母との絆 ~お菓子を作ってみよう!~
「陽菜乃......少し温度を下げて」
しぃちゃんに言われるままIHクッキングヒーターのボタンをポチ、ポチッと押す。
しばらくすると少し焦げる臭いと煙の量が多くなってきたと思うのはきっと気のせいだよね?
「ちょっと!? 火力がMAXになってるじゃないの! 鍋をすぐ外して!」
「ひゃい! ごめんなさい......」
ポコッポコッと泡を立て出した鍋を急いで持ち上げ脇にどかす。
「チョコが危なく焦げるとこだったわよ......なにか普段と違う、しっくりしないと感じたなのらすぐに止めて確かめなさい」
しぃちゃんは顔色を変えると素早くボタンを押す。
うぅ、また叱られてしまった。
昨日のフジヨシ先輩の手伝いひとつ取ってもそうだけど、俺にはクリエイティブな事はどうにも向いていない気がする。今日も『Diapason』に行く前にお菓子作りを教えてもらっていたけど、さっきから失敗続きで自分でも情けなくなってくる。
がっくり肩を落としているとポンポンと叩かれた。
「誰だって初めから上手に出来るわけないんだから、落ち込んでばかりじゃ駄目よ。つい大きな声出してしまって私も悪かったわ。諦めずに回数を重ねれば陽菜乃もきっと上達するからね」
より女性らしく成れるように、やんわり時には厳しく細かなことまで教えてくれる。きつく言われる時もあるけど俺が理解できるまで順序立てて分かりやすく説明してくれる......その事にはいくら感謝してもしきれない。
しぃちゃんは鍋の中身をスプーンですくって味を確かめる。これなら大丈夫そうよと落ち込んでいる俺を励まし、屈託のない笑みを浮かべ続きを促してくれる。
その言葉に救われて思わず握りしめていた可愛らしいエプロンの裾から手を放し、ホッとしながらお菓子作りを再開していく。
オープンに入れる時もあたふたしてしまったり、取り出す際も火傷しそうになりながらも大きな失敗もなく、熱々の生地に先ほど焦がしそうになった鍋に入ったコーティングチョコをスプーンで掛けていく。
時間を空けずにしぃちゃんの合図でナッツや乾燥した果実などを精一杯の早さとなるべく均等になるようトッピングして、取り敢えずは作り終えることが出来た。
「うん! これならしつこ過ぎないし、ラム酒も入っているから男の人でも食べれそうよ。あとは冷蔵庫で冷やしてからラッピングして完成ね」
出来たてホヤホヤを二つに割って味見をすると、もう半分を息を吹き掛け冷まし笑いながらアーンと差し出してきた。
俺が引き気味に黙って見ていると再びアーンと言ってくる。
これは食べるまで諦めないよな......渋々口を空ける。
「ふふっ 愛情いっぱいのトッピングの味は如何かしら......あららっ唇にチョコがついてるわよ」
俺の唇に付いたチョコを指ですくいペロリと舐め上げた。
――そんな艶やかな仕草と微笑みされては自分の母親といえどもドキッとしてしまうじゃないですか!
「陽菜乃の味を堪能したわ......ゴ、ゴホン。そ、そろそろ片付けをしましょうか。後片付けがきっちり出来ない娘はどんなに素敵なものを作っても百年の恋もさめられちゃうからね」
なんか凄く照れてるけど、言ってる事はもっともだ。作ったら作りっ放しはないよな。当たり前のことだけど習慣として出来るようにならなきゃだ。
使った器具類の汚れをある程度落とし、食器乾燥機の中に順番に入れていく。前に鍋を入れて怒られたんだっけ。
今日作ったお菓子はブラウニーを甘すぎないようアレンジしたもの。『Diapason』で撮影があるからお土産として作ったんだけど......味はしぃちゃんのお墨付きだから、持っていっても大丈夫だろう。
――片付けをしながら入院中の孝の事をつい考えてしまう。俺が作ったお菓子を持って行ったら、アイツはどんなリアクションするのかな......。
「はひぃ!? サボらずやっておりますです!隊長!!」
ポジティブな反応を考えては顔がニヤけそうになり、そっけない扱いされて落ち込んでしまったりと手も止まって気もそぞろになっていたのか、しぃちゃんに肩を叩かれてヒヤッとしてしまう。
「なにかをする時は、その事だけに集中しなさいな。といっても母さんは陽菜乃のそんなのんびりしたところも大好きよ。こうして貴女が戻って来てくれて......一緒に料理やお菓子を作ってるなんて今でも夢じゃないかと信じられない時があるの」
独りきりで過ごしていた頃のことを思い出したのか、しぃちゃんは後ろから俺の髪が顔に掛かるのも構わずに強く抱き締めてきた。
「陽菜乃......お願いだから急に私の前からいなくなるなんて間違ってもなしにして......絶対よ」
存在が幻でないことを実感するかのように抱き寄せ、ぬくもりを確かめる。
そうだ。今を当たり前のように暮らしていけているけど、決して俺の本質と呼べるありのままの姿が究明したわけではないんだ。確かに陽一と融合してからの小学、中学、高校を過ごした記憶を持っているし、微かながら幼かった頃の事も思い出せる。
だからといって俺が感じているこの思い出が本来の陽菜乃が実際に体感したものなのか......陽一が接していた陽菜乃を反映し、都合よく作られた記憶の可能性があるのかも知れない。
解らない......リビングの定位置に座っている清流父さんが買ってきてくれたテディベアのくまちゃんに目を向ける。初めて渡された時に感じたひと味もふた味も違う触り心地と温もり、はずんだ気持ちを思い起こす。
それは本来の陽菜乃だけにしか思い出すことの出来ない、かけがえのない追憶のはずだ。
回された腕にギュッと力が込められる。
「そう今の貴女が陽菜乃なの......数か月前までは思ってもみなかった大願が叶い、貴方の加護により私の娘がここにいる」
しぃちゃんは俺と同じようにくまちゃんに目を向け、首に掛けている出流父さんの水晶球が入った巾着袋を静かに見つめていた。
「どうしたんだろうね。今日の私はなんだかいつになく不安定だわ。寝覚めが悪かったのが原因なのかもね......昨日は抱き枕が無かったからそれで......かな」
ますます腕に力を入れ、すりすりと頬ずりしてくる。
「ひ、一人で眠りたい時もあるのです! だいたい高校生にもなって母親と一緒に寝るとかないでしょ!」
まあ今時だと小学生だって高学年からないよね。
「なんで? まあちょっと肉付き薄いけど、その代わりとてもすべすべで良い匂いするし、甘えた声でママとか寝言を呟くのよ。アロマやお香を焚くよりよっぽど癒されるのだけど」
マジで!? ママとか呟いちゃってるの......終わってませんか、それ。
「ふふっ 寝言は正直なものよ。そんなわけで今日はいっぱい安らぎを得たいから是非ともお願いするわね......っと、そろそろ出掛ける準備しないと駄目なんじゃないの、でもメイクとかは夏江の所でしてくれるんだったわね」
今日は本格的な撮影があるから、メイクや衣装は全て『Diapason』で用意してくれているんだった。
名残りを惜しむようにもう一度頬をすりすりして肩をポンッと叩き解き放つ。
「さあ、女の中の女、一ノ宮 陽菜乃ここにありを実践してきなさい。貴女なら誰にも負けない素敵女子に成れると私は信じているわ」
そうだ。 自分が何者で正体が何であるかなんて、いつまでも煮え切れなく思い悩んでも仕方がない。ここにこうして陽菜乃として生きて考え存在している。
俺は陽菜乃......女としてこれから自らの生を築いていく。
「やってやんよ! じゃなくって、してやりますわよ? ......だね。いつまでも自分は男だったと思ってちゃダメって事だよね。不束ものですが、これからもビシバシ女らしさを鍛えて下さい」
何かを吹っ切った俺......じゃなくここは私かな。
しぃちゃんは涙を浮かべながらも、しっかりと目に焼き付ける。
「一ノ宮 静華の娘として誰に恥じることなく有り続けます!」
自分を信じ、自分を好きになって成長する。それがこの愛すべき母に対して、今の私が出来る最高の恩返しなのだから。




