第二話:英雄とひかりはお付き合いについて語り合った
ひかりと付き合いだして1週間が経った。中学は別々、ひかりが空手の稽古に来るのは週に2回。会うタイミングと言ったら稽古の時くらいしかない。
そう思っていたのだが、学校から帰宅中に黒塗りの車に横付けされ、後部座席のドアを開けてひかりが俺の名前を呼んだ。
「ヒデ君!会いたかった、早く乗って乗って!!」
とても嬉しそうな顔でそんな事を言われたら、いや今からスーパーに買い物に行くんだけどなんて言えないよ絶対。
「お母様がお付き合いした記念にって、買って下さったの!使って下さい」
ひかりが大喜びで手渡して来たのは、携帯電話だった。
自分で持った事がないのでそれほど詳しくないけど、スマホって結構高いんだよな?しかも毎月料金が掛かるんじゃないの?そんな物渡されたたビビるよ。
「こんなもの貰えねぇよ、ひかりから返しとしてくれよ」
「お母様がそうおっしゃるだろうから、と前もって聞いてたよ、だからこれは私のケータイ。ヒデ君にはお貸しするだけ、それでどうかな?」
いや、根本的には同じだろう。
「ダメだって、こんな高いモン借りて壊したら大変じゃん。頼むから返しといてくれよ」
嬉しそうだったひかりの顔が一変、今にも泣きそうな表情に……。
「私と電話するの、嫌?それともわたわた私の他にすすす好きなコがいるとか……」
怖い怖い怖い怖い!下向いたら表情が見えないから余計に怖いってば!
「違うって!ひかりの事は好きだ!!けどそんな高いモン借りるのは、ほら!男としてカッコ悪いだろ!?」
好き?好き……、えへへっ。いやいやいや、ぶつぶつ言うのもヤメテクダサイ。
「よし分かった!俺もうすぐ誕生日だから親父に言ってケータイ買ってもらうよう交渉するから!それまでそれ借りとくわ、それでどうだ……?」
「分かりました!じゃぁこのケータイをヒデ君の誕生日プレゼントにします。これでどうですか?」
小首を傾げ、少し上目使いでこちらを見るひかり。あぁ可愛いなぁ、可愛いけど怖いなぁその目つき。これも嫌だって言ったらまたあの状態になりそうで、俺は頷くしかなかった。
あ、よく考えたら『借りる』から誕生日プレゼントとして『貰う』にランクアップしてしまっていた。墓穴を掘った形だなコレ。女に貢がすような男にはなりたくなかったなぁ……。
「そう言えばひかりの誕生日はいつだ?俺だけ先にプレゼント貰っておいて知らないってのはダメだよな」
「先月だったの、来年を楽しみにしてるね?」
うわぁ、来年までモヤモヤが続きそう。
車が着いた先は古宮家だった。閑静な住宅街にある日本家屋、庭には池もあるし蔵もあるそうだ。ひかりの部屋は母屋から少し離れた小さな一戸建てにあるとの事で、そちらへと案内される。
いつの間に家にお呼ばれする事になったんだろうか。車に乗ったまま気付いたら到着していた。
「どうぞ、こちらへ掛けて下さい」
未だに敬語が抜け切っていないひかりに、ベッドに座るように言われたんだけれども。いやいや、そこに座椅子もクッションもあるじゃん、何でわざわざここなんだよ。
「いや、こっちに座らせてもらうわ」
座椅子へと座ると、ちょっとキョドっているひかりが部屋をウロウロしだす。
あ、お茶の用意するねと部屋から出て行った。そういうのは家にいるであろう使用人さんの仕事では?
1人部屋に残されて、座ったまま首だけ動かしてひかりの部屋を見回す。ぬいぐるみやカーテン、カレンダーなど女の子らしい可愛い雰囲気の部屋で、空気というかニオイが甘くていい香りがする。
正直言って、今まで住んでいた街でも女の子の部屋に呼ばれて行った事があるからドギマギしたり勝手にタンスを漁ろうとしたりなどという事はしないが、今までで一番女の子らしいお部屋だと思った。
まぁ今まで知り合った女が頭も尻も軽いような奴ばっかだったってのが一番大きいけれど。何かと言ったらすぐに股を開こうとするからそのたびに説教をするというのが恒例になってたな。
逆に誰が一番最初に俺を落とせるか競ってたなんて後で聞いたけど、俺らまだ中二だぞ!?としか思わなかった。
ヤっちまったらそれで悪役ヒーローへの道が絶たれてしまうような気がして、決して手を出すような事はしなかった。悪役とは言え、ヒーローはヒーローだ。チビっ子に見せられないような行動はしたくない!という信念じみた感情を守って来た。
「お待たせ~、ヒデ君紅茶は好きかな?」
「おう、ありがとう。砂糖貰えるか?」
角砂糖を1つ入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜる。いい香りだ、頻繁ではないがこの匂いが好きでたまに自分でも入れる。
カップに口を付けて、音が出ないよう気を付けて飲む。おいしい。鼻から抜けるこの感じが何とも言えない。
「おいしいな、この紅茶」
「そう?良かった」
ホっとしたような表情で、ひかりも紅茶を口にする。
「で、今日はどうしたんだ?いきなり家に連れて来られたからちょっとビックリしてんだけど」
おっとまたキョドり出した。何か言い辛い話でもあるんだろうか。
あ~、とかう~とか言ってこちらをチラチラ見たり、スカートの裾をぎゅっと握ったり、落ち着きのない様子だ。髪の毛を撫で、咳払いをし、腰を上げて立ち上がろうとしてまた床に座り直したり、一体何がしたいんだこの子は。
そしてひかりは着たままだった制服のスカート、そのポケットから何かを取り出して、俺に押し付けて来た。これは、お守り……?
「どうぞっ!!」
「いや、どうぞでは何にも分からないんだけど。このお守りは?武道上達のお守りではなさそうだけど」
いやその、あの~えっと……、では何も分からない。
お守りをよくよく見ると、神社で買った物ではなさそうな事に気付いた。これは手作りか?何かぐにょぐにょしているような感触。何か液体が入ってる?
「ひかり、これ開けて見てもいいか?」
コクコクコク、とひかりが頷くので、巾着を開いて中の物を取り出す。小さなジップ付きのポリ袋に、さらに銀色の袋が入っていた。裏側を見ると、これはコンドーム!?
「ひかり、これが何か知ってるか……?」
顔を真っ赤にして、またコクコクコクと頷く。知っていてこれを俺に渡したのか。
「何でこれを俺に渡したのかはとりあえず置いておくけどさ、これ使えないぞ。袋が破れてて中のローションが漏れてる」
「えっ!?」
「もしかしてずっとポケットの中で握ったり触ったりしてたんじゃないか?え~っと、この家に台所はあるか?」
ひかりに台所まで案内してもらい、水道のレバーを上げて袋から取り出したコンドームに水を入れてみる。通常であればパンパンに膨れ上がって水が一杯入るはずなんだけど……。
「ほら、水が漏れてる。穴が開いてたみたいだな」
「穴が……、もしかしてコレを使ってたら……」
使うつもりで俺に渡したのか!?このコ本当に何を考えてんだか。
ティッシュにコンドームとその袋を包んでゴミ箱に捨て、ひかりの部屋へ戻る。万が一家の使用人さんに話を聞かれたらややこしい事になりそうだし。
「ひかり、丈夫に作られているらしいけど、触ったり擦れたりしたら破れるんだ。今後は気を付けるように」
ひかりが大きく頷く。表情は真剣そのもの、でもあれを使うつもりで俺に渡した。ちゃんとどういうつもりだったのかといたださないとな。
「俺達は付き合ってる。いずれはそういう事もあるかも知れない。けど、今じゃないと俺は思う。少なくとも俺は今すぐひかりを抱きたいという気持ちはない」
今後気を付けろとは言ったが、近々俺達で使う予定はないとはっきりと伝える。
ひかりの目を見つめ、続ける。
「ひかりに魅力がないとか、他に好きな奴がいるとか、そんな話じゃないんだ。俺達はまだ14だ。ひかりは15か。どっちにしても早過ぎる。好きだからとか、ヤりたいからとか以上に、付き合ったからにはひかりを大事にしたい。今見たようにこれを着ければ絶対安全ってわけでもないのが分かったよな?」
またも大きく頷く。よしよし、いい子だ。お、ニヘラと笑っている。良かった、これだけ言ってもまだヤろうとするなら関係を見直すところだった。
「セックスをしなくても俺はお前の事が好きだし、セックスをしないからという理由で嫌いになる事はないからな」
具体的な単語を出すと、うっ!と変な声を出してまたひかりの顔が赤くなってしまった。恥ずかしかっただろうによくあんな行動に出たもんだ。
「ちょ、ちょっとお手洗いに行って来ます!」
バタバタと走って部屋から出て行ってしまった。
それにしてもひかりがあんな行動をするような子だとは思えない。誰かにそそのかされたか、中途半端な知識を教えられたか。そして誰にあれを貰ったのか。
とてもひかりが自分で買いに行ったとは思えないし、もしそうだとしても1つしか持ってないって事はないだろうし。まぁ俺も自分で買ったり使ったりした事がないから確実ではないけど。
男は保健体育の授業で着け方とか習うだろうけど、女はどうなんだろうか。
再び部屋に1人残されて、手持ち無沙汰になったので渡されたスマホを触ってみる。
電話帳にはすでに何件か登録されていた。あいうえお順に表示されるんだな、1件目に阿久川英一の名前が表示される。って何で親父の電話番号が入ってるんだ!?ひかりはいつ親父の電話番号を知ったんだろうか……。
次に表示されるのは瀬戸比呂。あいつも携帯電話持ってんだな。で、次がひかりか?古宮ひかりの前に、古宮千影という名前が表示される。誰だろうこの名前。
「いらっしゃい、ヒデ君。スマホは気に入ってもらえた?」
開いたままだったドアからひかりのお母さんが入って来る。彼女の部屋に1人でいるところに、母親が入って来るとか滅茶苦茶気まずい状況じゃね……?
「お邪魔してます。あの~、これわざわざ買って下さったんですよね?こんな高価な物、とても頂けませんからお返ししたいんです」
スマホを絨毯の上に置き、正座をして向き直る。俺の言葉を聞いているのかいないのか、ひかりのお母さんは部屋を見回していて、何かを探しているような雰囲気。もしかしてヤったかどうか確認していたり……。
「あら、娘とお話するのは嫌かしら?」
攻め方が親子揃って同じだな。正座をしている俺に向かうようにして、ベッドへと腰掛けるお母さん。その座り位置止めてくれねぇかな。意識しなくてもスカートの三角部分が目に入る。
「そう言う事ではなく、万が一壊してしまったりしたら大変ですから。俺にはとても弁償出来る物ではないです」
「弁償する必要はないわよ、壊れたら新しいの買ってあげるから言ってね?それと、ひかりが電話に出なかったら千影に電話してね。それ、私だから」
何で前かがみになるんだろう。ひかりの母親だけにこの人も天然なんだろうか。胸元がおろそかになってるのに気付いてほしいんだけど。俺から指摘するってぇのはしたくないし、見て見ぬふりが一番かな。いや見た時点でダメだろ。
「お母様!何してるの!?」
ひかりがやっと帰って来た、助かった!ひかりのお母さんから発せられる何と言えない色気に参ってしまうところだった。
「何って、娘の彼氏が来てるんだもの、挨拶くらいするでしょう?」
「もうっ!いいから出てって!!」
ひかりがお母さんの背中をグイグイ押して部屋を追い出す。こっちを見て笑顔で手を振っていたので、思わず振り返した。
「はぁ……、ヒデ君ごめんなさい。お母様もヒデ君が来てくれて嬉しいんだと思うの。怒らないでね?」
「嫌ではないから大丈夫だけど、正直ひかりがなかなか帰って来ないからどうしようかと思った」
あのまま帰って来なかったら、お母さんを振り切ってでも家へ帰っただろう。
「でも何かお母様の顔、生き生きしてたなぁ。何かいい事でもあったのかな」
ひかりが独り言のように呟く。その変化を感じれるほど、俺はひかりのお母さんの事を知らないから分からなかった。ちょっと娘の彼氏をからかうか、って感じならしっくりとくるけども。
「ひかり、ぼちぼち時間も遅いから帰るわ。まだ夕食の買い物もしてねぇし、稽古にも出るつもりだから」
ひかりが運転手さんに頼んでくれて、家の近くのスーパーまで送ってもらう事になった。ひかりも車に乗って送ってくれるように言っていたのだが、途中でまたもやお母さんと遭遇して一緒に車に乗りそうな雰囲気だったので、ひかりが押し留めている間に車を出してもらった。何か逃げているみたいで変な感じだ。
スーパーで買い物をし、やっと家に帰って来た。親父は家にいないようだ。
買って来た食材を冷蔵庫に片付けていると、線香の香りがするのに気付いた。お袋の仏壇からだ。親父にしては珍しいな、滅多にそんな事しないのに。湿気ているのか、少し変な臭いだ。
そう思って親父の部屋を覗くと、仏壇に飾ってあるお袋の遺影が下向きに倒れていた。何と不吉な!普段しない事をして、手が当たり倒してしまったんだろうか。でも倒れたら気付きそうなもんだけど。母さんを大事にしろよなクソ親父が。
ちゃちゃっと親子丼の下準備をし、後は仕上げをすればいい状態で置いておく。親父が出先から帰って来たようだ。部屋で道着に着替え、そのまま道場へと向かって行くのが見えた。
もうそんな時間か、俺も着替えて道場へ顔を出さないと。
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