第一話その2:古宮ひかり
道場へ迎えに来てくれたお母様と2人、夕食を済ませてから家へと帰った。
英雄様とのお付き合いが始まり、これからの事を考えるとドキドキして胸が苦しくなる。あぁ、お声が聞きたい……。そうだ、お家の電話番号を教えてもらったんだった!
自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けて携帯で電話を掛ける。
『もしもし阿久川です』
「英雄様!私です、ひかりです!!」
すぐに出て下さった、もしかしてこれから私に掛けようと思われていたところだったのかも……♪
『ああ、ひかりちゃん。今お母さんから頂いたハンバーグを食べ終わったところだ。ご馳走様でした』
「ハンバーグですか?」
『うん、お母さんがシェフが作ったハンバーグよって言ってたけど?』
うちのシェフが作ったハンバーグ?お母様はどうやって用意したのだろう。
「おかしいですわ。今日は父がお仕事で遅くなるから母と2人で外食したんです。ですのでシェフは今日午後からお休みされていると思うのですが……」
『昨日の残り物って事は?』
「昨日はパスタでした。あ!もしかしたら、母が自分で作ったのかも知れませんね。お気を遣わせないようにとそうお伝えしたのかも」
お母様が人様へ残り物を渡すとは思えないし、私がお世話になっている先生に対してお礼を兼ねてハンバーグを作ったのかも知れない。シェフの手前、頻繁に料理をされる訳ではないけど、お母様はお料理がお好きだから。
『あのハンバーグお母さんの手作りだったんだ。すげぇおいしかったよ』
「そうですか、母にそう伝えさせて頂きますね」
『うん、親父も美味そうに食べてたよ。ハンバーグなんて滅多に作らないからな』
「まぁ!英雄様はお料理されるのですか?」
すごい!英雄様はお料理をされるのね、これは私もお母様から習わないと。そして手作りのおかずを空手のお稽古の日にお渡しすれば、ちょ……、ちょっとお嫁さんっぽいよね!?
『ちょっとだけな。ちゃちゃっと作れるモンだけ。あのさ、その英雄様って呼び方止めねぇ?ひかりちゃんは当たり前なのかも知れないけど様付けで呼ばれたら何か喉の奥が痒くなって来るわ』
「え?あぁ、そうですか……。では何とお呼びすればよろしいでしょうか」
英雄さん?英雄君?ヒデちゃん?あなた?旦那様?ぱぱぱぱぱぱ、パパ……?
『呼び捨てでいいぞ?比呂には呼び捨てだし、敬語も使ってねぇだろ?』
「比呂は幼馴染ですから……、でもそうですね。ではヒデ君と呼んでもいいかな?」
ヒデ君、ふふっ。ヒデ君、ヒデ君、ヒデ君。
『ゴメンひかり、片付けや何やかんやしねぇとダメだからさ、ぼちぼち切るわ』
「ひかり……、そうですね。遅くまですみ、いえ、遅くまで付き合わせちゃってゴメンね。お休みなさい」
『ああ、お休み』
プチ、ツーツーツー……。
「きゃ~~~~~~~~!ひかりって、ひかりだって!!きゃ~~~~~~!!」
コンコンコン、ガチャ!
「どうしたのひかり!?何かあったの!!?」
嬉しくて思わず出た叫びを聞いてか、お母様が部屋に入って来た。この時間、いつもなら自室で過ごされるはずなのに、離れにある私の部屋に来るのがちょっと早いような気がする。気のせいかな?嬉しくて叫んでしまうほどですもの、今の私はちょっとおかしいかも知れない。
「違うの、英雄様……、ヒデ君が私の事をひかりって、呼んでくれたのが嬉しくって、つい……」
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。ベッドの上の掛布団めがけてダイブして、頭ごと隠れる。
「も~~、何よそれ……。嬉しくって声が出たって事ね?はぁ~、若いわねぇ」
お母様が私のベッドに座り、背中を撫でてくれる。お母様でもこんな経験があるんだろうか。
あ、そうだ、ハンバーグの事を聞いてみよう。
「お母様、今日ヒデ君にハンバーグをあげたんですか?」
ニコリと笑って、私の髪の毛を指で梳くお母様。
「ええ、親子お2人だと何かと大変でしょうし、私もお料理出来るし、ね?女は気遣いが出来ないとダメなのよ?」
気遣いか、今までこれほどまでに誰かの事を好きになった事がないから、そんな事考えてもみなかった。
「お母様、私にお料理教えて下さる?私に教えるって事だったら、シェフもお父様も悪い気しないでしょう?そして作った物をヒデ君にあげれば、誰もが嬉しいと思わない?」
これは花嫁修業よ!いつかヒデ君の本当のお嫁さんになる日の為の練習なの。それに、ヒデ君の好みの味を知る事も出来る。先生とも仲良くなれるし、私がヒデ君のお家でお料理して、3人でお食事する日が来るかも知れないわ!!
「……、そうね、じゃぁ教えてあげる」
やったぁ!たまにしかされないけれど、お母様の作るお料理は本当においしい。シェフとはまた違う味付けで、何より愛情をたっぷりと入れて私とお父様に作って下さるからだと思う。そんな愛情たっぷりのお料理を、私もヒデ君に作ってあげたいわ。
「ところで、ヒデ君も携帯電話を持っているの?」
む、お母様までヒデ君って呼ぶのは少し嫌だな……、でもお母様のお許しがあればお父様だってお付き合いを認めて下さるはず。ここは我慢するところかな。
「いいえ、お家の電話番号を教えてもらいました」
「そうなの……、それじゃぁ2人が付き合いだした記念に、私からヒデ君に携帯電話をプレゼントさせてもらうわ」
何ということでしょう!2人の事を認めてくれるだけじゃなく、こんなにも応援してくれるなんて!!私は思わずお母様に抱き着いてしまった。
「お母様、大好きっ!」
ふふふっ、と笑いながら、私を優しく包んでくれる。それから、お母様は大事な話があるの、と言って私の身体をゆっくりと離した。
「いい?これはお守りよ。中に大事な物が入っているわ。開けてみなさい」
神社に売っているようなお守り、その中に何かが入っていると言う。巾着になっているお守りの紐を緩めると、何かが入れられたチャック式の小袋が出て来た。この中身も銀色の袋のようで、手触りから何か入っているのが分かる。
「これは……?」
「避妊具よ」
ひにんぐ……?ってええええええ!?
「良く聞きなさい。男女が付き合うっていう事は、そういう事も含めての関係になるっていう事なのよ。あなたはまだ分からないかも知れないけれど、好き同士の男女が一緒にいれば、それは自然な事なの。でも自分がまだ私達親の保護の元で生活しているって事を忘れちゃダメよ?だから、これはお守り」
頭が真っ白で何も考えられないけれど、お母様のお話はすっと私の心に入って来た。
好き同士であれば自然な事。
男女が付き合うっていう事はそういう事。
ヒデ君も、私の事をそういう目で見ているのだろうか……?
その後、またお母様と2人でお風呂に入った。湯船に2人でゆっくりと浸かり、お父様にはとても聞かせられないお話をいっぱいした。
どうしよう、私は上手く出来るだろうか……?
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