46.温泉談義 in 女湯
side:水橋雫
ちょっと早めのお風呂。
この時間なら温泉独り占め……だと思ったんだけど。
「あら、いらっしゃい」
「どうも」
矢沢さんが入っていた。
そういえば、日帰りって言ってたな。
「そこそこ熱いから、ゆっくり入った方がいいわ」
「分かりました」
桶に汲んだお湯で温度を確認。
確かに熱いな。かけ湯ですら少し勇気がいる。
でも、しっかりと身体をお湯に慣らしていけば、と。
(ふぅ……いいお湯)
お風呂は命のお洗濯。
身体も心も清潔にしてくれる。
「毎日お疲れ。学生さんは大変よね」
「でも、楽しいです。矢沢さんもお疲れ様です」
「おばちゃんはシーズン以外はグータラしてるから。
本気出すのは2ヶ月そこらよ」
間違いなく謙遜だ。休憩回してもらった時に他の人から聞いたけど、
矢沢さんはとても働き者だと聞いてる。
「お小遣い稼ぎついでに、普段行かない海を楽しめたらなって。
そんな気持ちで始めたんだけど、気づいたら10年やってて。
いつのまにかチーフになってたのよ」
「お仕事が早くて正確ですから、当然だと思いますよ」
「おかげ様で夏のミニボーナスぐらいに貰えてるわ。
去年は最新の炊飯器を買ったんだけど、大当たり。
白ご飯が美味しくて美味しくて、見事に太りましたと」
「あはは……」
ちょっとだけ、夏の時より顔が丸くなってたのはそのせいか。
ボクも食べることは好きだけど、普段は抑え目にしてる。
普通に食べたらよく食べる男の子以上に行っちゃうし。
「それはそうとさ、おばちゃんに教えて欲しいことがあるんだけど」
「怜二君とのことですか?」
「話が早くて助かるわ。色々教えて頂戴」
なんとなく、日下部さんと同じ雰囲気というか匂いというか、
そういうものを感じたら案の定。
ボクが話したがりというのも否定できないけどね。
「まず始めに言っておきたいことがあるんですが、
ボク、元々クラスで浮いてたんですよ。
人との関わり方が分からなくて」
「え、そうなの? もしかして人見知りするタイプ?」
「ではないんですけど……まぁ、色々ありまして」
「色々か。そりゃ人生色々あるものね」
きっかけからだと、昔のことから説明することになる。
この辺はあんまり話したくないから、察してもらえて助かる。
「それで、怜二君の力を借りたいと思いまして。
それが最初だったんですけど、中間テストの前ぐらいに、
怜二君から告白されました」
「中間テストってことは初秋ぐらいよね」
「ですね。一緒にテスト勉強しようと思って家に呼んで、
その時に……ちょっと、ありまして」
夕食の時のお母さんの発言に、お風呂場での事故。
色々あった末に、ボクは一つの可能性に辿りついた。
怜二君は……ボクを、一人の女の子として好きなのかもしれないって。
「ふむふむ。で、去年の冬から付き合い始めたと」
「答えの猶予を貰ったんです。ボク、恋愛の価値観と言うか、
恋愛がどういうものかをはっきりと分かってなかったんで」
なんなら、軽くトラウマにもなってる。
中学生の時の出来事が、ボクの時間をずっと止めていた。
あの日からボクは仮面をかぶり……殻に閉じこもっていた。
そんなボクの時間を動かしてくれた怜二君は……ボクの彼氏。
「今思えば、もっと早くに結論出すべきだったなって。
怜二君みたいに優しくて強い男の子なんて、
世界中探したっていませんから」
「なるほど、ベタ惚れなのね」
「えぇ」
『わがまま』は『純粋』。
『面倒くささ』は『愛してるということ』。
『危なっかしさ』は『惚れた一番の理由』。
ボクの欠点でしかない要素を、全部肯定してくれる。
こんなの反則だ。どうしようもなく好きになるしかないよ。
「確かにおばちゃんから見ても、怜二君はいい男だったわ。
いや、『だった』ではないか」
「むしろ日ごとにカッコよくなってますから。
それに加えてふとした瞬間に殺しに来られて……」
「うちの旦那にも見習って欲しいわね。愛の言葉一つくれないもの」
想いを言葉にすることは大切だ。
ただ、ボクは身体でぶつかっちゃうことの方が多いけど。
「あと、色々なところに気づいてもらえるんですよね。
今日は爪のお手入れしたんですけど、言う前に褒められて」
「うっわ、最ッ高にいい男じゃないの。ちょっと見せて?」
「はい」
「……ごめん、普段の時を見てないからかもしれないんだけど、
綺麗だということは分かっても、変化までは分かる自信ないわ」
「ボクもそうだったんですけど、今のところ全部気づかれてます」
毛先を整えたり、香水つけたり、小物を変えたりしたけど、
どれもこれも会ってすぐに気づいて、褒めてくれる。
たぶん、神楽坂君の為に使ってた注意深さが関係してるんだろうな。
それを今ではボクの為に使ってくれる。とっても嬉しい。
「若いっていいわねぇ……おばちゃんもそんなときめく恋がしたかったわ」
「旦那さんいらっしゃるんですよね?」
「まぁね。今思えば何でこの人好きになったんだろうっていうのが。
でも人生そんなもんよ。本当に嫌いだったら離婚してるし。
誰でも年はとるけど、水橋ちゃんはこんなおばちゃんになったらダメよ?」
「でも、それも一つの愛の形じゃないですか?」
「そういうのはうちだけでいいの。
あなたと藤田君はずっとアツアツでいなさいな」
恋に恋してる訳じゃないし、怜二君に冷めるなんて想像できないな。
それはそうと、十分あったまったし上がろう。




