chapter 05[tear]
そんなある日のことだ。僕は聞いてしまったんだ。
セロンの話し声を、三階の書斎で――。
正直いうと、最近見るようになった夢は怖い。きちんと寝付けなくなっていて、目の下にはクマができた。それを知ったセロンは落ち着いて眠れるようにミルクを用意してくれるんだけれど、やっぱり眠るのが怖くて、こうしてお屋敷の中をウロウロするんだ。
「ウィルはまだこちらの世界には来られない。」
話の内容からして、僕はきっと近いうちに魂を抜かれてしまうんだろう。こういう日が来るとなんとなく判っていた。だってセロンは幽霊屋敷の主人なんだから。夢の中に出てくる白い手や女の人はきっと彼が仕向けたものだ。僕を……精神的に追い詰めるために。
だったら優しくしなければよかったのに……。
ああ、でもそれこそが彼の策略なのかもしれない。現実と夢の中の立場が違えば違うほど、恐怖はずっと大きくなるから……。
……わかってた。
セロンは僕の命を狙っていると判っていたハズだった。
だけどいざとなるとやっぱり悲しい。
キスなんて、してほしくなかった。
力強い腕のぬくもりも、知らなければよかった。
だって胸がこんなに苦しい。
涙が、溢れてくる。
ドアの前で立ち往生していたら、不意に視界が広がった。目の前にはセロンがいる。だけど悲しすぎて彼の顔を見ることができない。
「ウィル! 来ていたのか」
「僕は……」
そうだ。僕は罪人。殺されて当然なんだ。
誰かに殺されるのなら、セロンがいい。
そう思うのはきっと、僕がセロンを愛してしまったからだ。お姫様抱っこされてドキドキしたり、キスされて体が熱くなったのはそういうこと。
だけど彼は違う。僕なんかを愛しているんじゃない。キスに深い意味なんてない。ただ魂が欲しかっただけ。この想いは報われない。それでも僕は……。
「セロン、僕は貴方が好きです。たとえ貴方の目的が僕の命であっても、それでも僕は――」
「ウィル?」
「僕は『まだこちらの世界には来られない』って誰かと話していたじゃない!!」
「ああ、聞いていたのか。彼女と話していたんだよ」
「彼女?」
「もういいよ、入っておいで」
首をひねっていると、炎もないのにセロンの背後から白い煙がふわっと舞い、やがてそれは人の形になっていく……。
「貴女は――」
現れたのは、綺麗な黒髪の女性だった。
(あれ? だけどこの人、どこかで見たことがある)
「君の母親、ジュリエッタだよ」
「お母、様?」
セロンに言われて瞬きを繰り返す僕は、信じられない気持ちでいっぱいだった。
たしかに、僕はお母様に似ていると言われていた。黒い髪に長い睫毛。線の細い体。言われてみれば確かにそうかもしれない。
だけどこの女性が僕の母親だなんていったい誰が信じられるだろう。
「一度でいいから君を抱きしめたいのだとぼくの所に相談に来てね」
「お母様……?」
(本当に?)
尋ねれば、女性は静かに微笑んだ。
思い出すのは夢の中の出来事。
僕に向かって青白い腕が伸びてきたり、眠っている僕を見下ろしていたり……。
それって、それって。
(まさか!!)
最近見るようになった夢はお母様?
僕を殺しに来たのではなく、抱きしめてくれようとしていた?
見下ろしていたのは見守ってくれていたの?
今までずっと?
「ああ、お母様……僕、僕は……」
瞼が熱い。涙が止まらない。
――わたしの可愛いウィル、どうか幸せになって。
ふんわりと僕の耳に届く。目を開ければ、そこにはもう、お母様はいなかった。
きっと愛していると伝えたかったのかもしれない。
『母親殺し』と自分を罵っていたからお母様は心配してくれたんだ……。
(ああ、お母様……)
お母様は僕を憎んではいなかった。ずっと愛してくれていた。
視界が滲む。涙が頬を伝う。だけどこの涙はとてもあたたかいもの。胸がじんわり熱くなる。しゃくりをあげて蹲る僕の頭を大きな手が撫でてくれる。
この手はセロンだ。彼の優しい仕草がまた、僕の胸を熱くする。
「名指しで君を指命しなかったのは少しでも村人達に罪悪感をもって貰いたかったんだが――どうやらぼくが思っている以上に彼らはずっとまともだったようだ」
セロンが遮光カーテンを開けると、松明を持った父様を先頭に、皆が列を成して押し寄せる姿が見えた。
「さて、君はどうしたい? 彼らと村へ帰るか――。ぼくといるか――。君が察している通り、ぼくはこの世の人間じゃない。あの世とこの世を結ぶ存在。時の管理者。いわば死神のようなものだ。当然、ぼくを選べば彼らの時間軸とは異なる世界で生きることになる」
どうしたいかなんて決まっている。だって僕はセロンを愛している。生まれてはじめて死にたくないって思った。僕の中でセロンが大きくなっている。離れたくない。
「セロンと一緒にいたいです」
「君の父上とは二度と会えない可能性だってあるんだ」
「構いません。ご迷惑ですか?」
「いや、迷惑なわけがない。ぼくこそどれほど君に会えることを心待ちにしていたか」
「っひゃ!」
僕の体が宙に浮いた。
僕はまた、セロンにお姫様抱っこをされたんだ。
見上げれば、オリーブの瞳が僕を見下ろしている。
セロンはやっぱり格好いい。
見惚れていると、セロンとの距離がずっと近くなった。
額、頬、それから唇に口づけが落ちてくる。
「愛しているよ、ウィル。だが困ったことに、どうやら今日も十分な睡眠を与えてあげられそうにない」
セロンは本当に困った様子で、うーんと低い唸り声を上げた。
END




