MAGIC Ⅱ
「さっさと席につかんか。転入生を紹介するぞ」
教卓に立つのは、幼女。身長140センチ程度だろうか、小柄な体躯に頭の上でヒョコヒョコと揺れる薄桃色のアホ毛が目に付く。その幼い風貌に違わず、細く小振りな手足に、少し吊り上った勝気な大きな瞳。そのなりでチョークを片手に、黒板に文字を書き綴っている様は滑稽だ。
「なぁ、あれが本当に教師なのか? 小学校で授業を受けてそうな感じがするんだが」
「うん、皆の癒しキャラとして学園で名高いアリスちゃんだよ。マルタ=アリス、本人が言うには24歳だけど見た目的には10歳くらいだよね」
俺はガラス越しにロリ教師の一挙一動に注目する。
「こいつの名前は山田 花子。和国からの転入だ。山田、後は自分で自己紹介してくれ」
「山田 花子ダ。特技ハ暗さ―――デハナク料理ダ。先ニ言ッテオクガ、貴様ラト馴レ合ウツモリハ無イ」
転入早々、馴れ合うつもりはないと公言した転入生の存在に、教室中がにわか騒然となった。それを全く意に介さず、山田はその場から微動だにしない。
「まるっきし偽名だよな。何て安直なネーミングセンス」
「あの方は確実に忍ですね」
学園の制服を着用せず、忍装束を身に纏い、フェイスマスクで顔を覆い隠してある転入生。この世界には忍もいるのか。最早何でもありだな。
「誰から依頼を受けたんだろ? あの子みたいな半人前しか雇えないけど、この学園に殺したい奴がいる―――何か想像がつくね」
「ああ、後で締めに行くぞ。そろそろ理事長の座から引きずり下ろす。国王への謁見も取り次いでおいてくれ、キア」
「わかりました。夕時にでも城に行きましょう」
「城で国王ねぇ……お前ら王様にまで面識があんのかよ」
こいつらの規格外は想像以上だ。
「では、適当に仲良くやってくれ。山田の席は一番後ろだ。……しかし、もう一人転入生がいたはずなのだが―――」
手前は低く、奥に行くにつれて高くなるように段差の付けられた広い教室の一番後ろ、三人掛けの細長い机を指し示した幼女。それに従い、山田が一歩踏み出そうとした瞬間、クレイアが扉に手をかけた。
「アリスちゃん! 君がお探しの人はここにいるよ」
ガラッ、と扉を引き開けたクレイアの登場に、教室が一瞬で静寂に包まれた。そしてその数瞬後、至る所で嘲笑が巻き起こる。三馬鹿落ちこぼれが御登場だ、と。
「アリスちゃんではなく、アリス先生と呼べと何度言ったらわかるんだっ、ラクウェル!!」
「アリスちゃんはアリスちゃんだよ。先生って呼ばれたかったら、もうちょっと大きくなってからだからね?」
「私は小さくないッ! 来月で25歳だ!」
「10歳の間違いじゃねぇのか?」
「くぅぅぅうっ! 覚悟しろ、お前ら!」
スチャッ、と両手全ての指の間に計八本のチョークを構えると、彼女はそれに蒼い魔力を纏わせた。そんなロリ教師の怒りを表すかのように、アホ毛が左右に大きく振れる。
「うげっ、アリスちゃんのチョーク魔法だ。当たったら気絶すること間違いなしだから」
「おいおい、チョークに魔法付与かよ」
魔法付与、その名の通り物体に魔法を付与する技だ。魔力を概念固定で物体に纏わせ、運動示唆を与えることで完成する。武器などに概念固定だけを行う魔力付与という技の派生系だ。難易度は比べ物にならないほど高くなるのだが、それに比例して威力も高くなる。流石は学園の教師を務めているだけある。
「―――ロリチビ教師のくせにな」
「殺すっ!」
ブンッ、と右手が物凄い速度で振るわれた。それは、常人の目では捉えることのできないほどのスピード。身体能力と共に動体視力も強化されている俺でもギリギリだ。蒼い魔力を纏い、凶器と化したチョークが二つずつ、俺とクレイアに向かって飛翔する。確かにこれに当たったら洒落にならない。顔に向かって飛んでくる白い得物を、上体を反らして避けようとする。その刹那、パンッ!、とチョークが爆ぜた。
「「なにぃっ!」」
これは予想外だ。おそらく運動示唆でチョークが砕け散るように設定していたのだろう。もうもうと立ち込める白い粉に、視界が遮られる。
「くふふふふふ、死んでしまえ! 教師を愚弄した罰だ!」
最早、暴走ロリ教師は誰にも止められない。鋭い風切り音。再びチョークが放たれたのだろう。顔を腕で覆い隠し、衝撃に備えた。手の一本は逝くかもしれないが、背に腹は代えられない。
「ソコマデダ。私ノ得物ヲ奪ウナ」
否、救世主は存在した。教師の背後から、チョークが投擲される寸前にその手首をつかんだ転入生山田。
「山田、なぜ止める」
「言ッタダロウ。ソイツラハ私ノ獲物ダト」
どこからともなく、鍔のない二振りの短刀を取り出した山田は、何も言うことはないとばかりにいきなり俺に襲い掛かってきた。襲われるに当たって何か仕出かしたか考えるが、思い当たる節はない。ならば正当防衛だと、ロリ教師のチョーク攻撃と比べ物にならないほど遅い刃を軽いステップで避け、腹部を蹴り上げた。爪先を鳩尾に食い込ませ、そして足を振り切る。
「ぐふっ!」
面白いように吹き飛んだ山田は、教卓に体を打ち付け、蹲った。
「んだよ、忍ってこんなもんかよ。つまんねぇな」
何とも呆気ない幕切れに気分が萎えてしまった。忍というものはもっと強いと期待していたのだが、話にならない。俺は腹を抱えて痛みに耐える山田の顎を、クイッと持ち上げた。
「き……貴様メ」
「へぇ、まだそんな口が聞けんのか。じゃあ、お前の顔でも拝ませて貰おうか?」
顔の大半を覆い隠した黒色のフェイスマスクに指を掛ける。その行為に山田が慌てふためいた。
「ヤ、ヤメロッ! 絶対ニ外スナ!」
「やめろって言われたらやりたくなんのが、人間の性だ」
クククッ、とくぐもった笑い声を上げつつ、俺は指を押し下げた。そして、山田の顔が晒される。
「ヤメ……やめてくださいっ! ひ、ひゃあっ!!」
ズドッ!!、と先までの攻撃よりも数十倍鋭いアッパーが、俺の顎を貫いた―――
八月一日、第十話投稿