Scene 4 駅長室
ドアがノックされる乾いた音が駅長室に響き、紫檀のデスクに着いた駅長が手元の書類に落としていた視線を上げてメガネの蔓に指を掛けて、落ち着いた声ではっきりと入室を促す。
「入り給え」
「失礼します」
ツクシはよどみない動作で入室し駅長の姿を確認すると、部屋の中央、デスクの正面に歩を進めて、駅長に礼をする。
「ウェストエンドから来ました。運行管理士のアマミヤ・ツクシです」
「やぁ いらっしゃい。よく来てくれたね。ファーイーストターミナルの駅長のハワード・エーカーだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
ハワードは右手を差し出し、ツクシも三歩前に出て握手を交わす。
「話は聞いているかね?」
「はい。向こうを発つ前に少しだけ、廃線の復旧をするために出向して業務に当たるようにと。こちら、ウェストエンドの駅長から書簡をお預かりしています」
「ああ、ありがとう。それなら話は早い」
ツクシが肩に斜めに掛けている管理士の鞄から書簡を取り出しハワードに渡す。
ハワードは書簡を受け取ると表裏の表記と証印を確認してデスクの端に置き、もう一度ツクシの顔を見ると、照明をきらりと反射する眼鏡の奥で目を細めた。
「そこに掛けて、少し待っていてくれるかね」
ハワードが駅長室の角、外壁と天井の三面がガラス張りになった空間に置いてあるソファに眼をやると、ツクシは「はい」と返事をしてそちらに向かう。
ツクシがソファに座るのを待って、ハワードがデスク上の電話の受話器を取って短く指示を出し、デスクの引き出しからファイルを取り出す。
「コーヒーか紅茶、どちらがお好みかな?」
「ありがとうございます。私でしたら、お白湯で結構です」
「ははは、わかった。では私も白湯にしよう。淹れるのも面倒だしな」
穏やかに遠慮するツクシにハワードは笑いながら応じ、席を立ってソファに近づいてツクシにファイルを手渡す。
「これがその廃線の復旧計画の資料だ。目を通してくれ」
そう言うと壁際のキャビネットに向かい、置かれた水差しからポットに水を注ぎ、スタンドに乗せてアルコールランプの火に掛ける。
静寂の中ツクシが資料をめくる音だけが響き、そのうちポットの湯が沸騰する小さな音がコポコポと鳴り始める。
ハワードはアルコールランプにキャップを被せ、ポットの湯を二つのソーサーに乗せたティーカップに注ぐ。
「待たせたね」
「いえ…… ありがとうございます」
恐縮するツクシを意に介さないようにトレイに乗せたカップを応接テーブルに移し、自らも対面のソファに座る。
「どうかね?」
「ええ、良い計画だと思います。この地域の物流に貢献できれば、近い将来には一次産業の中心になるでしょう」
「ふむ、その通りだが、君自身は、どう思う?」
ツクシは要領を得ない漠然とした質問に少し思索し、ハワードの表情を見ながら真意を読み取る。
「やりがいのある仕事で、楽しそうですね」
「良い答えだ。計画に疑問や懸念事項はないか?」
ツクシの明快な答えにハワードが目を細めて口角を上げる。
「それは、運転士さんのことをおっしゃっているのですか?」
今度はすぐに真意を察し、質問を返す。
「ああ、まぁ、そうだな。これは君の了承が必要な事だからな」
「私としましては、規則を守っていただける真面目な運転士さんなら問題ありませんが――
駅長室に再びノックの音が響き、ハワードが立ち上がる。
「入り給え」
返事を待って重厚なドアがガチャリと開かれ、運転士の制服を着た少年が入室する。
「失礼しますっ! ピーター・アシュフォードです!」
「忙しい所呼び立てて悪かったね」
ハワードが皮肉っぽく言い、にやりと笑う。
「えっ、えーと…… そんなことは……」
「コーヒーか紅茶、どちらが好きかね?」
ピーターの言葉を遮り、続けて質問する。
「駅長、そんなっ、お構いなく!」
「遠慮しなくて良いぞ」
「じゃ、じゃあ、コーヒーを……」
そう答えた瞬間、ソファから立ち上がってピーターの方を見ていたツクシが口元を押さえて「ぷふっ」と小さく噴き出すと、ピーターもツクシの存在に気づいて目を丸くする。
「あれっ、ツクシさん。なんでここに?」
「おや、知り合いだったかね?」
キャビネットの前に立ったハワードが不思議そうに聞きながら、再びアルコールランプに火をつけポットを火に掛ける。扉を開けてサーバーとドリッパーを取り出してポットの横に置き、ガラス瓶に入ったコーヒー豆の粉をスプーンですくってドリッパーに入れた。
「ええ、駅で迷ってしまって、ピーターさんにご案内していただいたんです」
「ほう、君もたまには役に立つじゃないか。ニート君」
ハワードは二人に背を向けながら愉快そうに皮肉を言う。
「駅長まで…… お人が悪いですよ。運転士の仕事がないのは僕のせいじゃありませんから」
「ああ、喜べ。今日は待望の仕事の話だ。そこに掛けてツクシさんに資料を見せてもらいなさい」
その言葉を受けてツクシはピーターに笑顔を向け「どうぞ」と長ソファの隣を開ける。
「へっ? はいっ!」
ぎくしゃくした動きで先に座ったツクシと限界まで距離を取るようにソファの端に座る。その際テーブルの上の透明な液体の入った二つのティーカップを見て顔を伏せた。「気にしなくて良いんですよ」とツクシが囁く。
「これが資料です。この計画を実行する運転士がピーターさんで、運行管理士が私になるようですね」
「ああ、その通りだ。察しが良くて助かるよ」
ポットの湯をドリッパーに静かに注ぐと室内に甘く香ばしいコーヒーの香りが広がる。
ピーターは受け取った資料を開き内容を読み込むように目で文字を追う。
そして、ある個所に目を止める。
「ええっ!? あの、これっ…… 編成に宿泊車両が含まれてて全三十日の運行計画になってるんですけど……」
「ああ、その通りだが?」
こともなげに言うハワードがサーバーからカップに移したコーヒーをトレイに乗せて二人の座るソファまで運んでピーターの前にカップを置き、笑顔で先ほどと同じソファに腰を下ろす。
「この計画で君は原子力蒸気鉄道の車長として運行管理士のツクシさんと三十日間生活を共にして貰うことになるが…… 不服かね?」
「いっ、いえっ! 決して不服などはっ!」
「それでは、改めてよろしくお願いします。ピートさん」
「はいっ! ツクシさん。必ず幸せに……じゃない、計画を成功させましょう!」
ピーターの反応に笑いながら右手を差し出すツクシに、ピーターは顔を真っ赤にして握手を返した。




