その4
「奴隷なんだね、わたし達。」
「アルファーンの栄光は魔術師にとっては地獄だ。」
その地獄の形成を第一線で行わされているのが魔術師たる己であると思うとおかしくてならなかった。何故逆らえないのか解らない。どうして仲間を裏切れないのか。けれどジェシカが戦う意味はもうそこにはなかった。
「滅んでしまえばいいのに。」
アルトはジェシカを抱き締め、忌々しそうに涙を流す。滅びを望みながらも実行できない性を、我が身を呪うしか出来なくて、ジェシカもアルトを抱き肯定した。
「わたしもそう思ってた。」
「今は違うの?」
同じ水色の瞳が重なり合い、ジェシカはそっと力なく微笑む。
「守りたい人もいるから。」
投げ出せば失われてしまう。全てを放り出せる幼さはもうとうに無くしてしまったのだ。
「俺じゃなくて?」
「アルトもそう。それから同じ仲間に産み落とした子供たち。守ってくれる護衛騎士と、その家族。」
「ぼくだってジェシカが産んだ子供は守るよ。」
「じゃあ滅ぼせないね。」
アルトの瞳が切なく揺れたかと思うと一気に涙が零れ落ち、そのままジェシカの胸に縋って肩を震わせた。
「ごめん、ごめんねジェシカ。ぼくは殺せなかった。ジェシカを巻き込んでおきながら結局はこの有様だ。」
「泣かなくていいよ。奴隷だって知らずに生きて行くよりずっといい。」
戦う道具である事。帝国の力を保ち続ける為に生殖行為を強いられ、魔術師を生産し続ける道具。人間の尊厳を踏みにじられる魔術師の現実をジェシカに教えたのは実の兄であるアルトだ。
「テンペストーゾって誰?」
「ぼくたちと父親が同じ男だよ。今はぼくより力が強い魔術師だけどいずれ追い抜く。」
異母兄かと、ジェシカは心で呟く。魔術師間では父親が異なれば血のつながりなどないと判断される。そうしなければならない程に魔術師の数は減り、近親者同士で交配するしか強い魔術師が輩出できなくなってしまっているのだ。
「いいよわたし、彼の所に行く。」
「ジェシカっ!」
「だって―――アルトはわたしを抱けないでしょう?」
抱かれる覚悟はあるが、アルトには妹を抱く覚悟はないとジェシカにはわかっていた。
アルトは親族間の交配を嫌いながらジェシカに依存し、身の内では最も嫌悪する感情を抱えている。子が出来ると解っていればそれを免罪符にジェシカを抱いただろうが、一線を越えてジェシカを落としてしまう覚悟はもてていなかった。
「それとも抱けるの?」
「ジェシカ!!」
驚き固まるアルトの前で衣服を脱ぎ始めれば激怒してジェシカの身だしなみを整える。ほら無理でしょうと、ジェシカはいつか来るこの日を予想し覚悟を決めていた。
「テンペストーゾを捜すわ。」
「駄目だ、あいつは酷い抱き方をする!」
寝台を離れたジェシカを追ってアルトが扉の前に立ち塞がった。
「酷い抱き方ならされた事あるよ。殺されかけてもそのうち癒えるから平気。」
「ジェシカっ―――」
怒りの炎は誰に向けて宿ったのだろう。アルトは足早でジェシカに歩み寄ると乱暴に押し倒し、そのままジェシカから衣服を剥ぎ取った。首筋に噛みつくように吸いつき、肌を曝しふくらみに触れ乱暴にまさぐるアルトをジェシカは冷静に受け入れる。
やがて裸の胸で嗚咽が上がった。
「いいよアルト、大丈夫だから。」
自分と同じ青みがかった銀色の髪を優しく撫でつける。
「愛している、誰よりも愛しているんだ……」
「うん、知ってるよアルト。わたしも愛してる。」
アルトが求める純粋な愛情を兄に抱いている。だから実の兄であるアルトに抱かれるなんて、まして子を宿すなんて有り得ないし、アルトには出来ないと初めから解っていた。
あなたの憂いを解いてあげると、ジェシカはアルトに耳打ちする。
「わたしに魔術師だけを欺く幻影をかけて。」
「ジェシカ?」
急に何をと瞳を揺らすアルトにジェシカは満面の笑みを向けた。
「孕んだら戦場に立つ。子の父親はアルト、あなたよ。」
*****
アルトの術で身を隠し魔術師の住まいを抜けたジェシカが目指したのは騎士の居住区。護衛騎士の資格を有する騎士は想像よりずっと多くて、目的の人に辿り着くには少しばかり手間取ってしまった。
「こんな所で何してんだよ?」
けして上品と言えない場末の酒場に目的の人物はいた。
深夜の汚れて悪臭のする酒場にいるべきではない女、それも上等の類の女が現れ周囲の視線はジェシカに集中する。魔術師と解る服装はしていないが、放つ雰囲気は場末の酒場にはあまりにも異質で。危険を察したメゾは慌てて酒を放り出しジェシカの手を引いて外に連れ出した。
「お前正気か。深夜にこんな場所に来るなら魔術師らしい装いをしろ!」
吹けば飛んでいく様な形をしていても魔術師と解れば恐れられけして襲われはしない。けれど今メゾの目の前に立つジェシカはどこにでもいる町娘の姿で酒場に飛び込んで来たのだ。
「あなたにお願いがあって。」
「あ?」
何だよとメゾは面倒そうに顔を歪める。
「子種をちょうだい。」
「―――――あ?」
驚き過ぎたメゾは言語を忘れた。
「てめぇ……」
何の冗談だとかっと頭に血が上るが、小さく震えるジェシカの様子に冷静さを取り戻す。
「何があった?」
「アルトの、兄と子供が作れないとなると異母兄の子を宿さなきゃいけないの。」
アルトの前では強がれたが、本当なら吐く程嫌な行為だ。今までだって楽しめた瞬間なんてない。初めての人は優しかったがそれだけで、これまでずっと心を殺して全てを受け入れて来たのだ。
けれど今回は、血のつながりがはっきりと解っている魔術師が相手だ。アルトは無理と解っていたがテンペストーゾはアルトの様にはならないだろう。異母兄と交わり子を宿した自分が正常でいられる自信は皆無だったし、何よりもアルトの子も望まれ続けるのだ。誰かが無事に産み落とすまでその責務がアルトを蝕み続ける。
「ばれれば俺は縛り首だ。」
「アルトの術があるから絶対にばれないよ。今夜わたしが宿すのはアルトの子供だって決まってるの。」
「何で俺なんだよ。術使ってんならその辺で声かければいくらだって子種は手に入るだろ。」
「あなたのが欲しいの。」
「どうしても俺を絞首台送りにしたいんだな。」
ジェシカは眉間に皺を寄せた。メゾを絞首台に送りたい訳があるかと睨みつける。
「一生に一度でいいから望む人の子供を産んでみたい。」
水色の瞳に漆黒に輝くメゾの眼光が鋭く突き刺さったかと思うと、意地悪そうに口角を上げて鋭い目が細められた。
「やっと落ちたか。」
「一緒に落ちてくれる?」
「こっちはとっくに落ちてんだよ。」
一生に一度、命をかけて愛してみてもいいじゃないかと、メゾは筋肉質の腕にジェシカを取り込んだ。
*****
敵の開発した兵器のお陰でアルファーンは多大な損害をこうむり続けた。
魔術の及ばぬ遠く離れた場所からの攻撃。炎に包まれた大砲の弾が地面で爆発すると四方八方に鉄の矢が飛び散り、鉄の矢事態にも火薬が仕込まれ、襲った肉体の内側で爆発を繰り返す。魔術師は一気に激減、ジェシカの妊娠が確認される前にアルトは戦場に呼び戻され、ジェシカもそれに同行した。
道中ジェシカの妊娠が確認され悪阻が始まる。それが治まるまでジェシカは足止めとなったが、三月後に国境へ向かうと、国境はかなりの領地を奪われる形で帝国軍は後退させられていた。それでもアルトが着任した当初は更に領地を犯されていたらしい。
戦地にはテンペストーゾの遺体もあった。魔術師の中ではアルトの上を行く魔術師が倒れ帝国の勢いもこれまでかと囁かれるが、ここに来てアルトの方も力の増強が起きており、ほぼ全ての攻撃を阻める防御壁の形成に成功していた。あとは跳ね返せる力を養えば敵の攻撃はそっくりそのまま敵に返る。
僅かづつの進撃を繰り返し数ヶ月、勝機が見えれば一気に方が付く。
勢いを盛り返したアルファーン軍の先頭はアルトだ。その周囲を多くの魔術師が取り囲むが、圧倒的に力の劣るジェシカはかなりの後方を騎士達に交じって守りについていた。
防護壁を築かれ敵の攻撃は人力に切り替えられる。人の力などアルトたちの前ではよちよち歩きの赤子同然、汗一つながさず辺りが敵の血で海と化す。まるで弱い者いじめだとする事もなく遠くを眺めていたジェシカの視界にアルトの姿がうつった。
「奴隷の皮を被った悪魔だ。」
あと数歩の位置で立ち止まったアルトが自虐的に微笑む。いつの時代もアルファーンにある限り魔術師の活躍が多くの命を奪うのだ。アルファーンでなくてもきっと変わらない。魔術師は殺戮の中心にだけ存在を許される。
冷たい水色の瞳はジェシカだけを捕らえていた。他の何も望んでいない、虚空の中にあるたった一つの存在に縋る様に。両の腕を広げ迎え入れの意志を示せば倒れる様に一歩を刻むが、その体が自らジェシカのもとに辿り着く事はなかった。
共に戦う騎士の剣が背後から襲いかかる。ずぶりと生々しい肉を突き破る音がジェシカの耳に届くと、アルトがゆっくりと首だけを動かし背後を確認した。それと同時にジェシカを守るメゾが飛び出しアルトを貫く騎士を足で蹴り飛ばす。
ゴポリとアルトの口から赤い血がまるで火山の噴火の様に溢れ出すと肉体は地面に崩れ落ちる。膨れた腹で受け止めれば更に噴き出す吐血がジェシカの顔を染め上げた。
「アルト―――っ!」
力のある魔術師たちは最前線、こちらの異変に気づきもしない。裏切りか潜り込んだのか、敵の手にある騎士が襲いかかるのをメゾ一人が受け止めていた。
「アルトっ、アルトお願い…回復させてっ!」
意識はある、何とか自力で魔術を行使してくれと真っ赤な血が溢れる傷を押さえつけるが出血は止まる気配を見せない。ジェシカと怒号が上がりはっと周囲を見渡せば完全に囲まれメゾも傷を受けていた。
駄目だ、これではアルトも助からないとジェシカはアルトを片腕に抱えたまま手を翳した。
「避けてメゾ!」
照準を定めもせず闇雲に攻撃の魔術を打ち鳴らす。炎と雷撃の交じった攻撃を受けた敵は焼かれ、外れた力は地面を焼いた。
滅べばいいと、この声は誰のものだっただろうか。
脳裏に浮かんだ言葉と同時にジェシカを激痛が襲う。何かが突き抜ける感触に針の様なものが体を貫通したのだと気付かされる。アルトの手が鈍い光と共にジェシカに捧げられ、ジェシカは首を振ってアルトの手首を掴んだ。
「わたしじゃない、アルトに―――!」
あなたを守りたかったのに。
ジェシカは捧げられた腕を掴むと魔術の矛先を無理矢理捻じ曲げる。
この日より、ジェシカと彼女の護衛騎士はアルファーンの大地より姿を消した。
*****
半年後―――
内通者のお陰で勝利をおさめたアルファーン帝国であったが、同時に多くの被害を出した。
軍の要である魔術師は壊滅的な状態にまで数を減らし、それでも帝国に相応しい戦いで勝利をもたらしたのは一人の若い魔術師の存在があったからだ。
そして表舞台には立たなかった魔術師がもう一人。生き残った魔術師は彼女が去った敵国の方角を切なげに水色の瞳で見つめる。
何時もただ切なく見つめるだけ。帰って来ない答えに無言の問いかけを続ける魔術師の目に、片腕を失った男の姿が映り込む。
二度と目にしたくなどなかった、愛しい妹の心を奪った男。男は不自由な足を引きずりながら、夕陽を背に魔術師に向かて真っ直ぐ歩みを進めて来る。残った男の片腕には小さな生き物が抱き抱えられていた。
男が差し出したそれを受け取った魔術師は水色の瞳から一筋の涙を零す。
「お前の子だとさ。」
「ああ、僕の子だ。僕とジェシカの―――」
まだ首の座らぬ黒髪の赤子は瞼を持ち上げ黒い瞳を覗かせた。
掲載に迷った作品ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
アルトですが、アゼルキナでは魔術師団長様として登場いたしました。ジェシカとメゾの子供はフィオネンティーナ=リシェットに繋がります。




