから分かる」


 沈黙。

 森の暗がりで、フクロウが短く鳴いた。


 「ねえ、さっきの噂。銀髪の剣士」

 「聞こえた」

 「ほんとにソロで10層クリア?」

 「見に行く価値はある」


 ミナが目を瞬く。

 「会いに行くの?」

 「いつかはな。今じゃない。準備が要る」


 俺は壁の内側に、小さく文字を刻んだ。


 ――〈零〉


 ミナが覗き込む。

 「れい?」

 「ゼロ。俺たちの名前だ。群れでも旗でもない。

 何もないところから始める。足りないものは拾い、要らないものは捨てる。

 約束は一つ、“生き延びる”」


 ミナは笑った。

 「いいね。ゼロ」

 ヴァルグが尾で床を二度、叩いた。賛成の合図みたいに。


 「ルールを決める」

 俺は指を折る。

 「一、見栄を張らない。二、借りは重ねない。三、背中を預けるのは自分で選ぶ。

 四、戦わなくていい戦いは避ける。五、守ると決めたものは、最後まで守る」


 ミナが真剣に頷く。

 「はい、リーダー」

 「リーダーはいない。判断者だけいる。状況ごとに変わる」

 「じゃあ今は?」

 「今は俺だ」


 そんな会話の最中、視界の端で“灰色の鍵穴”が一瞬だけ灯った。

 祠で見たあの色だ。

 ヴァルグが素早く顔を向け、低く唸る。


 鍵穴はすぐ消えた。

 けれど、その残像は網膜に焼き付いて離れない。

 ――誰かが扉を作り、俺たちを試している。


 夜半。

 交代で見張りをしながら、森の気配を読む。

 遠くで獣道が軋む音、乾いた葉の裏を流れる小さな足音。

 やがて、風に乗って聞こえてきたのは、金属が鞘に触れる軽い音だった。


 ヴァルグが空へ跳ぶ。

 低く、短く、警戒の鳴き。

 影が一本、倒木の帯を横切った。

 銀に近い白。夜でも沈まない髪。

 長剣の柄に手を置いたまま、ためらいのない足取り。


 ミナが息を呑む。

 「今の……」

 「噂の剣士、かもしれない」

 「追う?」

 俺は首を横に振った。

 「尾ける腕も足も足りない。今は、まだ」


 影は森に溶けた。

 余韻だけが刃の線のように残る。


 眠気が落ちた頃、HUDが静かに点滅した。

 【周辺クエスト更新】の表示。

 ――〈統合生存戦線〉が街外で“徴用狩り”を始めた通知だ。

 規律の名で人を連れ戻す。嫌な予感が当たるのは、早い。


 俺は立ち上がる。

 「離れる。拠点を変える」

 ミナが頷く。

 「わかった」

 「そしてもう一つ。街の外縁に“逃げ道”を作る。

 組織に呑まれたくない奴が逃げ込める場所だ。

 食糧と水と、最低限の薬と、地図。合言葉は――ゼロ」


 ミナの目が少しだけ光る。

 「誰かを助ける“やり方”だね」

 「ああ。支配に手を貸さないやり方で」


 荷を束ね、痕跡を消し、夜の道を歩く。

 ヴァルグは先行し、戻り、また先行する。

 月は薄く、星は冷たい。

 遠く、黒い塔が雲を突き刺していた。


 「100層は遠い」

 独り言みたいに漏れた声に、ヴァルグが答えるように肩へ降りる。

 重さが、今は励ましだ。


 ミナが小走りで並ぶ。

 「レイン。わたし、怖いよ」

 「俺もだ」

 「……でも、ゼロなら、進める気がする」


 俺は頷いた。

 「進む。群れの旗じゃなく、俺たちの足で」


 その瞬間、木々の上で灰色の鍵穴がまた瞬いた。

 今度は、ほんの少しだけ長く。

 “合図”のように。


 ――観察しているなら、見ていろ。

 俺たちは、俺たちのやり方で登る。

 ゼロから始めて、必要なものだけを抱えて。


 森の向こうに、薄い夜明けの気配が滲み始めていた。

 新しい拠点へ向けて、俺たちは歩を速めた。


 〈零〉の最初の一歩を、静かに刻みながら。

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