PACE5-4→梅 2
更新の停滞誠に申し訳ありませんでした。これからがんばりますっ!
続
散らないのです。
それは呪い。
瑠宇さんの話は難しい。
僕が解ったのは、瑠宇さん達の種族は珠守族ということ、珠守族には、特殊能力を持つ‘珠’と、特殊能力を持たない‘守’のものが居ることだけだ。
「で?何でもめてるんだ?」
豪邸のお座敷で堅くなっていた僕と違い、当然だ、と言わんばかりの態度の師匠は火のついた煙草で瑠宇さんを指す。とてつもない失礼な行為だと思うんだけど、美子さんも瑠宇さんも嫌な顔一つしない。美子さんも瑠宇さんも心の広い人なんだなぁ、と感心してしまった。
「鈴欠さん、煙草だめですよ。」
詩葉さんの言葉に少し感動する。よかった。こっちにもまともな感性の人がいた。
「体に悪いですよ?肺癌になりますよ?」
そっちですか?思わず心の中でつっこんでしまった。興味のなさそうな師匠は、知るか、と呟いて瑠宇さんに冷たい視線を向けた。
「こちらは散華の村といったな。対抗しているのは流水だったか?聞いた話によると二つの村は昔別々では無かったらしいな。何故、いがみ合うようになったんだ?よっぽどのことが無ければ戦など起きないはずだろう。それと一つ疑問だ。あの梅の木は確かに見事だが、本当に散ったことがないのか?ならばなぜ、この村を散華と名付ける?」
瑠宇さんがきょとんとする。部屋の隅で鞠を投げていた美子さんの手が、止まった。
「父様。」
「美子、黙っていなさい。」
「父様、言った方がいいです。皆様には協力していただかなければならないでしょう?」
美子さんの声は意思の強さを表すように、強い。僕は美子さんと瑠宇さんの親子関係にびっくりしたけど、師匠はどうでも良さそうに、目を細めていた。
「原因は、この子なのです。」
それは、重苦しい声。
「確かに昔、この村とあの村は一つの村として生活していました。他に対抗しなくてはいけない敵もありましたし、……それに、散華の村と流水の村とでは珠の能力が違うのです。だから、本来は協力なくしては生きていけないのです。得に、私達は。」
瑠宇さんの言葉に師匠はたいした感心を示さなかった。先を促すそうに、ひらりと手を振る。
「それとその子供と、どういう関係がある。」
「美子は元来"守られる者"として生まれてきました。特殊で輝くような美しい髪に、息を飲むような美しい容姿、それらすべてが"守られる者"の特徴ですから。……はじめはよかったのです。流水の方々も、美しい子ができた、と大変喜んでくれました。しかし、問題が起きたのです。」
瑠宇さんが言葉を切る、師匠が細く煙を吐くと、再び口を開いた。
「本来、"守られる者"は珠の者、すなわち"守る者"と一対になり生きていくことになっています。しかし美子の相手はいつになっても現われないのです。……この時点では、さして深刻な問題ではありませんでした。美子は村の者が代わりばんこに守れば問題ありませんでしたし、パートナーが長い間見つからないこともまれにある事だったからです。みんなで協力すればなんてことないと、そう思っていました。……この子が珠の力を受け継ぐまでは。」
「あぁなるほど、やっと全貌が見えてきましたね。」
秋穂さんが呟く、それに小さく頷いた師匠が、確認するように言葉を紡いだ。
「……流水は、美子という言わば亜種を危険とみなした。か?」
「えぇ……彼らは私達の考えを受け入れてはくれませんでした。」
「私達の考えとか言うのはそんなに高尚なものだったのか?」
「まさか。私達はこう考えたのです。"美子はあの散らない梅の化身ではないか"と。」
師匠がため息を付いた、信じられない、とでも言うように頭を振る。
「さすがにそれは理解できないな。」
「まぁ、発展途上の世界に有りがちな思想ですねぇ。」
秋穂さんはつまらなそうにそういうと、机に乗り出した。
「で?奴らは何時攻めてくるんです?」
その声にはっとした瑠宇さんも身を乗り出してくる。
「では……我々に加勢してくださるのですか!」
「……仕事だからな。」
「ありがとうございます!美子聞いたかい?」
「えぇ……よかった。」
瑠宇さんの嬉しそうな声に美子さんも微笑む。それをみている師匠は大して面白くもなさそうに煙草をくわえていた。
「こちらの質問に答えてほしいものだな。奴らはいつ攻めてくる?」
師匠の質問に瑠宇さんは困惑の表情を浮かべる、予想が着かないのだろう。
「明後日です。」
美子さんが急にそう言った。すっと目を細めた師匠がちらりと彼女を見るまるで観察でもするような、そんな視線。
「未来視の力でもあるのか?」
「いいえ。けれど絶対に明後日です。」
頑なにそういう美子さんに今度は師匠が困った顔、ため息をついて煙草を灰皿に押しつける。
「……根拠は?」
「もちろんあります。」
「ほう、一体どんな?」
「お教えできません。」
「……そうか。」
美子さんの態度にため息をついた師匠が苦笑する。あきらめたように、詩葉さんを振り返った。
「明後日だそうだ。計画は建てられるか?」
「えっ?あ、はい建てられますけど……あのぉ…信憑性がないのによろしいんですか?」
「仕方ないだろう。情報が足りないんだ。それに加勢される側があれだけ自信満々に言っているんだから平気だろう。」
言い放った師匠が再び煙草に火を付けた。納得がいかない顔をしていた詩葉さんも、諦めたようにため息をつく。交渉成立、らしい。
「他に何か要望はあるか?」
ないことを前提に問い掛けているのが、師匠の口調でわかった。あのあとすぐにこういうはずだ。“ないな。じゃぁこれでこの話はおしまいだ。”と。けれど、帰ってきた返事は予想を外れていた。
「実は……美子の護衛をお願いしたいのですが……。」
あからさまに嫌な顔。紫煙を吐き出した師匠が小さく、本気のため息をつく。
「人員が足りない。そちらでやってくれ。」
「こちらも手が回らないのです。」
「……秋穂。」
今度は盛大なため息。師匠が秋穂さんの方をむいた時、美子さんが急につぶやいた。
「嫌です。」
「何?」
「私はその方に守られたくないと申し上げているのです。」
それは酷くはっきりとした声で。師匠が、本日何回目になるだろう、ため息をつくのに十分な返答だった。
「悪いが貴様に拒否権はない。」
「嫌です。」
頑なな瞳。一瞬目を細めた師匠が、再び盛大なため息。師匠の幸せは一体あといくつだろう。
「じゃぁ、誰ならいいんだ。」
なげやりに呟いた師匠の答えは案外すぐに帰ってきた。
「彼を。」
彼女が差したのは僕だった。
薄墨と月のもとで内緒話。