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ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
5章:這い上がる者

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第112話 『舌』が壊したもの

 塔に足を踏み入れた、その瞬間だった。

 ふわり、と。

 身体の芯が浮き上がるような、奇妙な浮遊感が私を襲った。


『……っ』


 思わず足を止める。

 床はある。確かに踏みしめているはずなのに、重力がどこか遠くへ逃げてしまったような感覚。


 ゆっくりと顔を上げると――そこには、見覚えのある光景が広がっていた。


「……また、これ」


 白い霧。

 どこまでも続く、境界の曖昧な空間。

 あの時と同じだ。西の大陸で、あの盗賊と出会った時と。


 私は小さく息を吐いて、前を見据える。


『いるんでしょ?』


 姿は見えない。

 でも、気配はある。


『出てきなさいよ』


 少しだけ、強めの声でそう言った。

 すると――


『……ふふ』


 どこか懐かしい、落ち着いた声が霧の奥から響いた。


『お久しぶりです』


 白い霧が、すっと割れる。

 その向こうに立っていたのは――


『……あんた』


 北の大陸で言葉を交わした、あの僧侶だった。

 相変わらず穏やかな顔。けれど、その奥にあるものは、あの時よりずっと重たい。


 私は腕を組んで、じろりと彼女を見た。


『今日は姿勢が良いのね』


 皮肉半分にそう言うと、僧侶は困ったように笑った。


『お恥ずかしい限りです』


 軽く肩をすくめるような仕草。

 だけど、その目は逃げていない。


『あなたたちなら、ここまでたどり着くと信じていました』


 そう言って――

 彼女は、ゆっくりと、深々と頭を下げた。

 長い沈黙のあと、静かに顔を上げる。


『遅くなってしまいましたね』


 そして、はっきりと告げた。


『私の名は、カルナです』

『……カルナ、ね』


 名前があったのね、とは言わないでおこう。

 私は軽く息を吐いて、杖を肩に担ぎ直す。


 すると、カルナの視線がそちらに向いた。


 正確には――杖の先端。


 そこに挟み込まれている、一枚の紙片に。


『それが、あなたの作った魔導書ですか?』

『そうよ』


 即答した。

 迷いなんて、あるわけがない。


 これは、私が選んだ力だ。

 私が作ったものだ。


 けれど――


 カルナは、ほんのわずかに目を伏せた。

 まるで、それを見たくないかのように。


『……そうですか』


 静かな声。

 そして、ぽつりと。


『その力が、人々から信じる心を壊してしまわないことを……願っています』

『……は?』


 思わず眉をひそめる。

 何言ってんのよ、こいつ。


 そう言い返そうとした、その時だった。


 ――世界が、歪んだ。


「……っ」


 視界が揺れる。

 白い霧が裂けて、その向こうに別の光景が広がっていく。


 見えたのは――街。

 その中心にそびえ立つ、大きな教会。


 重々しい鐘が、狂ったように打ち鳴らされている。

 ゴォン、ゴォン、と。


 耳を裂くような音。

 その直後――


 教会の扉が、乱暴に蹴り開けられた。

 中から、何人もの僧侶が引きずり出される。


『乱暴するのはやめてください……!』


 必死に訴える声。

 だが、それに応じる者はいない。


 むしろ――


『うるせえ!』

『今さら何言ってやがる!』

『偉そうに祈ってるだけの連中が!』


 周囲の人々が、我先にと怒鳴り始めた。

 罵声が飛び交う。


 続く言葉を聞いて、私の思考が止まる。


『助けてくれない神を信じるなど、愚か者のすることだ!』

『弱者から搾取する下種共め!』

『祈ることしかできない無能が!』


 信仰を、否定する言葉。

 完全な拒絶。


 いや、それどころじゃない。

 これは――憎悪だ。


『どうしてそこまで……?』


 その時だった。


『聞けっ!!』


 ひとりの若者が、声を張り上げた。

 人々の動きが止まる。


 そして、若者は叫ぶ。


『魔王こそが、我らに救済をもたらしたのだ!』

『――!』


 その手には、一冊の魔導書。

 周囲を見渡せば――

 同じように、人々の手には様々な魔道具が握られていた。


 形は違う。

 だが、どれも同じだ。


 それらが何を意味するのか、私は察した。


 書き記す喉(スクライブ)の力だ。


 魔王が書き記す喉(スクライブ)で、従う人間に魔導書や魔道具を与えたんだ。

 だから彼らは、魔王をあがめている。


 救済をもたらしたという事は、きっと彼らは虐げられていた者たちなんだろう。


 ……そして、神に祈る意味も――消えた。


 気づけば、視界は再び白い霧に包まれていた。

 その中心に立っていたのは、凛とした僧侶の姿。


 以前見たものとは、大きくかけ離れてる。

 だからかな、私はその姿を見て妙に納得しちゃったんだ。


『……なるほどね』


 私は、カルナをまっすぐ見て言った。


『それで、あなたも信仰が無駄に思えてしまったわけ?』


 北の大陸で見た気怠けだるげな様子を指しての、皮肉を込めた問い。

 けれどカルナは、少しだけ目を細めて答えた。


『……もっと怠惰であれたなら』


 静かに。


『そう思ったことは、沢山ありましたよ』


『……』


 その言葉が妙に重くて、私は何も言い返せなかった。


 次の瞬間、光景が途切れる。


「……え?」


 気付けば私は、塔の最上階に立っていた。


 足元はしっかりしている。

 浮遊感も、もうない。


 目の前には――まばゆい光。


 思わず目を細めた私は、視界の端っこで大きく手を振っているアレックスに気づく。


「イザベラ!!」


 他の4人も、塔の頂上にたどり着いたみたいね。

 だけど、私とは少し様子が違う。


 ダグのいる東、クゥとライラのいる南、そしてアレックスのいる西。

 それぞれの塔からは、もう光が消えてるみたい。


「……!」


 私が小さな疑問を抱いた直後。

 目の前の光も、ゆっくりと薄れていく。


 4つの塔から光が完全に消えた、その瞬間――


 下から、光が噴き上がった。


「なに……!?」


 眼下の台座。

 そこから、眩い光が立ち上る。


 そして――


「……ルース」


 光の中をゆっくりと。

 ルースの身体が、宙へと浮かび上がっていく。


 全員の視線が、そこに集中する。


 その時だった。


 ――ピキン。


 身体の奥で、何かが弾けるような感覚。


「っ……!」


 私の舌――そこに刻まれた文様が、光を放ち始めた。

 他のみんなも同じみたい。


 そして――


 声が、響いた。

 透き通った、けれど圧倒的な。


 まるで、地の底から大空へと突き抜けるような声。


『選ばれし者たちよ』


 思考が止まる。


 問い返す暇なんて、なかった。


『いまこそ、すべての元凶に終止符を打つのです』


「……は……?」


 理解が、追いつかない。けれど、言葉は続く。


『魔王ルースを』


 心臓が、強く脈打つ。


『この地にて、葬り去りなさい』


 ――その言葉は。


 あまりにも、残酷だった。

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