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その零・酒と女はないけれど涙と男ならある

この作品は、拙作「ぼくらの学園大戦」の続編です。


初めての方はまずそちらの方をごらん頂く事をお勧めします。


そうでない方、または私は一向に構わんという方は、どうぞご遠慮なくお進みください。


 





照明を最小限に落した薄暗い室内。

 

スポットライトのように照らし出されるカウンターの内側で、俺はただひたすらグラスを磨き上げていた。

 

確か愛好会の誰かが持ってきた引き出物のあまりだったか。そう高い物ではないが、ちゃんと磨いてやれば透き通ったガラス本来の輝きを示す。自分の仕事に僅かな満足感を覚えて磨き終えたグラスを棚に。そして次のグラスを手に取り再び丹念に磨き始める。

単純な作業だがグラス磨きは嫌いじゃない。こうやって無心に没頭していると雑事が頭から消え、精神が冴え渡っていくような気がする。柄じゃないと自分でも思わないでもないが、何か無心になれるものが一つでもあるというのは悪い事ではないんじゃなかろうか。

 

室内に流れるBGMはボサノバのリズム……っぽいジャンル不明な曲。愛好会の会長が持ってくる出所不明なインディーズだ。ともかく弾けそうな物はどんなジャンルでも弾くのが売りというグループらしく会長のお気に入りのようで、スタンスはともかく曲自体は悪くない。その内メジャーになってもおかしくないいんじゃないか?


最後のグラスを磨き上げ棚に。さて……いい加減そろそろ意識を逸らすのも限界だ。俺は今まであえて無視を続けていたカウンターの端っこの方へと向き直る。そこには――


「ひっく、ひっく、ぐすんぐすん」

 

ぐずぐずと泣きながらテーブルに半ば突っ伏し、浴びるようにグラスを煽る人物が一人。

思わず吐きそうになる溜息を堪え、俺は気が進まないという態度を隠そうともせずそいつに向かって語り掛けた。


「西の字、そろろ看板だぜ? ってかとうの昔に時間オーバーしてっからいい加減家庭科室(ここ)閉めたいんだけど」

「う、うるしゃ〜い! おきゃわりもってこ〜! おきゃわり!」

 

舌っ足らずな声で全然迫力ない(むしろ可愛らしい)恫喝を仕掛けてくるのは、クラスメイトで俺の友人の一人、西之谷 夕樹。完全な酔っぱらいの様相でこちらにグラスを突きつけ座った目で睨み付けている。

 

どうみても美少女にしか見えない容姿だが、コイツが今着込んでいるのは学ラン。つまりまごう事なき男子生徒なのだ。まあ最初俺たちも疑ったんだが、体育の時などの着替え等によって疑惑は解消されている。(その際何人か鼻血噴いてぶっ倒れたけど)

この容姿が災いして幾度か災難にあったようだが、それをはね除ける程度の機転と腕っ節はある結構アグレッシブなヤツなのだ。が、今はそんな事を窺わせる要素など欠片もない。ただの酔っぱらいだった。

 

俺は今度こそ溜息を吐いて、子供を諭すかのようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あのな、いい加減にしとかないと体にも悪いぞ? なにせ“カルピスの原液”なんだから」

 

そう、いくらなんでも飲むわきゃねえと半ば冗談、半ば諫めるつもりでグラスになみなみと注いで出してやったんだが、こいつ何を思ったか一気に煽りやがった。あまつさえお代わりを要求しやがった。余りの迫力についつい続けて出してしまって、気が付いたらこのざま。普通は胸焼けどころじゃ済まないはずなんだが……なんで平気で煽り続けた挙げ句アルコールも入っていないのに泥酔してんだコイツは。腹の中で発酵でもしたか?

まあいい、とにかくコイツ帰らせないと俺が帰れない。面倒な事だと思いながら俺は西の字の耳元に顔を寄せ、雰囲気たっぷりの低い声でそっと囁きかけてやる。


「あんまり駄々こねてると……襲っちまうぞ?」

 

いくらなんでもこれで正気に戻るだろう。勿論欠片も本気じゃない。相手もノーマルだからやれる荒技だ……って。

 

ちょっと待てやオイ。なにゆえ顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でこっち見やがりますかお前さん。激しく嫌な予感がする中、西の字は可憐な乙女が大胆告白する様相そのままに、恥ずかしげに俯いておずおずと口を開く。


「僕の事、大切にしてくれる? 裏切ったりしない? や、優しくしてくれるんなら……」

「だ〜っ! じょーだんだ冗談! 本気にするなマジになるな正気を取り戻せええええ!!」

 

後退しつつ必死で絶叫する俺。西の字は一瞬きょとんとした表情を見せて、次に「ふえ……」とか呻きながら顔をくしゃりと歪め、終いに大粒の涙を流しながらわんわん泣きだした。


「早速裏切ったああああ! 弄ばれた! 弄ばれちゃったよおおお! うああああん!!」

「ええい泣くな人聞きの悪い事を言うな! タチの悪い酔っぱらいだなホントに!」

 

あーも収集つかねえ、泣きたいのはこっちだよ。額に手を当てて天を仰ぎつつ、俺はコイツがこうなった原因を思い返していた。
















「勝手な事を、勝手な事を言ってごめんなさい! あの話は無かった事にしてください!」

 

言うだけ言って、その女は涙を零しながらも躊躇することなく振り返りその場を立ち去った。

 

残されたのは、唖然とした顔で中途半端に手を伸ばした紅顔の美少年――西の字ただ一人。

 

世にも奇妙な、“告白された方が告白した方に振られる”光景を、“俺たち”は目の当たりにしていた。    


「いや〜これは……想定外だぜさすがに」

 

ソフトハットの位置を直しながら呻くように言う俺。


「上手くいくもんだと思ってたんだがな。女心は分からん」

 

腕組みしながら考え込む剣道着姿の旦那――北畑 星十郎。


「ふっ……真理に目覚めたか。そうだ、それでいい」

 

わけのわからん事を宣って一人で納得してうんうん頷いてる女、確か秋沼ちゃんだったか。


「………………」

 

なぜか複雑な表情で押し黙っているデカ女……え〜、ぽきんだかぺきんだかそんな名前のヤツ。


「むう……」

「あらあ〜、残念でしたねえ」

「うくく、な、なんか他人事じゃないような気が……」

 

その他。

 

もとい、グラサンかけた一見ヤクザにしか見えない男のぶやんこと東山 暢照。そしてその彼女“二人”。(そう、あろうことか堂々と二股かけてやがるのだこの男!)

 

以上七名が、大木の影からトーテムポールみたく西の字の様子を窺っていたりする。

 

事の起こりは三日前、登校時間の真っ最中。がやがやと騒ぎながら学校へとやってきた俺たちの目の前、校舎入り口の真っ正面という衆人環視の中、西の字はとある女子生徒からどストレートな告白を受けたのだ。これには当人はおろか周りも度肝を抜かれた。驚きの声を上げた後硬直する皆。そこでなんとか再起動を果たした西の字は、やっとの事で言葉を絞り出し「三日だけ考えさせて欲しい」と答えた。

そして三日間、アイツは悩んだ。これ以上ないってくらい悩んだ。時々こめかみあたりから煙が立ち上るように見えるほどに悩んだ。それで結局はどういう結論に至ったのかは分からないが、何やら覚悟を決めた様子で告白した女を呼び出しこの場に赴いて……。

 

こうなりましたとさ。

 

呆然としたままがっくりと膝を付く西の字を尻目に、俺たち野次馬……もとい西の字が心配で集まった友人一同は、車座になって相談を始める。


「おいどーするよ。俺ちゃん西の字彼女出来ておめでとうパーティでもやろうかって考えてたんだぜ? これはちょっと、なあ?」

 

とりあえず声を潜めて軽い方向から話を切り出してみる。即座に旦那と秋沼ちゃんが食いついてきたが……。


「……残念会にでも切り替えるか」

「いやむしろ一人の少女が正しい道を選んでよかったねパーティを開くべきだろう」

 

落とし込んでどーする。冗談で言ってるならまだしもコイツらマジだからなあ、一応ツッコんどくかと思った矢先に先手を取られた。


「不謹慎ですよ特に北畑さんと林檎さん。他人事だからってそれを肴にからかおうだなんて」

 

すぴしと人差し指を立てて言うのはのぶやんの彼女の一人、春沢ちゃん。ちょっと前までは引っ込み思案でおどおどしていた娘だったが、変われば変わるもんだ。恋する乙女は無敵って事かね?

……まあ実際無敵というか無双というかとんでもない事になってたわけだが、それは言わぬが華という物で。

 

その無敵っぷりで成敗されるのは御免被るので、俺は両手を上げて「わりわり」と降参の意を示した。そもそも話し出すきっかけでしかなかったんだからパーティなんぞホントはどうでもいい。春沢ちゃんの態度に対してなぜかその場に正座する旦那と秋沼ちゃんを放っておいて話を続ける事にする。


「冗談はさておき、ありゃ相当ショック受けてるぜ。何言うつもりだったかは知らねえけど気合い入ってたかんな、それがああいう結果になったんだから結構なモンだろ」

 

俺の言葉に春沢ちゃんも頷く。


「どちらかと言えば色よい方の返事だったんでしょうねあの落ち込みようからすると。……それとなく慰めておくべきでしょうか?」

 

春沢ちゃんの言葉に答えるのはもう一人ののぶやんラヴァー、冬池ちゃん。


「下手に慰めるのもかえって悪いような気がするけど。それよりも何で相手の娘今になって前言撤回なんかしたのかしら? そっちが気になるな」

 

少し暗い顔になる冬池ちゃんを、春沢ちゃんは気遣わしげに見る。


「やっぱ気にしてます?」

「そりゃあ似たような事しでかした立場としては、ね」


しんみりする二人。半月ほど前に冬池ちゃんがのぶやんにぶちかました告白から始まった大騒動、それを思い返しているのだろう。(そん時この二人思いっきり争っていたような気がするが……まあ些細な事だ)

心なしか落ち込んだ二人だったが、その背後から大きな手が伸び、二つの頭に乗っかってわしわしとかき混ぜるかのように撫で回す。

誰かは言うまでもない、のぶやんその人だ。

二人は一瞬びっくりしたような表情を浮かべ、その後目を細めて優しく笑う。


「てるさん……うん、そうですよね」

「あ、ありがと、てるくん」

「……ん」

 

目と目で通じ合ってのぶやんにそっと寄り掛かる二人。はいはいごちそうさまと苦笑いを浮かべる俺。そっぽを向いてだーっと砂を吐く旦那(正座中)。忌々しげな顔で舌打ちしてる秋沼ちゃん(正座中)。それぞれが反応している中、ただ一人だけまるで反応しない……と言うか意識をよそに向けている人物がいる。

 

さっきからじっと西の字の様子を窺ってるデカ女――ぷりん(仮)ちゃんだ。

 

ただむっつりと黙って西の字の背中を見やっているように見える横顔。その瞳に微かな安堵と苛立ち、相反するような光が見えた……ような気がする。う〜む、こいつぁまさかってヤツ?まだはっきりとはしてないが西の字よ、光明はあるかも知れんぞ。

心の中で声援を送り、俺は会話を再開した。


「まー気持ちは分かるけど、きゃっきゃうふふすんのは後にしてくれやそこの三人。まずはこれからアイツどうするか、だろ?」

 

俺の言葉に、寄り掛かっていた女二人は慌ててのぶやんから身を離し、居住まいを正す。揃って顔真っ赤にしてそっぽ向いて咳払い。可愛いモンだ……っと、俺が脱線してどうするよ。思考切り替え切り換え。

 

正直そっとしておくべきかとも思うんだがね、最近西の字どうもおかしな事に巻き込まれてばかりだから、またぞろヘンな状況へ放り込まれかねない。その時あのままだったりしたら場合によっては致命的な事になる。それが分かってて放っておくのは人としてどうよ、そういう感じだなうん。

ぶっちゃけアイツが下手うって俺らにとばっちり来るのは御免被るし。


「そういう事でさ、何とかしてやった方がいいと思うんだが……そこんとこどーよさっきから気もそぞろなおっきい人」

 

流石に仮称で呼ぶわけにもいかないからそう俺は呼びかける。ぽりん(仮)ちゃんは俺の声に一瞬ぴくりと身を震わせてから振り返り、憮然とした顔で言う。


「夏川だ、夏川 かりん。夏川でいい」

 

おお、初めてまともに名前を聞いたような気がする。そっか下の名前かりんだったのかニアピン賞だったな俺。それはそれとして、彼女を話の輪に加わるよう促し俺たちは相談を再開した。


「しかし、何とかしてと言ってもどうすればいいのか、俺様には見当もつかんぞ? そっち方面の経験値は無きに等しいからな」

「安心しとけ最初から期待してない。あと秋沼ちゃんもな。とどめ刺しそうだし」

「……ちっ」

「露骨に舌打ちすんなアンタは。まあこういう場合、愚痴だけでも聞いてやれば大分気が紛れるもんさね。後は時間だよ」

「あ〜、じゃあさ夏川ちゃん、アイツの話聞いて……」

「アタシはパス。その……苦手なんだ、そういうの」

「あ、そ、そうなんだ」

 

さりげなさを装って夏川ちゃんの出方を窺ってみるが……どうにも芳しくない。心配してないわけじゃあなさそうなんだけど、何というか、一歩退いたところに居たいみたいな雰囲気がある。ここで無理強いしても無駄だな、そう判断した俺は他に誰かと周囲を見回すが……。

 

旦那、秋沼ちゃん。さっきも言ったとおり論外。

 

のぶやん、冬池ちゃん、春沢ちゃん。性格能力共に問題はなさそうだが、今の西の字にこいつら当たらせるのは喧嘩売ってるのに等しい。

 

って事は。


「適任なのは……」

「一人だけ、ですよねえ」

 

どうやら同じ結論に至ったらしく、冬池ちゃんと春沢ちゃんが揃って視線をこちらに向ける。みなまで言うな、分かってるよ。俺しかいないじゃんこの状況じゃ。

やれやれと脱力する。そんな俺の姿を見たのぶやんが「……すまない、頼む」と言って頭を下げる。西の字一番の親友としては直接力になりたくてもなれないという事態が歯がゆくあるのだろう。まあその、気持ちは、分かる。

 

どうにも、まいったねこりゃ。西の字にどうやって話し掛けようと考えながら、俺はソフトハットのズレを正した。



 













まあそんなこんなで、落ち込んでいた西の字に対し口八丁を駆使して、俺の所属する料理愛好会が絶賛活動中の家庭科室に連れ込んでみたわけなんですけれども。


「……カルピスの原液で泥酔した挙げ句酔いつぶれるってどういう事よ」


溜息と共に台詞を吐き出して、俺はすっかり夜の帳が下りた家路をとぼとぼと歩く。

背中には、すぴょすぴょと可愛い寝息を立てている西の字。つぶれたのを放っておくわけにもいかないんで連れ出したんだが、実はここで一つ問題が発生していた。

 

俺、西の字の家知らねえ。

 

家の方に連絡を取ろうにも、コイツの携帯ロックがかかっていて使えないし、のぶやんは携帯を持っていないようなので連絡が取れない。一応旦那にも聞いてみたが当然のように知らないとの事。女性陣には携帯の番号すら聞いていない。

こいつは、困った。呑気に可愛い寝顔を見せている西の字にちょーっとむかつきながら、途方に暮れるしかない俺。

 

まったく本当に……まいったねこりゃ。


 




思えばここから全てが始まっていたのかも知れない。いや、とうの昔に始まっていたのだろう。

 それも全て後から気付いた事。当然ながらこの時点の俺は、迫り来る嵐の気配なんざこれっぽちも感じられなかったんだ。



 













……っと、忘れてた。俺の名は南田 香月。

 これから下らねえ騒動に巻き込まれる事になる、どこにでも居そうなちょいと小粋な伊達男だ。






 

と、いう事で調子こいて続編を投稿する運びとなりました。


しかも大胆にも主人公入れ替え。良いのか自分、大丈夫か自分。プロット通りに話進められるのか自分!


などなど不安もございますが、ここまで読んで頂いた皆様、どうか最後までおつきあい下さるよう、お願いいたします。





しかし同時にもう一本平行とか正気かい自分。

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