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その一・男だろうが女だろうが自分勝手なヤツは頭にくる 前編

 





朝日が差し込み、雀の鳴き声が耳朶を打つ。

 

柔らかくベッドに降り注ぐ日差し、それを受けて布団に丸まっていた人影がうっすらと目を開けた。

 

二、三度瞬きをし半ば布団にくるまったままゆっくりと身を起こす。ふわあと呑気そうなあくびと同時に身体を伸ばせば布団はずり落ち、制服のシャツだけを纏った肢体が顕わになる。朝日を受け透けて見えるそのシルエットは細い。艶めかしくかつ幻想的な光景。

 

しかし俺はその光景をじと目で見詰め、容赦なく声を掛けた。


「ようおはよう。よく眠れたようだな」

 

椅子の背もたれに両腕をのせた俺の方を、ぼんやりとしたソイツの目が捉える。そのまま暫く唖然としたままだったその顔が、突如驚愕に歪んだ……と思った途端に絶叫が響く。


「なっ、なっ、み、南田ぁ!? 何でここにって、ここどこ!?」

 

泡を食って周囲を見回すソイツ――西の字に向かって、俺は力無い声で答えてやる。


「見ての通り俺の部屋だよ」

 

その言葉に、へきゃとか呻き声を上げて硬直する西の字。そうしてから恐る恐る俯くような形で自分の格好を確認する。

 

もんのすごい顔で毛布をかき抱いて身を隠しつ弾かれたように後退した西の字は、ふるふると震えながら両目に涙を溜めて俺を見る。男だと分かっていても何かこう、クる光景だが、生憎こちとら“慣れてる”んでね。感慨を抱いたのは一瞬ですんだ。


「なっ、僕、ちょっと……まさか!?」

「安心しろ、手なんか出しちゃいねえ。自分で脱いだんだよそれ」

 

怯える西の字に答えを返しながら、ベッドの傍らに脱ぎ捨てられた制服を指し示してやる。目を丸くする西の字の様子から完全に目が覚めたものと判断した俺は、椅子から腰を上げ部屋を出て行くことにする。そうしながらとりあえず言うべき事は言っておいた。


「とっとと服着て下降りてこい。あと一応親御さんに連絡しとけや、無断外泊なんだから」

 

何か言いたげな気配がしたが放っておく。どのみち夕べから何が起こったのか分かっていないのだからすぐ降りてきて問い質してくるだろう。やれやれと肩を竦めながら先に階下へと降りる俺を出迎えるのは――


「あら、あの子起きたの香月」

 

ふんわりとした巻き髪を肩まで伸ばし、その髪同様のふんわりとした微笑みで語り掛けるエプロン姿の女性。

 

南田家長女、南田 美月。


「む、おはよう。夕べ連れ込みをやったそうだね。おねえちゃんは嬉しいよ君に人並みの甲斐性があって」

 

スーツを胸元も顕わにだらしなく着込んで、新聞に没頭しながら挨拶するショートカットくわえタバコ眼鏡美女。

 

南田家次女、南田 奈月。


「でもなつねぇ、相手の人男の子さんでしたですよ?」

「でも可愛かったっす。かづにぃが転ぶ気持ちも分かるっす」

 

余計な事を言う、サイドポニーをそれぞれ左右に分けて色違いのリボンを付けたセーラー服姿の双子。

 

南田家三女と四女、南田 卯月、南田 五月。

 

以上が親父とお袋を抜かした俺の家族、ご近所でも評判の南田家四姉妹だ。

そんな四人が集っているのは、大きめの住宅を改装したこじんまりとした喫茶店、【止り木】。お袋が趣味で始めたのだが、今では全てを美月姉が切り盛りしている。まあ親父殿がどこぞの支店長だか局長だかに収まって長期単身赴任となったのにほいほい付いていったお袋も無責任だが、あっさり会社を辞めて喫茶店を継いだ美月姉もどうかしてると思う。結果的には美人のマスターとその姉妹がたむろする喫茶店という事で意外に繁盛しているのだけれど。

 

周りから見りゃこの状況どこぞの漫画のようなシチュエーションに見えるが、実際はそんなに甘いモンじゃない。女姉妹のど真ん中に位置する野郎一人がどんな目に遭うか、実際の立場に立ってみないと理解できないと思う。


「やだ、香月ったらいつの間にそっち方面に走ったの? やっぱり女姉妹に囲まれていると歪んじゃうのかしら?」

「む、それはいけないな。仕方がない、おねえちゃんとしては弟の歪んだ性癖を正す義務があるのだからね。流石に今からと言うわけにはいかないけれど、今晩あたりじっくりたっぷりくんづほぐれつに女の良さをちょうきょ……教育してあげよう」

「卯月二番ですよ〜」

「自分三番っす!」

 

……要するにこうやっていぢられまくるわけですよ諸君。

まあいつものことだし慣れればこれも家族のコミュニケーションだと笑って受け流せるくらいの余裕は出てくる。どうせ相手も分かってやってるんだし、適度に話を合わせておくか。


「悪いけど、俺ちゃん操を立ててる身分なんでね。そういったインモラルな快楽に耽るのは、また今度にしてくんな」

「む、それは残念。しかし気が変わったらいつでもおねえちゃんの所に来なさい。ラフレシアのように待ってるから」

「ちえーちえー、卯月かなり本気なのにかづにぃつめたいですよ」

「折角うーちゃんと二人でえっちいインナー揃えたのに、がっかりっす」

「……誰も香月が歪んだ道に進んだ事を否定しないのね。本人含めて」

 

多分本気じゃないと思う。

 

本気じゃないと思いたい。

 

お願い本気じゃないと思わせて。

 

とかなんとかあほな話をしていたら、背後でがたんと階段を踏み外したような音がした。

全員がそちらの方向に視線を向ければ、滑り落ちたのか西の字が階段によりかかるような体勢でこちらを見ている。

その表情にあるのは驚愕と羞恥。びくびく震えながら真っ赤な顔になってあわあわと口周りを振るわせている。おいおい、もしかして今の話聞いていて本気に受け取ったのか? 最低でも俺は冗談で言ってるぞ。そう言って西の字を宥めようと思ったが僅かに遅く、先に西の字が爆発してしまった。


「あ、あの、僕、だめだから! 近親相姦プラス同性愛とか爛れた関係無理だから!」

 

しんと静まりかえる店内。そして――

 

大爆笑。

 

腹を抱えて笑い転げる四人と、それを見てわけが分からないといった風にきょとんとしてる西の字。

まったく、我が姉妹とはいえ酷い連中だ。

 

――数分後。

 

ぶす〜っとシマリスのように頬を膨らませ、ずびずびと西の字はコーヒーをすする。そんな彼を囲んで我が姉妹達は生暖かい目とにやけた顔で接している。

要は物珍しいおもちゃが来たんでそっちに夢中になってるわけだ。ん? 悔しいかって? まさかぁ、むしろ哀れに思うさ。確かにウチの姉妹はそこらのグラドルなんか歯牙にもかけない容姿を誇っているが所詮は俺の家族だ、中身のちゃらんぽらんさじゃ他の追随を許さない。そんなのにいぢくられてみろ、どんな目に遭うやら。


「わあい嬉しいわぁ、香月くらいの妹って欲しかったのよねえ。……モノは相談だけど、うちの子にならない?」

「こらこら姉さん、この子はれっきとした男児だよ。……とはいえちょっと信じられないくらい可愛らしいのは認めざるをえないけれどね」

「うわあ髪綺麗でさらさらですよ〜、卯月たち癖っ毛だからちょっとじゃないくらい羨ましいですよ〜」

「は、肌もすべすべでもちもち………………ま、負けてるっす。自分女として負けてはいけない領域で完敗っす」

 

見事なおもちゃっぷりだった。うん俺ならあんな扱いされたら泣く。つーか泣いた。伊達に人生の十分の一くらいを女装で過ごしちゃいない。

おっと過去の汚点を思い起こしている場合じゃなかった。俺は仕上げたプレーンオムレツを皿に移しつつ、かしまし娘どもに声を掛ける。


「おいおいあんまりいぢくんな、それ俺ちゃんのなんだから。……っと、はいよオムレツとトースト。いつまでもやってないで散る散る」

 

ぶーぶーかづにぃおーぼーとか宣う二人を、残りの二人が笑いながら引き剥がし四人は開店準備にもどる。こら美月姉にゅふふって笑いながら「ごゆっくり」とか言うな、アンタまだホモネタ引きずるか。

ちょっと唇を歪めてふんと鼻を鳴らす。彼女らをあしらうコツはしゃらっと流して過剰に反応しない、これに尽きる。反応しすぎて疲れた西の字も、そろそろ理解してくれたころだろう。

と、突如西の字がカウンターに伏せる。なんだあ二日酔いにでもなったか? そう思ってたら何かう〜だとかあ〜だとか唸りつつ、小声で何か呟きだした。そっと耳をそばだてて聞いてみたらばこのような台詞が。


「ふ、不覚……なんたる失態だよ恥ずかし固めだよ新手のプレイだよ。あううううう」

 

……思い出したのね昨日の事。

 

さもありなん。気持ちは十二分に分かる。俺はうんうんと頷いてから、西の字を刺激しないよう気を付けつつ声を掛けてやる。


「一つだけ言っておくぞ西の字、俺ちゃんは何も見なかった。だから何も無かった。OK?」

 

弾かれたように西の字が面を上げる。驚愕に彩られ目を丸くしたその顔が、見る間に赤く染まり再びう〜とか唸りながら俯く。恥ずかしがっているようではあるが流石にあれだけの醜態をさらしておいて文句は言えないか。まあ俺も覚えておきたくないし。

後で連中にも知らんぷりしとけと釘刺しておかないとなぁ。つらつら思いながらさっさとくっちまえと促してやる。あーもう、俺が恥ずかしくなりそうだよ。こらそこのかしまし娘どもくすくす笑いながらこっち見んな。

僅かに顔を顰めていると、俯いたままだった西の字が消え入りそうな声で「ごめん、そんでありがとう」と恥ずかしげに言った。俺は背中に奔るくすぐったさを隠し何でもない風を装いながら、不愛想にならない程度に感情を抑え答える。


「今ここで言うべきは、頂きます、だろ?」

「……うん。いただきます」

 

ええい可愛く微笑むな。自身の可愛らしさを自覚しているように見えて何でコイツはこう時々無防備になるんだ。恥ずかしい通り越してカユくなるわ。

心の中で必死に自重しろと唱えながら、俺は色々と誤魔化すために一言付け加えた。


「モーニング、500円だから」

「…………けち」





















「しかしあれだね、あの店南田んちだったんだ。ちょっとびっくり」

 

学校へ向かう道すがら、西の字がそんな事を言った。

あ、なんだ、来た事あるんだ。毎度ごひいきに。そう言ったら「一回だけなんだけどね」と可愛く舌を出して肩を竦める。

 

大分調子が戻ってきたかのように見えるが……気付いているか西の字よ、お前さん必要以上に可愛らしい行動を取っているぞ? 恐らくまだ引きずっていて無理矢理調子が戻ったフリをしているんだろうけど。

その健気さというか方向性というか色々なモノに、少しだけ目頭が熱くなるが堪える。こっちが気を使ってると知れたら、コイツきっと空元気が酷くなる。多分主にあざとく可愛らしさが増す方向性で。

 

さて、内心どうすべかと考えつつだべっているウチに学校までやってきたわけだが……なんだ? 校門の前に妙に人が集まっていて騒がしいぞ? はて何かあったんだろうか。

思わず西の字と顔を見合わせた後、二人揃って首を捻ってみるが勿論そんな事で理解ができるはずもない。頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、ともかく校門を潜らなきゃ話にならないと歩を進めた。

 

そしたら――


「あ、今、今問題の二人が登校してまいりました! これより直撃インタビューを敢行したいと思います! ……西之谷さん! 南田さん! ちょ〜〜〜〜〜〜〜〜っとお話を聞かせて頂けないでしょおかあああああああああ!!」

 

そんな声を上げた、マイクを持ち報道と書かれた腕章を着けた女子生徒を先頭に、レコーダーとかメモ帳を持った生徒の一団がすごい勢いで俺たちの方へと駆け寄ってくる。何が何だか分からないまま、あっというまに俺たちは取り囲まれ、あれやらこれやらを突きつけられた挙げ句矢継ぎ早に質問とフラッシュの雨を受けるはめに陥った。


「西之谷さん! ズバリお二人の関係はどこまで進んでいるのですか!?」

「南田さん! 略奪愛と評されている事について一言お願いします!」

「お二人で登校されてきたという事は相当な進歩があった物と思うのですがどうでしょう!?」

「昨夜二人が夜の街に消えたという情報があるのですが、これは本当の事なのでしょうか!?」

「お、おっきかったですか熱かったですかぬるぬるしてましたかハアハア」

 

ちょっと待てやオイ。色々とツッコミたい所があるが、昨日の今日でなんでまたこんなに話が大事になってんの!? ウチの報道関係どうなってんだ。

予想外の状況に咄嗟に上手い言い訳とかが浮かばず言葉に詰まる。いかん、ここで下手にムキになったらこいつら益々つけあがる。かといって流したり誤魔化したりするのにはタイミングを逸した。迷ったのは瞬時、しかしその間に状況は悪化していく。

 

口火を切ったのは、空気読めない馬鹿の一言。


「それでですね、我々の調査によると実は振られたのは西之谷さんの方だという話なのですが、そこの所実際どうなのでしょう?」

 

聞いちゃいけない事をどストレートに聞きやがりましたよこの馬鹿。

ぐっさりと生々しく何かが刺さったような音が聞こえた気がした。見れば西の字が顔を引きつらせて硬直している。ああもう、折角空元気とは言え表面上は調子を取り戻しかけてたのになーんでそゆコトすっかな。そう思う間もなく次から次へと致命的な言葉が投げかけられていく。


「やはり女性から見ても羨ましがられるような外観に相手が物怖じしたのでしょうか!?」

「正直彼女じゃなくて彼氏を作った方が違和感が無いと思うのですが!?」

「今回東山さん北畑さんに継いで三人目のお相手という事ですが決め手はやはり肉体の相性ですか?」

「こ、今度は受け? それとも攻め? ハアハアハアハア」

 

ざく、どす、ぶす、もきゃぱらりん。

 

刺さってる。凄く何かが刺さってる。最早西の字は精神的に満身創痍、もうとっくの昔にヒットポイントは0よな感じだった。

 

石化してさらにひびが入っているような硬直ぶりだった西の字だが、やがてぷるぷると細かく震えだし、目に大粒の涙を溜めて顔をくしゃりと歪ませる。あ、やべ。そう思った途端――


「う、うわあああああああああああああああん!!!」

 

盛大に涙を流しながら吠えるような声で泣き出し、いきなり全速力であさっての方向に向かい駆け出した。

 

周りを囲んでいた報道陣あほの一部を跳ね飛ばしながら。

 

あ〜あ、ど〜すんのアレ。これじゃ元の木阿弥じゃねえか。西の字が去っていった方向を見ながら俺はかくりと肩を落した。せっかくの苦労……というほどの事もしてないけれど、それが水の泡。やってられねえぞくそったれ。とかなんとか思いながら非難の目を周囲の報道陣に向けようとして――


目の前の餌をかっさらわれた肉食獣のごとき目をした連中に気付く。

 

あら、ちょっと、拙いんじゃない俺ちゃん大ピンチ? 背中に嫌な汗が流れるのを自覚するが打つ手はない。いかん、逃げよう。即座にケツまくる事にして振り返りダッシュ。学校さぼっちまうが背に腹は代えられない、付き合ってられないっての。一瞬遅れて報道陣が動く気配がするがもう遅い、全力のダッシュでこの場から離脱――


「待ったらんかい」

 

――しようとした俺の喉元に衝撃が走る。カウンター気味にラリアットを入れられたと気付いたのは、報道陣を巻き込んで後ろに吹っ飛んだ後だった。

 

ずんがらがっしゃん。そんな音を立てて俺と巻き込まれた報道陣は尻餅をつくような形で地面に倒れた。痛ててて、何事よ。痛む喉を押さえ、咳を吐きながら身を起こそうとしていた俺の目の前に何者かが立ち塞がる。誰だと見上げてみれば、どこかで見たような上級生女子生徒の姿が。


「全く、朝からあたし達に労働させるような面倒を起こさないでほしいわね」

 

仁王立ちになって腰に手を当てたその人は確か……風紀委員長の麗射さんじゃないか。わ〜マズったなあ、よりによって敵に回したくない人間トップ5(俺ちゃん調べ)に堂々とランクインしているこの人が出張ってくる羽目になるとは。いやまいったねホント。

額に井桁のお怒りマークを浮かべた麗射さんは、感情を無理矢理抑え込んだ引きつり気味の笑みを浮かべ、俺たちに向かって言葉を吐き捨てる。


「さて朝っぱらから校門で騒ぎ起こしやがりくさった皆様には、ちょ〜と生徒指導室へとご招待しなきゃいけないみたいね。なあに少しハードでマニアックな目に遭わせてあげるだけだから、安心していいのよ?」

 

今の言葉のどこに安心できる要素があると!? おもくそ弾圧系のノリじゃないですか。俺と同じ事を考えたのだろう、報道陣の面々は報道の自由の侵害だとか風紀委員の横暴だとか口々に騒ぎ立てやがる。思っても言うなよそんな事。こいつらの遺伝子には話をややこしくする因子でも組み込まれてんのか。

同類に思われちゃかなわない。俺は両手を振りながら懸命に言い訳をし始めた。


「ちょ、先輩先輩、俺ちゃん無関係……ってわけじゃあないけど基本巻き込まれただけだって。協力するのもやぶさかじゃないし、ゴーモンとかは勘弁してほしいんですけど」

 

俺の言葉に背後から裏切り者だとか圧力に屈するとは何事だとかいう声が聞こえるが、誰がいつ貴様らの仲間になったよ。同類扱いすんなお前ら。

果たして麗射さんは、ふんと鼻を鳴らして冷たい目で見下ろしてくる。


「へ〜え、あたし達の目の前で堂々とエスケープぶちかまそうとしておいて言うわねえ。逃げるベトコンは訓練されたベトコンだという昔の偉い人の言葉を知らないの?」

「わ〜いもしかして墓穴掘りましたか俺ちゃん? あの状況で大人しくしてろってのは無理だとちょっと反論を試みてみますが?」

「ま、それはそうよね」

 

意外なくらいあっさりと俺の主張を認める麗射さん。しかしそれは、俺の無罪放免を意味していなかった。


「どのみちこの状況では、君を重要参考人と見るしかないのよね。あっさりしゃっきり任意同行されちゃいなさい抵抗は無駄だから。……あと後ろの連中、ぐだぐだ言う前に生徒手帳見れ」

 

有無を言わさぬ調子で言ってから、苦虫を噛み潰したような顔になる麗射さん。その迫力に押されてついつい懐から生徒手帳を取出してしまう俺たち。はて一体なんの事だとページを捲ってみる。


「校則第142条第3項。『美少年を泣かした者は死ぬまで殺してOK』って事になってんのよどういうわけだか」

 

はははまっさかあ、こんな時に冗談を言う人だとは思わなかったっすよ麗射さん。

 

……あ、ホントに書いてある。

 

リアクションに困る俺と校則の不当性と不備を訴える報道陣。それらの一切合切を無視して麗射さんはぱちんと指を鳴らした。それを合図にどこからともなく現れた武装風紀委員達が俺たちを囲む。

まあ……しゃあねえか、ここは大人しく連行されておこう。抵抗する無意味さは十分に承知しているつもりなので、両手を挙げ無抵抗の意を示しておく。後ろの報道陣は未だぶーぶー文句を言っているようだが、具体的な行動に出る様子はない。ここで逃げ出したり抵抗したりすればどうなるか、分かっているからこその態度だろう。誰だって痛いのも苦しいのも辛いのもいやだろうしな。

 

こうして大した問題もなく騒ぎは終結を向かえる……かと思われたその時。

 

何か堅い物が俺の足下に放り出され、転がる音がした。

 

嫌な予感が背筋を奔る。足下を確認する余裕など無いと即座に判断した俺は麗射さんに向かって警告の声を発しようとしたが、それは僅かに遅かった。

ぼうんという音と共に、俺の足下からすごい勢いで煙幕が吹き出してくる。しかもこれ、ただの煙じゃねえ!? うわ目に来る鼻喉に来る!!


「くっ、催涙弾!? 何者よ!!」

 

煙の中に向かって麗射さんが誰何する声が響くが、当然ながら答える声はない。ってかそんな状況じゃない。これ幸いに逃げようとする者、それを阻止せんとする風紀委員達、煙幕の直撃を受けてのたうち回っている者(俺ちゃん)などが入り交じり、阿鼻叫喚の地獄絵図を形成している。

 

こ、これはたまらん。一刻も早く煙の中から脱出しないと。そう思いながら這々の体で這いずる俺の目の前に、何者かが立ち塞がる。

 

この、こんな時に誰だ。涙でにじむ目で見上げようとした俺の口元が、ハンカチのような布で押さえられる。

 

ヤバいと思ったときにはすでに遅し。あっという間に俺の意識は暗闇に落ちた。







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