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PACE2-4→わになみだ2

    †暗室†

 

 

月下美人?

そうそう。

似合わないな。

失礼しちゃう。

お前は花なのか?

ダメなの?

よくないな、花は枯れる

あんたがいるなら枯れないよ。

 

 

よく言うよ、大嘘つき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステンドグラスからの日の光。

オルガンの音。

お祈りの声。赤い長椅子に、白、紺、黒の僧衣。その場はひどく荘厳な雰囲気だった。

 

「……眠い。」

 

「神父様?」

 

「あ、はいはい、なんですか?」

 

「…なんですか、じゃありませんわ。」

 

「父さん。」

 

「何かな?」

 

だから何じゃないってば…。

ただ今朝の八時くらい。

師匠にとっては朝と言うか早朝で、起きる時間ではない。

ということで、師匠は活動停止中。

伊達眼鏡はずり下がり、ケープが肩からずり下がり、目は半分開いてないし、髪は跳ねまくり。

10秒に一度声をかけないと寝る、絶対寝るよ、この人。

 

「…いたっ。」

 

「クリフ神父?」

 

「ぁ、はぃはぃ、リーザさん何でしょうか?おや、何やらお怒りのようですが…。」

 

「怒ってなどいませんわ。それより、教えを説いて下さりませんこと?皆さん新しい神父様のお話を楽しみにしておりますわ。」

 

師匠ピンチ。

眼鏡を押し上げた師匠は、そうですねぇ、とつぶやいた。レンズにステンドグラスが反射する。

 

「わかりました。ただ、私の話はおもしろくありませんよ。」

 

「よろしくお願いしますわ。」

 

礼拝堂のキリスト像の下へ歩いていく師匠は、そっと基さんとめくばせをした。

 

「皆さん、はじめまして。昨日よりこちらの教会に派遣されました。クリフォード・カーターです。…………には…………………………………………になって…………………。」

 

「ぇ?」

 

師匠の声が突然モザイクがかかったように聞こえなくなった。

でも不審に思っているのは僕だけらしい。

信者さんやリーザさんは師匠の話に聞き入っていた。

 

「ぁの、基さん。」

 

壁に寄り掛かってステンドグラスを眺めていた基さんにそろそろと歩み寄る。

 

「何か。」

 

「これって…。」

 

「あぁ、これは悪魔が人間などをだますための能力で、いわゆる置換というものだ。何か適当なことを話すだけで、人間に何か素晴らしいことを聞いた様な記憶を植え付けることができる。」

 

「詐欺?」

 

「…我々に宗教観念は理解できない。この方法は致し方ないかと。」

 

「そうですか…。」

 

師匠は柔らかい笑みを浮かべて何やら話している。

 

「では皆様に神のご加護がありますように…エィメン。」

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶の断片はいつも、会話から始まる。 

『あんたあの時の…』

 

えぇと、誰だ?

 

『あたしよ。』

 

…悪い。誰だ?

 

『…  よ。』

 

……あぁ、久しぶり。

 

『そうね、久しぶり。』

 

彼女は拳を握ってにこりと笑う。

 

まさか殴られるなんて思わなかった。

 

彼女は短い金髪を揺らして笑う。

 

考えてみれば、目は笑ってなかった。俺の不手際だ。

 

だから避けなかった。

名誉のために言わせて戴くと、別に避けられなかったわけじゃない。

 

『気が済んだ。じゃぁね。』

 

…おい、それはないだろう?

 

『あるわ。じゃね。』

 

…いや、人殴っといて冷たいだろ。

 

『あたし誠実な人が好きなのよ。』

 

それは…あ〜俺が誠実でないと。

 

『真逆ね。』

 

…。

 

『いいたいのはそれだけ?じゃぁいくわ。』

 

待て。

 

『なぁに?』

 

じゃぁ、こういう事にしないか?

 

 

思えばここからが間違い。

月はおとなしく神だけのために光ればよかったのに。

 

 

 

今日から君を一番にするから。

 

 

 

それは人形に相応しくない約束。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼になって、僕らはもう一人のターゲットと出会った。

茶髪のやさしそうな女の人、サラさん。とても綺麗だ。

もっと言うと師匠好み。

 

「サラさんはじゃぁ、ご結婚なさってるんですか?」 

「えぇ、一応。でも早まったみたいだわ。」

 

サラさんは師匠の問い掛けに優雅にほほえんだ。

 

「こんなに格好良くて優しい神父様がくるなんて思わなかったもの。」

 

「サラには優しい旦那さんがいるじゃないの。羨ましいわ。」

 

「旦那さんどんな人なんですか?」

 

にこにこ笑いを崩さないまま師匠はそう問う。

 

「私たちの周辺で一番優しくて格好いい方でしたわ。」

 

リーザさんの言葉に師匠の笑いが深くなる。

リーザさんの隣で、サラさんはふぅとため息をついた。

 

「そうでもないわ…最近うまくいかないのよ…。」

 

「おやおやそれは大変ですね。」

 

「えぇ、ねぇ神父様?お話聞いていただけません?私、男の方の話が聞いてみたい。」

 

思わぬ誘いに師匠はほほえんだ。

 

「わかりました。じゃぁ、少しお話しましょうか。リーザさん、サラさんお借りしてよろしいですか?」

 

リーザさんは机をみたまま答えなかった。

 

「リーザさん?」

 

「ぁ、はい。申し訳ないですわ。何か?」

 

「いぇ、サラさんと少しお話してきます。リーザさん大丈夫です?」

 

「ぁ、え、えぇ。かまいませんわ。」

 

「そうですか?あの、具合がわるいなら…。」

 

「いえ、本当になんでもないんですの、少し考え事をしていただけですわ。」

 

だから、気にしないで。

そう笑ったリーザさんに師匠は軽く頷いた。

 

「いってきますね。」

 

 

 

 

 

  ☆・゜.・。

 

 

 

 

 

人間を騙すなんて言うのは、たやすい。

日当たりのいい教会の中庭で、ターゲットは悲しそうにため息をついた。

 

「へえ、じゃぁ、最近クルスさん帰りが遅いんですか?」

 

「そうなのよ…、私不安で。ねぇ神父様、…あの人…。」

 

今も昔も、人間も悪魔も、考えることには大差がない。

 

「いゃぁ、私からいってもアレですけど、サラさんみたいに魅力的な方を遅くまで待たせるなんて。私なら出来ないですね。」

 

「やだ、お世辞なんて…。」

 

傷ついている人間を取り込むのは簡単だ。

何度も何度もやってきたように、心にもない言葉を吐けばいい。

 

「お世辞じゃないさ。いい女が目の前にいるのに、何も出来ないなんて…意気地がないか、ただバカなのかどちらかだろう?」

 

眼鏡をとる。髪を乱して、いつものように笑った。

 

「そして俺はそのどちらでもない。ほしいものくらい、自分で手に入れるさ。」

 

ターゲットに困惑はなかった。成功。

近場の壁に押しつけて、髪を梳く。

 

「旦那が遊んでいるならそれでいいじゃないか。君は十分魅力的なんだ…。君は俺と遊ばないか?」

 

「……神父なのにいいのかしら?」

 

「いいんだよ、人は愛し合うタメに生まれたんだから…。」

 

そう、それが誠実だろうが、不誠実だろうが、俺には関係ない。

 

日のあたる中庭の、唯一日のあたらない影で不誠実な契約は成立した。

 

「ありがと神父様。また明日。」

 

 

 

 

 

20分くらいして帰ってきた師匠は妙に機嫌がよかった。

基さんに何かささやくと、サラさんと目配せをする。

 

「サラ、失礼はしなかったかしら。」

 

「失礼だなんて、ありませんでしたよ〜。やぁ、サラさんはいいお嫁さんですね。」

 

「まぁ。」

 

リーザさんは意外そうに唇に手をあてた。それからくすりと笑う。

 

「リーザ、本当に早まったみたいね。あなたをこんなに誉めてくれる方、初めてではなくて?」

 

「ひどいわリーザ、確かにクルスは誉めてはくれないけど。」

 

「まぁ、なんにせよ、相談相手になっていただき有難うございますわ。親友として感謝します。」

 

リーザさんがすっと頭を下げる。

 

「いやいや、私は出来るまでのことをしただけですから!頭をあげてください。」

 

顔をあげたリーザさんはふと目を伏せた。

 

「……てしまえばよかったのに。」

  

リーザさんが何かを呟いた。

 

「どうかしましたか?」

 

「ぁ、いえ…さぁ、そろそろ、サラは帰らないと。お夕飯の時間でしょう?」

 

リーザさんの言葉にサラさんはあら、と声をあげた。

 

「そうね、すっかり長居をしてしまったみたい。じゃぁ今日はこの辺で失礼しますね。」

 

「外は暗いが、一人で大丈夫なのか?」

 

基さんが師匠に目配せをして呟いた。すかさず師匠が立ち上がる。

 

「危ないですから送っていきましょうか?」

 

「ぁら、でも悪いわ。ねぇリーザ。」

 

「いいじゃない、そうしてもらえるかしら。私はお夕飯の用意しておりますから。」

 

「心得ました。じゃぁサラさん行きましょうか。あぁそうだオスカー…頼みますね。」

 

師匠が薄く笑う。基さんは静かに頷いた。 

 

「どうかして?」

 

「いえ、危ないでしょう?だから、ここの留守を気を付けてくださいねって。」

 

そういった師匠はゆったりと微笑む。

リーザさんも納得したように笑った。

サラさんも綺麗だけど、リーザさんも綺麗だと思う。少なくとも僕は。

 

「神父様もお気を付けて。いってらっしゃいませ。」

 

「いってきます。」

 

開けた扉の向こう側、月と街が光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆*。・.*.・゜+

  

 

 

 

 

 

 

 

君が花なら俺は月になろう。

君が咲くのをいつまでも見守っていたいから。

 

 

 

 

 

 

月日はたち。月は昇って沈んでも、見上げる花はもういない。

 


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