37.残された日々
2年生最後の期末テストも終わり、気分はすっかり春休み。
3月になれば先輩方は卒業式。進学する先輩は合格発表待ち。
なお、一部私大に関しては既に合格発表があったり。
「改めて、合格おめでとうございます」
「うん……ありがとう」
古川先輩が第一志望の難関私大の文学部に合格したと聞き、
俺、雫、陽司の三人で文芸部の部室を訪れている。
「にしても凄いとこ入りましたね。確かに作家が多い大学ですけど」
「科目は絞られてるから、クセを理解すれば何とかなるかなって。
文系科目は得意だし」
「調べてみたら英語もあったみたいですが、そちらは?」
「海外の本の翻訳をしてたら、自然と……」
「あぁ、なるほど」
とてつもない読書量に加え、自分で小説も執筆している。
自称進学校のうちの授業よりも知識を深めてるだろうな。
「皆は、来年の進路って決めてる?」
「俺は進学ですね。サッカーが強いとこに行きたいなと」
「ボクと怜二君も進学です」
「雫はともかく、俺はギリギリな感じで。
でも、記念受験にするつもりはないんで頑張ります」
「そっか。きっと三人とも受かると思うよ」
「俺はともかく水橋は受かるだろ。多分怜二もどこかしらは」
「……まぁ、そうかもな」
期末テストの成績優秀者順位表に、満点1位が3人という事件。
水橋雫、門倉麻美、そして……俺。
雫は一緒になって喜び、門倉からは複雑な表情からの賛辞が。
こういう形での引き分けは、両方勝ちという感じだからな。
「怜二君は頑張ってますから」
「いい教師が彼女になってくれたので」
「シナジー効果ってこういうことか」
「あはは。……ん、インスピレーション湧いてきた。ちょっと待ってね」
部室にいる時、古川先輩はいつも机にペンとメモ用紙を置いている。
突如として浮かんだアイデアを忘れないようにする為だとか。
で、今書いているのは……『教師と生徒』か。
「二人を見てると、恋愛小説のアイデアがいくつも浮かぶんだ」
「お役に立てて嬉しいです」
「同じく。俺と雫が先輩の執筆活動に貢献できるなら何よりです」
「ありがとう。ただ、一個だけ問題があってね。
どうしても幸せなお話にしかならないから、起伏をどう作るか。
描写の濃さが私の持ち味だと思ってるから、合わせ方に悩む」
「あー、それは感じました。この前読ませて頂いたのとか凄かったですし。
うちのマネージャーにも勧めました」
夏以降も、小説コンテストの類で古川先輩の入賞は続いている。
それと平行して学業もしっかりやってるのだから、本当に尊敬する。
「……あ、それで思い出したんだけど、悩みはもう一つあって」
「何ですか?」
「……文芸部、無くなるなって」
「あー……」
先輩が卒業すれば、文芸部の部員はいなくなる。
一応、来年に新入生が入ればギリギリ存続だが、
誰も入部を希望しなかった場合は、規定上廃部となる。
「本の素敵さを知ってくれる人が欲しいと思って、勧誘もしたけど、
上手くいかなくて……透君は、入部はしなかったし」
「あの野郎……人の足引っ張るだけなら失せろってんだ」
「まぁ、あいつはアレですし。新入生から出ると思いますよ」
「……廃部は覚悟してる。だけど、皆には覚えていて欲しいんだ。
この学校に文芸部が存在したことを」
先輩にとって、文芸部での部活動は青春そのものなのだろう。
いじめやら透やら、色々と暗い思い出があるとしても、
それらと決別できたのもここだったり、ここが始まりだったり。
古川先輩の三年間の全てが、この部室に詰まっている。
「忘れませんよ。っていうか、忘れられませんって。な、雫、陽司?」
「勿論。ここはボクが先輩と友達になれたきっかけの場所です。
卒業しても、いつでも連絡して下さい。
まだ、教えてもらってない本がたくさんありますから」
「これだけ一生懸命に意識を持って変わった人なんて、
忘れろって言われても無理ですよ」
「藤田君、水橋さん、茅原君……ありがとう。
皆がいてくれて、本当によかった」
「いえいえ。当然の事をしたまでです」
「ボクこそ、ありがとうございます」
「最終的なとこを詰めたのは怜二ですけど、どういたしまして」
幾度も流した涙で洗われた瞳は、真っ直ぐに未来を見据えている。
この綺麗な瞳は……二番目に好きかもな。
「……むー」
「安心しろ。俺が一番好きな目は雫の目だ」
「うん、ならよし」
「ったく、このバカップルめ」
「あ、その笑顔もいい。書かなきゃ」
ちょっとしたことからも何かが浮かぶ。
相当な努力もしたんだろうけど、古川先輩は天性の作家だ。
これからも、素敵な小説を生み出してくれるだろう。
ある日の放課後。
学校の中にある特定の場所に三年間が詰まっている先輩は、
古川先輩だけではない。
「茅原先輩、大学合格おめでとうございます」
「サンキュ。で、深沢もまず受かってるだろ」
「自信はあるが、物事は最後まで何が起きるか分からない。
マークミスや、名前の書き忘れがあればそれで終わりだ」
「以前聞きましたけど、いつも3回は確認してるんですよね?
ボクとしてはそれで忘れる方が難しいと思うんですが」
「ははっ。まぁ、私もケアレスミスで無駄にするつもりはないさ」
俺と雫、前会長の深沢先輩と陽司のアニキで前副会長の茅原先輩。
深沢先輩の誘いで、生徒会室で軽く思い出話をすることになった。
「未だに色々と思い出せるよ。特に最初にここに入った時と、
文化祭以降の種々の出来事は」
「一年生の生徒会長ってことで、反発多かったからな。
とはいえ前任が書記からの繰り上がりで無気力な奴だったし、
そんなボンクラと深沢だったら、比べるまでもないだろ」
「生意気だと言う一方で、生徒会長の職務を行おうとする先輩はいなかった。
権力には責任が伴うものというのは、常識だと思っていたんだがな」
「その頃の俺と雫は中学生なんで、一番大変だった時のことは分かりませんが、
色々と大変だったということはお察しします」
「上田先生と鹿島先生には助けられたよ」
うちの学校の教師において、数少ない信頼できる先生がこの二人。
産休以前・以後問わず生徒会をしっかりと支えた鹿島先生もそうだが、
学校全体及び教師陣の抜本的改革を遂げた上田先生が凄かった。
修学旅行で教師が酒盛りしていたということを伝えた時、
普段は温厚な先生が本気でキレた結果、
自分の身も顧みずにありとあらゆる機関に不祥事を告発し、
全員に懲戒処分が下ったという大立ち回り。
ちなみに、サルが現場の証拠をきっちり押さえていたのが大きかったとか。
「マジで思う。目上と年上は確実に違う。
年だけ食ったジジババより、行動力のある若者が事を動かすんだよ。
深沢しかり、上田先生しかり」
「上田先生、まだ30歳とかその辺ですよね」
「亀の甲より年の功という言葉もあるが、諺は屡々嘘をつく。
年齢を問わず、功のある人間はいるものさ」
「『善は急げ』と『急がば回れ』とか、矛盾してますしね」
確かに、諺の中にはどっちが正しいんだというのがよくある。
『二度あることは三度ある』と『三度目の正直』とかもそう。
そして、場合によってはどっちも間違っていることもある。
「とはいえ、全ての諺が間違っている訳でもない。
『類は友を呼ぶ』に関しては、合っていると思う場面がよくあった。
現に君達なんかは……いや、君達は恋人だから違うか」
「……よくご存知で」
「えへへ……」
二回目の告白で、俺と雫は付き合うことになった。
三回目の告白があることも、する必要もない。
それが俺の人生で最後の告白だから。
「水橋君はよく笑うようになったな。これも藤田君のおかげか」
「はい。二人きりの時は緩みっぱなしです」
「最終的には雫の意志あってのことですから」
「似合いのカップルじゃねぇか。羨ましいぜこの野郎。
……で、深沢はどうなんですかい? あの一年坊主とは」
「茅原君!?」
(えっ?)
珍しく、深沢先輩が動揺した。
とはいえそれも当然。茅原先輩は何か知っているのか?
「折角なんで吐いてもらおうか。これが最後の機会になりそうだし」
「そ、そのようなことはあまり……」
「おや、人の恋愛事情を知りながら、自分のことだけ隠すのか?」
「……ぐっ」
翔みたいなゲス顔を浮かべる茅原先輩と、苦悶の表情を浮かべる深沢先輩。
こっちとしては別に気にすることではないんだが、どうしようか。
雫は……俺ならギリ分かるというぐらいだが、ちょっと興味がある様子。
ここは少し促してみるか。俺も気になるっちゃ気になるし。
「話せる範囲で構わないんで、話して頂けませんか?」
「ボクも気になります。先輩のこと」
「……仕方ないな。少しだけだぞ?」
卒業前に色々と。
完全無欠の生徒会長の恋のお話、聞かせてもらいましょうか。




