回復の遅いアイラさん
子供の頃からあまり成績は良いほうではなかった。代々続く医者の家系で中規模の病院を経営してきた。両親も歳が離れた2人の兄も医者だった。
中学3年の時まともな高校には進学できそうになかった俺だったが、ドラゴンスレイヤーオンラインというネットゲームに出会い、どうしてもそのネットゲームをやりたくて、親父にまともな高校へ進学し医学部に合格することを条件にパソコンとネット環境を与えられた。
毎日が楽しかった。これができたらログインできると考えると塾も学校も全く苦にならなかった。レベル上げや金策に励み、誰よりもいい装備を手に入れ誰よりも効率よく敵を倒す。別にオタクという訳ではないと思っているが、目的を達成する事に意義があった。
MMORPG内では『自分は盾ジョブしかできない』『後衛専門です』といったプレイヤーがいるが、効率よく敵を狩るためには最強ではなくても様々なジョブをこなせたほうがいいに決まってる。そんな発言を聞く度に『少しは努力しろ』とイライラは募るばかりだった。他人に任せても自分では納得できず、より効率良くプレイするために攻略クランをつくったし、効率厨と晒されたこともあった。
『俺はあの世界で何がしたかったのだろう』
声に出そうとするが声にならない。
今までの思考が夢の中だったという事に気づく。夢落ちの夢とか勘弁してほしいと思いつつも、今の状況を考える。
なんで異世界なんかに飛ばされたのか……ファンタジーな異世界で元の世界に戻るためだけにプレイするってどんなクソゲーだよ……
「ごめんなさい」
声が聴こえた途端、真っ暗の思考の闇から情景が切り替わる。
俺は真っ白な世界に立っていて、目の前には一人の少女が立っていた。
透き通るような白い肌でショートボブの髪は水色より薄い。宝石のようなスミレ色の目からは涙が溢れている。
「ごめんなさい」
さっきよりハッキリと聴こえる。
「なんで謝る?」
さっきまで動かなかった口が言葉を発する。
「あなたを巻き込んでしまったの」
「巻き込んだ?何に?お前は誰なんだ?」
「私の名前はアイラ。ミツハル君とは別の世界で会ったことがあるわ」
アイラ?誰だっけ?外国人の友達はいないし、異世界に来てからはじじいとアーシェの名前しか聞いてない。話かけられたのに相手の事を憶えていないときって、マジつらい。適当に話を合わせるか、思い切って聞いてしまうか。
「どちらのアイラ様でしたっけ……?」
しばらくの沈黙の後、少女は驚愕の表情を浮かべる。
「憶えてないの!?まさか、こちらに来たときに記憶に障害がでたとでもいうの!?」
何やらブツブツと言っているが、俺の記憶は正しいはずだ。こんな2次元の嫁みたいな人物は知らない。
「来る前の事はちゃんと憶えてるよ?割りと記憶はいいほうだし……」
「じゃぁ、なんで私の事がわからないの!?」
少女は泣いていたはずなのに、今度はやや憤慨したように話しだす。
「ごめん。マジでわかりません」
「一緒にドラスレしてたじゃない!」
ドラスレ?何言ってるんだ?それはネトゲだろ。
「アイラだよ!?神官ジョブしてた」
あ……
「あぁ!あの回復の遅いアイラさんか!」
リアルの知り合いじゃなくて、ネトゲの中だった。正直、俺は印象の薄いプレイヤーを憶えていない。
「あ、あれは慣れない操作だったから仕方ないの!」
少女は顔を赤く染め言い訳をする。
「で、そのアイラさんがなんで俺の夢の中に出てくるんだ?巻き込んだって何?」
「そ、それは……」




