第119話 ドンゾコナビ
「どういうことよ」
イザベラが一歩前に出る。頭に血が上ってる時の声じゃない。むしろ逆だ。冷えてる。だからこそ、怖い。
「二日って、何の話?」
問い詰められたエオウィンは、口元を吊り上げた。
「へぇ。自覚がなかったのか」
その笑みが癪に障る。
だが、エオウィンはわざとらしく肩をすくめると、そのまま説明を始めた。
「お前らが野営地から逃げ出した次の日だ。俺たちは西の大陸の東端に集結した」
俺は眉をひそめる。
選別衆の連中が、そこまで素直に統率されてたってのも気に食わねぇが、今はそこじゃない。
「で、見えたのさ」
エオウィンが顎をしゃくる。
空へ突き刺さるように伸びる、四本の塔を。
「この島から天に伸びる光をな。あんなもん見せられりゃ分かる。――お前らは、ここにいるってな」
確信してたってわけか。
「島に渡るには船がいる。だから人を使って造らせた。急ごしらえの簡易船だが、海を渡る分には十分だったぜ」
「急ごしらえ、ねぇ」
思わず鼻で笑う。
たった一か月で船を仕立てたってんなら、どうせまともな代物じゃない。全員を一度に運べるほど頑丈でも大きくもないはずだ。
……ってことは、ここに来てるのは精鋭か、あるいはエオウィンの側近中心。
選別衆の全戦力が揃ってるわけじゃない。
そう結論づけた時、エオウィンが続きを吐いた。
「そうして島に渡ってきた俺たちは、二日かけて島中を調べた。だがお前らは見つからねぇ。あるのは古臭ぇ遺跡の残骸と、光を放つ四つの塔だけ」
確かに、この島は広いわりに、人の気配が薄い。
「だから一度引き上げるか、そう悩んでたところで――塔の光が消えた」
エオウィンの眼が細まる。
「なら、そこに何かある。そう踏んで塔の麓に集まった。で、見つけたってわけだ。お前らをな」
そこで一度言葉を切ると、奴はゆっくりと腕を持ち上げた。
その指先が、まっすぐ俺を指す。
「んで、聞いちまったんだよ」
鋭い眼光が俺を捉え、空気が一瞬で凍てつく。
「そいつが、この世界を壊した魔王だってことをな」
直後だった。
ぶわ、と茂みが揺れたかと思うと、四方八方から石が飛んできた。
「っ!?」
一つ一つは人間にとっちゃただの石ころだろう。
だが、今の俺には違う。小人のこの身体じゃ、一発でもまともに食らえば終わりだ。
避ける暇もなかった。
次の瞬間、目の前に巨大な影が割り込む。
「ぬおおおおおっ!」
アレックスだ。
魚鱗に覆われた巨体で俺の前に立ち、飛んでくる石を全身で受け止める。鈍い音が何度も何度も響いた。
「やめろクェ!」
「やめてよ!」
クゥとダグが怒鳴る。
ライラもすぐさま両手を広げた。
『拘束します!』
地面から無数のツタが這い、茂みの奥へと走る。隠れていた選別衆の足元に絡みつき、その身体を縛り上げようとした――その時。
「魔王ルースを差し出せ!」
エオウィンの怒声が、場を裂いた。
「再び世界を崩壊させるつもりか!」
その言葉が、妙に重かった。
投石の勢いが一瞬鈍る。
仲間たちの動きも、ほんのわずかに止まった。
……狼狽えてる。
そりゃそうだ。
今の話を聞いたばかりで、その“魔王”本人が目の前にいる。しかも俺は、ろくに反論もしないで突っ立ってるだけだ。
なら、答えは簡単だった。
「……ははっ。結局、こうなるんだな」
俺は小さく呟いた。
アレックスの陰から出る。頭上ではまだ石が飛び交ってるってのに、不思議と足は止まらなかった。
「ルース!?」
イザベラの声を背に受けながら、俺はそのままエオウィンの方へ向かおうとする。
どうせこうなるなら、俺だけ差し出した方が早い。
こいつらまで巻き込む必要はねぇ。
だが。
ふわり、と身体が浮いた。
「……は?」
気づいた時には、襟首をつままれていた。
そのままぐいっと持ち上げられ――次の瞬間、柔らかい感触の上に降ろされる。
見下ろせば、赤い髪。
イザベラの頭の上だった。
「アンタは私の頭の上から降りるの、禁止だったはずよ」
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が出る。
だが、その言葉で思い出した。
南の大陸。氷の魔導遺跡。あの時こいつが、半ば勝手に俺へ押しつけてきた小さな約束。
いつの間にかうやむやになってたが、まさか今ここで引っ張り出してくるとは思わねぇだろ。
「なに昔の話を――」
「約束でしょ」
きっぱりと言い切る。
その声には、冗談のかけらもなかった。
イザベラは俺を頭に乗せたまま、エオウィンへ向き直る。
「世界を敵に回すつもりか?」
エオウィンが挑発するように言う。
イザベラは一歩も引かない。
「危ないから、彼を排除すればいいと思ってるの?」
鋭い声だった。
「それはとても単純で、分かりやすい結論よね」
「既に世界を崩壊させたことのある魔王を消し去る。何が間違ってる?」
「その考え方がよ」
イザベラは即答した。
「彼は変わった。これから変わるべきは、世界の方よ!」
ざわ、と周囲が揺れる。
選別衆の連中だけじゃない。こっち側だって息を呑んでる。
エオウィンは鼻で笑った。
「綺麗ごとだな」
「そうかしら」
イザベラは少しも怯まない。
「魔王ルースが居なくなった後、次の魔王が現れない確証はどこにあるの?」
その問いに、エオウィンの眉がわずかに動く。
「危ないものや汚いもの、そして弱い者を排除する。その結果が今の世界なら――」
イザベラの声が、熱を帯びる。
「そんな世界は、壊れるべきよ!」
「壊した先の責任を誰が取るっていうんだ?」
「誰かひとりだけの責任だと思うワケ?」
俺は、言葉を失った。
頭の上から見下ろす景色はいつもより高いはずなのに、胸の奥が妙に苦しい。
エオウィンは目を細めた。
「馬鹿げてるなぁ。そんな理屈が通るワケねぇだろ? 大体、魔王が二人存在する世界の方がよほど危険だ」
「ルースはもう、魔王じゃないわ」
イザベラが言う。
迷いなく、はっきりと。
「これから魔導王になるんだから!」
その場が、一瞬静まり返った。
「……魔導王?」
エオウィンが呆れたように繰り返す。
「魔王を導く存在、ってところか? そんな得体の知れないものを、誰が認める」
「そうね、簡単じゃないってことは分かってるわ。でも、他に適任者もいないわ」
納得してない様子のエオウィン。
対するイザベラは得意げに顎を上げた。
「ルース以下のドンゾコから這い上がって来た経験者が、この中にいるとでも?」
その言葉は、妙に真っ直ぐだった。
反論なんてできるか。
俺より底を知ってる奴なんて、そうそういるもんじゃねぇ。
いてたまるかよ。
イザベラは続ける。
「ドンゾコナビ」
その名を口にした時、俺の心臓がどくりと鳴った。
「それが、ルースがこれからを生きていく中で背負う責任なんだから」
風が吹く。
朝の名残を消し去るみたいに、島の空気が揺れた。
頭の上に乗っているだけなのに、足元が熱い。
逃げ場なんてどこにもない。
けど。
――背負う責任。
その響きは、不思議と嫌じゃなかった。
エオウィンは黙ったまま、イザベラを見据えている。
選別衆の連中も、石を握ったまま動けずにいた。
誰もが、次の言葉を待っている。
俺はイザベラの髪を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
どうやら本当に――
こいつは、俺を逃がすつもりがないらしい。
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