ヘレン・ロンデリオンの苦悩
肉の焦げる臭いがする。彼方此方から悲鳴と子供の泣き声が聞こえる。小高い丘でその蛮行を見ている事しかできない私は思わず声に出す。
「どうして、こんな……」
私は握っている剣を今すぐにでも五人の同胞に向けて斬り込んで行きたい衝動に駆られるが、そんな勇気は持ち合わせていなかった。
そんな私の前に三人の男女が現れる。難を逃れて逃げてきた一家だろうか。三人は私の姿を見てギョッとして立ち止まる。
「早く行きなさい!」
蛮行を止める勇気はないが、罪もない人々を斬り刻む不道徳も持ち合わせていない。私は見て見ぬ振りを決め込み、親子を逃がそうとする。親子は私に軽く会釈を返しその場から走り去る。
小さな行いではあるが救えたことにホッとする自分に自己嫌悪を覚える。
「火よ!我が魔力を糧とし矢となりて貫き燃やせ!火炎矢」
ホッとしたのもつかの間、親子の走り去った方向に向け火の矢が飛んでいく。火柱と悲鳴があがった。
「いけませんよ。ロンデリオン卿」
魔術士のローブを着た男が杖を構え立っていた。側には同じローブを着た女もいる。
「あなたたちはっ!自分達の故郷なのでしょう!?」
「確かに……。ここは私達にとって故郷です。老いた母もいますし娘もおります」
「ならば何故!?」
「私達は魔術士です。魔術士は永遠の探究者でなくてはならない。お気付きですか?私が先程放った魔法。元は文言なしでも数段強力な魔法が撃てたのです。それが便利だという理由で文言に頼ったために文言無しでは撃てなくなってしまった。原因は私の中の魔石にあります。一度刻まれた文言は魔石の記憶となり二度と消えない。私は取り戻したいのですよ!かつての力を!ファフニールならその方法を知っている!」
男はまるで演説のように熱を込めて語る。
「そんなくだらない理由で……」
そこまで言ってハッとする。では自分は何故ここにいるのか?家名を守るためだけではないか。誤ってはいても信念を語る彼等よりもタチが悪い偽善者ではないのか。
「剣に生きるあなたにはわかりませんよ」
女がそう言うと二人は未だ悲鳴が聞こえる集落へと下りていく。
「私はどうすれば……」
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「また集落が襲われた!これで三つ目だぞ!俺達を守るって話じゃなかったのかよ!」
ダンさんがアレックスに掴みかかる。
「落ち着くのじゃ。ダンよ」
「しかし!村おさ!」
「すみません。また、間に合いませんでした」
アレックスがうなだれる。アレックスはフォーリアに何十とある集落に赴き襲撃者を捜しているがまだ見つけれないようだ。
「集落を襲っている者は全員で八名。地図にも載っていないこのフォーリアの集落を一箇所一箇所正確に襲撃できるのは何故じゃ?」
「そんなの……、魔法か何かで……」
「ダンよ。現実を見るのじゃ。そんな便利な魔法はない。おそらく襲撃者の中にフォーリアの民が混ざっておるのじゃ」
「だけどよ……。おかしい話じゃねぇか!?ファフニールを誘き出すために襲ってるんだろ!?何で向こうが逃げる必要があるんだよ!」
「聞いてくれ……」
一人の青年が声を上げる。確か襲われた集落から逃げてきた人だ。名前はわからないけど。
「ヤツらの中に魔術士が二人いたんだけどよ……。あいつら死んだ人から魔石を抜き取ってたんだ」
「死んだ人間から魔石を!?」
『それはアトモスが関係してるね。そうか、アイツが元凶だったのか』
アレックスの中にいるファフニールが話し出した。
「アトモスとは?」
村おさがファフニールに問いかける。
『すべての始まりの神様だよ。監視者とか統括者なんても名乗ってるけど、実際は作った物を壊してはまた作る。砂遊びが好きな子供さ。ボクとルグはアイツから力を盗んだのさ』
子供の声で子供だなんていうのには少し笑っちゃうけど、盗んだという言葉はそれ以上に衝撃を受けた。
「力を盗んだとは?」
『アトモスは何十万年も前にこの世界を創った神様なんだ。アトモスは他の神を創り生物を創り、数多いる神達に色々な物を創らせた。でもね、すぐに壊すんだ。で、また創る。そんな事を何回か繰り返していたら人間を創った神様が意を唱えたんだ。彼女は人間を愛していたし、愛されたかった。そこでボクに泣きついてきたんだ。ボクは神じゃないけど強欲だったからね。折角手に入れた物を壊されるのが嫌だったんだ。ボクはルグと協力してアトモスを騙して力を奪った。残念ながら全部消しちゃうと世界が消えちゃうから、ほんの少しの力だけは残してね。そしたら今度はルグがおかしくなっちゃったんだよ。もっと力を手に入れて人間に愛されたいってね。それから何万年とルグと衝突してきたんだ。で、ご覧のとおりボクは散り散りの欠片になってルグは信仰されなきゃ存在も危うい神様になってしまったんだ。これが、この世界の本当の歴史さ。ボクもルグも動けなくなっちゃったからね。そこを狙って力を取り戻そうとしているんだね。ボクはてっきりルグがちょっかいを出してるんだとおもったけど』
「何故今回の襲撃がアトモスという神の仕業じゃと?」
村おさが尋ねる。アタシはアレックスの隣に立って黙って話を聞くだけだ。
『人間の魔石さ。人間の魔石には魔物にはない特別な力があるんだ。記憶と意識の力がね。それを集めて一つにするんだよ。そうすれば一時的にだけどボクの欠片に匹敵するくらいの力を得られる。何に使うかはわからないけど、人間の魔石をくっつけるなんて芸当はアトモスにしかできないよ。だから十分な量の魔石が集まるまで虐殺を続けるだろうね。考え方を変えた方がいい。ボクの事を狙っているけど、虐殺もしたい。バラバラになってちゃ思うツボだ。すぐにフォーリア中の人を集めて辞めさせるべきだ』
全員が静まり返っていた。
神様がそんなヒドイ事をするの?アタシには何の力もないけどアトモスとかいう神様には一発お見舞いしてやりたい。
つい拳を握ってしまう。そんなアタシの肩をアレックスは優しく撫でてくれた。
「すぐに他の集落に連絡じゃ。全てをすててここに逃げてくるように!」
村おさの号令に青年達が返事をする。この先どうなっちゃうんだろう。




