第四話:持つべきものは悪友(トモ)
本日3話投稿する中の2つ目です。
ここは……? 身体が動かない!? 見上げる形でひかりの顔、そして染みのない綺麗な上半身が目に入る。後ろ手で縛られている状態で、膝枕をされているようだ。何でこんな事に!?
「ひかり! これを解いてくれ!!」
「あら、息子ちゃんが起きたみたいよ?」
声のする方向へ首を捻る。ひかりのお母さん……、真っ白なワンピースを着ているが所々血が跳ねて、赤い染みが点々としている。
「英雄……、スマン、俺の考えが甘かったせいで……」
親父の声、首をさらに捻っても、親父の姿は見えない。
「親父! どういう状況か説明しろ!!」
「この女はおrグッ!! ガハッ!!」
親父が殴られている……? 俺みたいに縛られているのか!?
「私から説明してあげるわ、ヒデちゃん。あなたのお父さんと私は運命の赤い糸で結ばれているのよ。でもね、私の両親が別れなさいって言ったの。それだけでね、この人は私から離れて行ったのよ、酷いと思わない?」
「違う! そいつは俺のすとーkウッ! ガッ!!」
「比呂、ちゃんと手加減してよ? 種がなくなったとはいえ、楽しむ事は出来るんだから」
比呂? 親父を殴っているのは比呂なのか……!?
ひかりのお母さんがこちらへ近付いて来る。親父が声にならない叫びを上げるが、それさえも比呂によって遮られる。
裸のひかりに膝枕をされている俺の顔の前に、ひかりのお母さんがしゃがむ。……、何で下着を履いていない!!? こんな状況なのにも関わらず、見てはいけないような気がして目を閉じた。
「あら、やっぱりお堅い性格なのね? ひかりが手こずるわけだ。中二なんてヤりたい盛りでしょうに、穴を開けておいたゴムもご丁寧に捨てて。ちゃんとひかりの周期を確認してけしかけてるこっちの身にもなって欲しいわ」
この女は何を言っているんだ……?
「比呂! その女をどうにかしろ! 俺を拘束を解け! 親父にもう手を出すな!!」
「そうね、種なしになった父親の代わりを、あなたがしてくれると言うのならもう手を出させないようにしてあげるわ。どうかしら?」
さっきから種だ種なしだって何の事を言っているんだこいつは……?
「私はただね、愛する人の子供が欲しいだけなの。愛していない人の子供を何人産んでも、それはただの子供なの。私は愛している人の子供が欲しかった。ただそれだけなのよ? それなのに、英一君ったら抱いてもくれないんだもの」
気が狂ったように親父が叫びまくっている。
愛していない人との子供はただの子供……? それひかりの事を言っているのか……? 本人の目の前で何を言ってやがる!!
「あなたが生まれる前の話を教えてあげるわ。私は英一君を愛していた。大学にお弁当を作って持って行って食べさせてあげたり、一緒に映画を見に行ったり。でもそんな幸せな日々は続かなかった。私の両親によって引き離されてしまったのよ。でもね、それにすんなりと応じた英一君もどうかと思うの。大学を卒業してすぐにどこかへ行ってしまったわ。私を置いて、ね」
おかしい、親父の話と違う。親父の話しぶりだと親父とお袋は大学在学中から付き合っていたはずだ。
親父が二股していたとは、身内の贔屓目を引いたとしても考えられない。つまり……。
「ストーカーから逃げただけだろ。何が愛だ、自分勝手な感情の押し付けじゃねぇか」
笑みを浮かべていたひかりの母親の顔が無表情に変わる。図星か。
「ストーカーに逃げられて? 娘を親父の実家の道場に通わせて機会を窺って? さぁ今だってか? 十何年来のストーカーとか怖いよ、娘を妊娠させるよう仕向けるとか理解出来ねぇ。ひかり、この縄解いてくれ。俺がお前の母親を正気に戻らせてやる」
ひかりはさっきから何も言わない。母親と同じ無表情で、じっと俺の目を見続けている。
「ひかり、お前のお母様は間違ってる。俺達はこうならない。こんな事があっても俺はお前と向き合い続けると約束する。だから今はこの苦難を一緒に乗り越えよう。俺がお前のお母様を殴ってでも正気に戻らせる。だからこの縄を解け!!」
俺の両肩に置かれていたひかりの手が震えている。今までお母様の言う通りに、言い付け通りに生活して来たのだろう。無意識的な刷り込みや、行動を抑制されたり強制されたりもあったんじゃないだろうか。
でないと思春期の女の子が、自ら男に肉体関係を迫るなんて考えられない。
「ひかり、ダメよ? 英一君がパイプカットしちゃったんだもの。最初の睡眠薬の時で当たってれば良かったんだけど、その子も愛する人の愛する子供だもの。その子から貰う事にするわ。元を辿れば一緒だものね? ひかり、ズボンを脱がせなさい。私が終わったら代わってあげるわ」
「ひかり! 俺はお前を信じてる、絶対にハッピーエンドにしてやる、だから縄を解け!!」
一瞬間が空いたが、ひかりの手は俺のズボンへと伸びて行った……。
あれからどれだけの日数が経ったのか分からない。昼もなく夜もなく、この地下室で上に跨られる日々。反応する自分の身体が嫌になる。親父のは別々で監禁されている為、元気なのかすら分からない。
ひかりもごめんなさいと口では言うが、やっている事は母親と同じだ。ひかりの父親は一体何をしているんだろうか。飯を持って来る比呂に問い掛けても、何も返事をしないので俺達が失踪している現状を外が把握しているかどうかすら分からないでいる。
唯一の希望は海外で空手を教える旅に出た俺の爺さんだが、それもひかりの母親から国内のどこかで軟禁状態にされている事が告げられた。徹底的に俺達親子の心を折って、従順にさせようという魂胆らしい。
ひかりと比呂は悪の手先に下ってしまった。ヒーロー不在だ。
いっその事従うフリをして機会を待とうとも思ったが、その際にひかりの母親にひかりを殴るよう命令された。自分の娘を使って俺を試す、こいつは本当に気が狂っている。もちろんそんな事はしなかった。
俺の上に乗っかるひかりに問い掛ける。
「いつまでもこのままでいいと思うか? これがお前の幸せか? 俺を無理やり従わせて、何か得る物はあるか?」
「いいよ、このままで、いい。もう、ヒデ君以外に、何もいらない。ずっと、このままでいたい」
ダメだ、こいつも所詮はあの女の血を引いた娘か。比呂は答えない、ひかりも会話にならないのでは、この状況を変えるキッカケすら手に入らないじゃないか……。
いや、あきらめたらダメだ。あきらめたら悪に屈する事になる。かと言って自分で現状を打開する術がない。今は外から助けが来る事を信じて待つしか出来ない……。
「ヒデさ~ん! どこだ~!! 返事してくれ~!!!」
「英雄ぉ~! ここにいるなら返事しろよ~!!」
「困ります! お帰り下さい!! そのような方はおりません!!!」
外が騒がしい、どこかで聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。ドタドタと階上を走り回るような音。もしかして、これは助けが来たのか!?
「うるせ~、邪魔すんな! ヒデちゃんがどこにいるか知ってんだろ!? 答えろよ!!」
「そんなヤツは知らん! ここにはいないから出てってくれ!!」
「ウソつけ! 道場から英雄さんが運ばれて行くのを見たって人がいんだ! 乗せられた車はよく道場に停まってる車で、ここのお嬢様が空手に通う時に使う車だってことまで分かってんだよ!!」
「地下だ~!! 俺は地下にいるぞ~!!」
来たんだ、アイツらが助けに来てくれた!! 叫ぶ俺の口をひかりが手で塞ごうとするが、指を思いっ切り噛んでやったらひるんで引っ込めやがった。
「アツシ~!!! リュウタロ~!!! モリミチ~!!! シュージ~!!! ここだ~!!!!!」
バンッ! バンッ! と各部屋の扉が乱暴に開けられる音と共に、移動する複数の足音。家の使用人に阻まれては力任せに跳ね付けているのだろう、壁や床にぶつかる音も聞こえる。来た、近付いて来た!!
バンッ!! と地下室の扉が開けられ、中学の校門前で見た以来のあいつらの顔が見えた。
「えっ!? 何この状況、これってプレイ? それとも逆レイプ?」
「馬鹿! 英雄さんが女に抱かれる訳ないだろ? 無理やりだよ縄見えんだろ!?」
「はいお嬢様ちょっとそこどいて~。服は着ても着なくてもいいよ~」
「ずっと家電が繋がらないから様子を見に来たらこれだもん。ヒデちゃんトラブル体質だからな~」
頼もしい4人の悪友……、そうか、悪友か。その呼び方ならすっと入って来るな。名字や名前の漢字すら知らないこいつらに、どうやら俺は助けられたらしい。
「スマン、親父もどこかに監禁されてんだ、あとその子の母親が黒幕なんだ。何するか分かんない危ない女だから気を付けてくれ」
縄を解いてもらい、立ち上がる。すぐに駆け出したいが、ずっと縛られたから身体がガチガチで、しかも久しぶりに立ったからか立ちくらみでフラフラする。
「おっと肩貸すぜ、無理すんな。上着は貸してやるけど下が裸のままじゃ外出れねぇな。さすがにズボンを貸してやる事は出来ねぇし」
「ヒデちゃんから離れて!! ヒデちゃん、行かないよね? ずっと私と一緒にいてくれるよね?」
「んなわけねぇだろバカヤロー! 助けてくれって言ってんのに母親と同じように跨りやがって、俺を何だと思ってんだ!? そんなに好きならキュウリでもナスでも突っ込んどけクソビッチ!!」
あぁ……、ダメだ、体力がなさ過ぎて叫んだらまた頭がクラクラする。とにかく親父を探さなくては……。
ひかりが床にへたり込んで何かブツブツ言っているが、今はそれどころじゃねぇ。あの女が来たらマズイ、早く親父を連れて逃げないと。
「いたぜ! ヒデさんのお父さんはこっちだ!! 酷いな、ガリガリじゃないですか!? とりあえず縄を解きます。ヒデさんも一緒ですから、ここから逃げましょう」
久しぶりに見た親父は、頬がこけて顔色も悪く、とても空手の師範には見えないような悲惨な状態だった。俺と同じく全裸のまま過ごしていたようで、身体中にうっ血した跡がある。激しい抵抗を続けていたのか。
「英雄、良かった……、無事だったんだな……。俺のせいで……」
「いいから! とりあえずここを出よう、あの女が帰って来たらやっかいだ」
階段を上り、長い廊下を抜けて玄関を目指す。使用人らしき人達は俺と親父の姿を確認すると、みな目を伏せて何も言わない。知っていて何もしなかったんだ、お前らも同罪だ。
リュウタロウが使用人の1人に凄んでズボンを用意させ、素早くそれを履く。パンツがないから違和感があるが、今さらそんな事言ってられん。
玄関から外へ出る。久し振りに見る夕日が眩しい、目がチカチカする……。目が慣れた頃、見慣れた黒塗りの車が俺達に立ちふさがるよう勢いよく玄関に横付けされ、後部座席から比呂とあの女が出て来た。
「どうやら間に合ったようね? どこに行こうと言うのかしら。まだ欲しい物は手に入ってないから、今いなくなられると困るんだけど」
欲しい物、か。モノなんだな、あんたにとっては。けどそれを聞いて安心したよ、望まれない子供は生まれない。
「黒幕のおばさん? 悪いけど英雄は返してもらうぞ。こいつはこんなとこに繋がれたまま尻尾を振るような玉じゃない。いつまでも噛み付き続けるからさ、もう諦めたら?」
比呂がずいっと前に出て来る。やる気か? 悪いが、こいつらはそう簡単にやられるような柔なヤツらじゃねぇ。誰かに命令されて人を傷付けるようなお前に、勝てる相手じゃないんだよ!
殴り掛かる比呂を簡単にいなし、アツシが腹に一発と顎に一発入れて沈める。
「……、いいのかしら? あなたのおじいさんがどこにいるかも分からないのに、2人だけ逃げるの?」
しまった、自分達が逃げる事だけで精一杯で、爺さんの事を忘れていた……! どうする!? この女を縛り上げて口を割らせるか、それとも……。
「うわぁぁぁ!! あんたの言う通りにしたのにヒデ君に嫌われたじゃない!! 何で!? 何でヒデ君が私の事を嫌いになるような事をさせたの!? あんたのせいよ!! あんたのせいで!!!」
裸のまま、ひかりが玄関から飛び出てあの女に殴り掛かる。なまじ空手を習っているせいか、いいのが何発も決まり立っていられない様子で地面に這いつくばった。ひかりはそのまま馬乗りになり、ボコボコと母親の顔を殴り続ける。周りは誰も止めない。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。モリミチが通報してくれていたようだ。
終わった……。未だ殴り続けるひかりを見つつ、俺はその場にしゃがみ込んだ。
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