『Diapason』 LIVE
「陽菜乃ちゃん、それに皆様 本日は『Diapason』にお越し下さり、誠にありがとうございます」
ヘアーサロンの中に入るや夏江さんが満面に笑みを湛えて私たちを出迎えてくれた。
午前中にクローズして今日の撮影のために装われたサロン内は、前に来た時と比べてガラリと雰囲気が変わっているように感じられた。
「のっち! おっはよっす! 今日はいつにも増して乙女顔してるっすな......ムムッ その柔肩で支えている男前の兄やんが、そんな顔にさせている張本人っすかあああ!」
いおりんが必要以上のテンションで挨拶してくる。
「陽菜乃ちゃん おはよう! いおりんの言う通り、ばっちり極まってるよ! その調子で今日は張り切って行こうね!」
心々菜ちゃんも胸を躍らせているのか快活に声を掛けてきた。そして私に寄り添っている孝に視線を注ぐ。
「初めまして......陽菜乃ちゃんとは生涯を通してベストフレンドでありたいと願う神林 心々菜と言います。陽菜乃ちゃんの思い人が貴方のような素敵な人で、本当によかった」
心々菜ちゃんは、いくらか頬を染めながらもストレートな気持ちを告げる。可憐でいて、しっかりとした芯の通った彼女は近くに居てくれるだけで安心感を与えてくれる。
「二人のツーショット画像を見て、姉もちょっと前まで同じ学校で過ごしたクラスメートがこんなところで脚光を浴びているよって、それは騒いでいましたよ!」
朱里さんも『Diapason』のブログを見たんだ......今は『陽一』じゃないけど、憧れのあの人に気に掛けられている。それはあのまま『陽一』だったのなら決して起こり得なかった事象。そして今こうして孝の隣に居ることも当然なかった。
あの人の妹と出会う。それってどんな思いを抱くのだろう。私みたいに大騒ぎしちゃうのかな。隣に立ち肩に触れている頭ひとつ高い孝の様子をチラリと窺う。
複雑な思いを胸に飄々とした様子でいる孝の反応を待つ。
「神林の妹さん? 心々菜ちゃんか......初めまして。そして君が渚ちゃんだね。他の人たちからも大概、半端のない感じを受けるけど、二人からはこいつに対する揺るぎない信頼を誰よりも感じるよ。君たちのような友達と巡り合えた事に、代わってお礼を言わせてもらう。ありがとう......そしてこれからもこいつをサポートしてくれるかな」
特に騒ぎ立てることもなく、余計なことも言わずに孝は私の髪の後ろに手を当て一緒になって二人へ、力の入ったお辞儀をした。
大切な友達......数奇な運命を辿り、出逢ったかけがえのない人たち。その中でも心々菜ちゃん、いおりんとは前世からの定めといった特別な何かを感じる。
孝の思い遣り......頭を下げていたためにフロアに零れてゆく涙を見せずにいられた事を感謝した。
「バカ、お前は本当に泣き虫だな。そんなにすぐに涙を流すヤツがいるかよ。そんなんじゃ化粧してた日には、エラいことになるぞ......はははっ」
人が感傷に浸っているのに、ばらすヤツがいるかよ。目を指で払いのけながら睨みつけてやろうと顔を上げると、それは楽しそうな顔でこちらを見ている皆に気がつく。
「のっちはそれでいいんっすよ! ありのまま、自然体でいるのが二つ名所以の癒し手なんっすから」
心々菜ちゃんがハンカチを差し出してくれる。そういえば朱里さんにも前に泣いてしまった時に同じように渡してもらった事があった。
私を見詰める暖かな微笑みは、顔付きは似ていなくても人をホッとさせる気遣いは本当に姉妹そっくりで、ハンカチの手触りに当時の記憶を思い起こす。
「孝くん! 今日は期待通りに来てくれたのね。よかったわ......陽菜乃ちゃんもお久し振りね。今日はビシッと責任持ってまとめるから大舟に乗ったつもりでいてくれたらいいからね!......って、イタし!」
涙を拭いていると、舞さんが興奮した様子を隠さずに私たちの所にやって来たが、後頭部をビタンと叩かれて驚いた声を上げていた。
「おいおい舞よ。お前はあくまでもアシスタントなんだから、はしゃいで俺とオヤジの邪魔だけはするなよ。撮影は遊びじゃないんだから、そこのところ肝に銘じとく......判ったな」
何やら一目で体育会系に見える筋肉ムキムキの男の人に叱られている。
「もうお兄ちゃん、女子の頭を叩くことないじゃない! 陽菜乃ちゃんがびっくりしちゃったでしょうに......まったくもう。 本当にゴメンなさいね。それはそうと今日の撮影は当『サラシナ写真工房』が抜かりなく成し遂げるから安心してて......って、イタし!」
再度、お兄さんに叩かれお叱りを受けている舞さんを『Diapason』の男性スタッフと思しき人が心配そうに見ている。名札を確認すると『高橋』と記されている。
ーーこの人が舞さんと付き合っている人なんだ。
昔の自分......『陽一』が歳を重ねていたらこんな感じになっていたかも。なんか、ちょっと頼りなさそうな草食系男子に見える。チャキチャキした性格の舞さんとは逆に相性がいいのかな。
それにしても兄妹で仲が良さそうだ。そう言えばここにいるもう一組の兄妹は......いた。
正面には陽一とこのハプニングを見ながら何やら、身振り手振りでノリよく話をしている菜々子がいた。
笑いあったり心配そうな顔を見せる陽一......しっかりお兄ちゃんしているんだね。
それは菜々子にとっても家族としての絆が戻った証。
『陽一』のままでは、まずあり得なかった二人の関係の再生。
ーー陽一、善き兄としてこれからも菜々子を支えていてあげてね。
感慨に耽ていると突如として高橋さんも背中をドヤされ、はわわと叫びながら舞さんの方に向かって体を泳がす羽目になっていた。
そしてガシッと見事、彼女に受け止められる。
「ハッシーよ。彼女のピンチに指をくわえて見てるだけじゃ、男が廃るっすよ。そんな情けない男は、すぐに引導を渡されても文句も言えない......ここは男を見せるところじゃないっすか」
颯爽とジョーさんが現れ、高橋さんを諭す。
「そ、そうですよね。ジョー先輩の言う通り......お、お兄さん! 舞さんに暴力を振るうのはお止めになってくさい! か、か、代わりに僕を......僕を殴ってもらっていいから!......とはいえ、あんまり激しくはしんといてくさい......ね?」
何やら勇気を振り絞って叫んだわりには迫力がちっとも感じられない。お兄さんもそれ以上に怒る気力が失せたのか
「暴力、それに殴るって......お前は俺に喧嘩を売ってるのか。だいだいお前みたいな軟弱なヤツにお兄さん言われる謂われなし! 舞よ、俺はこんなヤツがお前の彼氏だなんて絶対に認めないからな」
「もうお兄ちゃん! いつまで経っても妹離れ出来ないから......そんなんだから彼女も出来ないんだよ! いい加減にシスコンから卒業してよね!」
シスコンじゃねえよ! いいや末期のシスコンよ!と皆が唖然としている中で兄妹喧嘩は繰り広げられる。そこへお兄さんとよく似た、がっしりとした体躯の年配な人が二人の頭をかなりの勢いで叩き、お灸を据える。
「バカヤロウ! ここに何しに来た。撮影をしに来たのだろうが......俺たちは裏方だ。それを客人をほっておいて兄妹喧嘩なんて、お前たちにはプロとして自覚がないのか。恥じる気持ちが少しでもあるなら、今すぐ謝罪して仕事に掛かれ」
シュンと項垂れる二人を横目に高橋さんと成り行きに気をもんでいた、すぐ隣に立つ夏江さんの所に行く。
「すみませんでした。こいつも腕は確かなんですが舞のことになると見境がなくなって、お恥ずかしいところをお見せして本当に申し訳ありません。後でしっかり言い聞かせときますので......おい、手を出せ」
お兄さんと高橋さんを握手させる。それを見たジョーさんが何か閃いたのか、ここに集う男性陣全員を呼ぶ。
私も孝に付き添ってその輪に加わる。
「そうや。みんな手を重ねるんや、今日の撮影はあくまでも女性陣が主役や。俺たちはそれをきっちりサポートする......それだけや。高橋もスタジオの兄やんもほんまに頼むで」
地元言葉になっていることにも気付いていないジョーさんから、今日の撮影に掛ける意気込みを感じ取ったのか、舞さんのお兄さんも見る間に真剣な面持ちとなり、プロの表情を見せる。
「朗らかな気持ちを忘れずに、自分が出来る最善を尽くすのみ! 今日はジャストフィットに極めるから、そこのところヨロシク! せいや、せいや、せやあああ!」
陽一やリョウはそれは楽しそうに唱和してるけど、孝も小さな声ながら、せいや、せいや言ってるのが聞こえてきて思わずクスッと笑ってしまった。
「笑うところじゃないだろう......とはいえ、今からはお前が主役だ。俺はそれを見守っているよ。その笑顔を忘れずに存分に楽しんでこい」
孝の一言でポジティブに気持ちが切り替わる。
「はい。男性陣のエールでお分かりのように、これからは貴女方が主役よ。みんな今日の撮影が一生の思い出になるように気持ちを掻き立て、是非とも一人ひとりが輝きを見せてね!」
夏江さんの力強い始まりの口上に、ここにいる誰もが「せいやあ!」と気持ちを奮い立たせて応じた。
次回、最終話
「それぞれのトモシビ」
宜しくお願い致します。




