1回転ひねり
迷宮に来て、これから生命をかけて戦わなければならないというのに、前後は冒険者の列ができていて、まるでデパートか駅のようだ。階段を降り、一層目に到着する。いくつかのグループはその場所に留まったまま動こうとしない。俺達はそのグループを追い越し先頭で進むことになる。
二層目に向かうべく、地図の最短ルートを通る。後ろには他の冒険者グループもついてきているが、追い越す事はなく、見えるか見えないかくらいの距離を保っている。
しばらく歩くとカサカサと音が聞こえてくる。
前方の角を曲がった辺りだ。
『魔物ですね。数は少ないようですが』
「この先に魔物がいるぞ!準備しておけ」
俺は剣を抜き、アーシェもメイスを構える。ミーニャは背中の弓を外して矢をつがえる。
こちらが近づく前に、魔物の方から飛び出してくる。
出てきたのは、二匹の大型犬ほどもある白い蜘蛛だ。
『シュピンネです!壁や天井を動き回るので厄介ですよ。口から出す糸と鋭い脚に気をつけて下さい。火に弱いので、火の魔法で脚を止めましょう』
リヒトに言われ、魔法を放つため集中する。火炎放射器をイメージして左手を突き出す。左手に魔力が集まる。
蜘蛛は口を動かして糸を出そうとしているが、糸よりも俺のイメージが完成するのが早かった。
左手から飛び出した炎は壁に張り付いた蜘蛛を焼き、火だるまにし、焦げる嫌な臭いがする。
火だるまになったシュピンネは地面に落ち脚を丸めて動かなくなる。俺は魔力を溜め、動かなくなったシュピンネに水をかけ消火する。
『おぉ。だいぶ慣れましたね。どうして水をかけるんです?』
「こうしないと魔石を摂れないだろ?」
俺はそう言って、シュピンネの胴体を切り裂き、中から魔石をとりだした。
「こいつの使える素材はないのか?」
『残念ながらありませんね。もっと上位のシュピンネだと目玉が高く売れるんですが』
二層目へ続く階段に辿り着くまでに四体のシュピンネと戦闘する事になり、アーシェの魔法とミーニャの風の矢でそれぞれ二体ずつ倒した。後ろの冒険者達は付かず離れずだったが、階段まで来たところで追い越して下の階層へ降りていった。要は、金にもならない魔物との戦闘を避けるために後ろについていたのだ。
「随分と露骨だな……。賢いやり方ではあるけど」
これについてはネトゲで自分もやっていたからな……。
十組程の冒険者が降りて行ってから、俺達も二層へ降りる。
二層目は一層目とはだいぶ違い、石畳や壁はなく、ジャングルのように草木が生い茂っていた。動物や鳥の声まで聞こえる。
「地下とは思えないな。テーマパークかここは」
二層目の地図を見るが、草木の位置などほとんど一緒ではなく階段の位置以外は全く役に立たない。壁でもない限りは上の階段から下の階段までは一直線なので、草を掻き分けながら前に進む。
進んでいると、前方で戦闘の音が聞こえてくる。先に降りた冒険者達だろう。
前に進んでいくと、徐々に音が大きくなってくる。
「クソ!すばしっこい!」
「いてぇ!うわ!離せ!」
チラッと見ると五人の冒険者が、サルのような魔物三匹に苦戦しているようだ。サルは木から木へと飛び回り、冒険者を引っかいたり、持ち物を盗もうとしているのかつかみ掛かったりしている。
『あれはアッフェですね。強いわけではありませんが、飛び回るので、倒すのに非常に苦労しますよ火を見せればすぐに逃げ出すんですがね〜』
確かに、今戦闘中の冒険者は戦闘というよりは、猿にからかわれているような状態だ。
「迂回しよう。見つかると色々と面倒そうだ」
「苦戦しているようですが?助けなくていいんですか?」
アーシェがもっともな意見を述べる。
「あーいう連中はこっちが手出しすると「横取りだ」とか騒ぐんだぜ?」
「そうですか。ミツハルの判断に任せます」
アーシェが俺に任せると言うが、納得はしていないようだ。なんだか心がチクチクと痛む。俺は善人ではない。やられたらやり返すし、メリットのない事はしたくない。
「あー!もう!しょうがねぇな!」
俺はシュピンネの時と同じように火炎放射を誰もいない場所へと撃つ。水分が多いのか木や草には引火しないが、猿には効果的だったようだ。火を見るなり、キィキィと鳴きながら逃げていく。
その後の事には興味がないので先に進もうとするが、絡まれていた冒険者グループのリーダー格っぽい男が近寄ってくる。
「おい!てめぇ!何しやがるんだ!アッフェが逃げちまっただろう!」
ほら、きた。これだ……。
「苦戦してるように見えたんでな。邪魔したか?」
「く、苦戦なんかしてねぇよ。もうちょっとで倒せるとこだったんだ」
どの辺がもうちょっとなんだよ。
「邪魔したなら悪かったな。先を急ぐから、行かせてもらうぞ」
俺はそう言ってその場を立ち去ろうとするが、まだ絡み足りないのかしつこくヘイトを乗せてくる。
「ガキが三人でよ!迷宮なんか十年はえぇってんだ。てめぇフォーリア人だろ?やる事が野蛮なんだよ。蛮族が!」
『彼等は許せません!僕達は蛮族なんかじゃない!野蛮なのはお前達の方だ!』
パンッ!
ジャングルの中でジメジメしているのに乾いた音が響いた。
アーシェがリーダー格の男をビンタしたのだ。ビンタだけなら普通は顔の向きが変わるだけだが、アーシェにビンタされた男は一回転ひねりで吹っ飛んだ。
男弱っ!アーシェ強っ!
「こちらは謝りました。それに対して汚い言葉で罵るなんて、十年早く生まれててもやる事があまりにも稚拙です!彼は蛮族なんかではありません!訂正してください!」
『アーシェさん……』
アーシェが激昂して、吹っ飛んだ男を怒鳴る。
「アーシェ?その人のびてるけど……」
男は一発でのびていた。
「あ、そんな……。ごめんなさい」
「す、すいませんっした!実はちょっと苦戦していて、本当は助かったんです!もう、ナマ言わないので勘弁してください!」
と、男の仲間が言うと、のびた男を抱えてそそくさと退散する。
「あー……。ありがとな。俺の身体じゃないけど、きっと本当の身体の持ち主も喜んでるよ」
「い、いえ。みっともない真似を……。ミツハルの言う通りでした。すみません」
「いや、まぁああいうやつらは助けなかったら助けなかったで「なんで助けないんだ!」と絡んでくるからどっちにしても同じだったよ」
「お姉ちゃん強いね!クルって飛んでったよ!」
ミーニャが曇りなきまなこでアーシェをえぐる!
「うっ……」
ダメージは相当のようだ。おっと、先に進もう。




