スリル満点! 闇鍋パーティー(中)
「ぷっはああっ 五臓六腑に染み渡るううっす!」
いおりんは一息に中身を空けるとグラスをタンッと軽やかにテーブル上に戻す。
って!?もしかして乾杯終わると同時に一気に飲み干したの?
しかも、ぷっはああって泡を飛ばしている?
そもそもビールじゃあるまいし、まんま飲んだくれのオヤジみたいじゃないですか!貴女本当にそれでも花も恥じらう現役JKの自覚ありますの?
「アハハー 流石はナギサだね......飲みっぷりも半端ない。度数の強いこれを、あっという間に空けられるなんて、かなりいける口とみた!」
いやいや、ちょっとだけ舌をつけただけでもピリリッと痺れが走ったような気がしたコレを......あんな飲み方できるものなの......しかも過ごした人生経験は三年ほどとはいえ俺の方が実際には長いよね。となるといおりんってちょっと前まではJCだったんだよな。
そも......JCとな?
俺の中学時代は毎日がゲーム三昧の生活で友達とバカ騒ぎして羽目を外すこともなかった。もちろんアルコールなんて飲む習慣もない......健全な未成年ですし。いえ今もそうなんですけども......とはいえ現状は同い歳のはずなのに、遥かに大人びて俺の何倍も人生における経験値が高そうないおりんを間近に感じ、いったいどんな生き方してきたのなら、こんなにも自由奔放に振る舞えるのか興味が益々湧いてくる。
「宴はこれからっすよ。皆もチョビチョビ飲んでないで、グイッと空けるっす!」
景気よく捲し立てるいおりんにやんわりと押し留める声が掛けられた。
「自分には自分なりのペースがある。無理なピッチで飲む必要はない......ナギサも初っぱなから飛ばしてるとこれから始まるであろう......お楽しみに乗り遅れるかもよ」
先輩はいさめ口調ながら酔いが回ってきたのか、ニヒヒッとそれは愉快そうに笑う。アップにした髪がすべすべの額やほんのり赤らんできた頬にほつれることで、それは匂い立つような美しさを醸し出し際疾く口許を緩めている。
ゾクリ
戦慄が背中を駆けのぼる。先輩のこの世のものが発したとは思えない妖艶なオーラを、いったい皆はどんな反応で見ているのか恐る恐る目をやる。あろうことか都ちゃんは聞いていなかったのか既に一杯目を空け、自分のグラスにお代わりを注ぐと続いてこちらも先輩の小言など意に反せずに喋り続けているいおりんのグラスに継ぎ足している。かたや猫耳フードを被ったままの白露も目を細め、皆の様子を晴れ晴れとした面持ちで眺めているだけだった。
――カオスな面子だ。間違いなく今からとんでもないことが起こる......未来を予想できなくとも、これから始まるであろう何でもありの饗宴が目の前に浮かび、知らず識らず俺はグラスの中身を勢いよく飲み込んでしまっていた。
間髪を入れず焼けるような熱さが喉を通り抜け、軽くむせてしまう。
俺がコホッコホッ咳き込んでいるのを見ると都ちゃんが大丈夫と声を掛けてくれた。そして手早く鍋から寄り添うと取り皿を差し出す。すぐに受け取り熱々の出し汁を口にふくむとさっぱりしているけどバラエティに富んだ温かな味わいが口の内いっぱいに広がり、苦く鋭利な味覚から柔らかなトーンに切り替わっていく。
続いて出汁がよく染み込んだ白菜やら豆腐などを食べると、どうやらひと息つくことが出来た。
酔いと鍋から発せられる熱量で自分でも顔がカッと赤く染まるのが判ってしまった。
「みんなも......食べる」
その一言が合図となり、こぞって取り皿に具を盛ると旺盛な食欲をみせる。
「おおおおっ、美味しいっす! この鶏つくね......あり得ないほど芳潤っすよ!」
都ちゃん特製のつくねは、いおりんが絶賛するのも納得の激旨さで、至福とばかり食べてる間は誰も喋ることもせずに瞬く間に売り切れてしまった。
「グレイト! 生まれて初めてかも知れない......ニライカナイにたどり着いた......そんな気持ちを引き出す味わいだったよ......いったいどういったバランスで組み合わせをしたら、こんなエグゼクティブな味を出せるんだい」
先輩も至って満ち足りた表情で都ちゃんが創作しえた味を褒め称える。
「餅と......おから......隠し味」
皆の絶賛に恥じらいながらボソッと溢す。
都ちゃんの可憐な花が咲いたような身じろぎに一同は感じ入ってしまう。
「今すぐにでもこっちはお嫁に行けるっすね......なんならウチに来るっすか」
都ちゃんならそれは最高の連れ合いになるだろうな。いおりんの冗談とも本気にもとれる思わず漏らした一言に妙に納得してしまった。
「自分が男だったなら、絶対に嫁に迎い入れるっすね......はうあ、想像しただけで堪らんっすわ!」
いおりんは、さぞや不埒な将来図を描いているのだろう。
また暴走でもされたらと思い慌てて宥めすかす。
都ちゃんはもう馬鹿なこと言わないでと、はにかみながらも残りが少なくなってきた具材を皆の取り皿にかいがいしく装っていく。
「鍋空ける......次は......アレにする?」
ついに来たか......本日一つ目のメインイベント。
「いいね。いいよ! 桜花との戯れを......至りて始めるとしますか」
先輩の持ち掛けに、うんと頷き白露に一緒に来てと誘い二人して席を立つ。しばらくして都ちゃんは大きな皿を抱えて戻ってきた。その後ろには三叉の槍みたいな何かを抱え持った白露が続く。
「へえっ......燭台が家にあるなんて珍しい」
白露は母さんの趣味なんだとキャンドルをセットしながら笑みをこぼす。
「ふふん ここは渚さんの出番っすね」
酔いのためか少し目許を染めながらいおりんは、火をつけようとしている白露を押し止める。
いつの間にかすっかり周りは暗くなっていた。明かりを消した室内はIHコンロを使用していることもあり、玄関から漏れる明かりだけが微かに照らす。空気清浄機と鍋が発てる僅かな音と窓を開けているため、そこから入ってくる春のそよ風が仄暗くなったリビングを優しく通り過ぎてゆく。
「庵 渚のマジックショーにようこそお越し下さいまして、ありがとうございます。またここに集う大切なチームメートに出逢えた必然に多大なる感謝を申し上げます」
丁寧に口上を述べる渚となった姿がぼんやりと浮かぶ。
都ちゃんが持ってきた俺たちが作った闇鍋の具材が入った大皿の前に渚は立ち、ふわりとお辞儀をして両の手に何も持っていないことをアピールするようにひらひらと振る。薄暗さの中でのことのため、はっきりと見えなかったけど何も持っていないように目に映る。
優雅な仕草で皿の上でゆっくりと両の手を包み込み膨らみをつくると少しして、すっーと合わせていた手を広げていく。するとじわりじわりとその内から明かりが漏れ出し、大きく開いた掌の上に一際輝くオレンジ色の炎が暗闇に慣れた俺たちの目を眩しく照らす。
手に何も着けてないけど熱くないんだろうか。ついいらぬ心配をしていると炎越しに顔をほころばせる渚と目が合う。
俺の目の前に炎が揺らぐ両手を差し出す。
「私がサインを出したら、陽菜乃の思いの丈をこの炎に吹き掛ける......やれるよね」
炎の向こう側で渚の目がキラキラ光って見える。こくり相槌を打つ俺を見据えカウントダウンを始める。
「3......2......1......Open sesame!」
渚の声と同時に俺は咄嗟に「たかし!」と声に出しながら、勢いよく紡がれた言葉とともに息を炎に吹き掛けた。
渚の両手の炎が掻き消え、室内は一瞬だけ暗闇に閉ざされたが、すぐにテーブルの横に置かれた燭台に据えられた三本のキャンドルが右、左、真ん中の順番で灯っていく。
燭台からはテーブルを挟んだ向こう側にいた渚は悠然と微笑みを浮かべ
「陽菜乃が私以外の名前を呼んだことはショックだな......とはいえ灯は一点の迷いもなくともったよ。貴女の思いがどうか叶えられますように」
「それでは、これより楽しい宴の開演となります」
灯った暖かな炎にも負けない確かな笑みを湛え、闇鍋パーティーは開始された。




