スリル満点! 闇鍋パーティー(前)
「のっち! 餃子の皮は段々になるよう、ちょっとづつヒダを作っていくんっすよ......っていったい、なんすかそれ」
闇鍋に入れる特製具材を這うようなスピード......皆と比べてやっぱりもたもたしてるかもと自覚しながら、有らん限りの早さで包み込んでいると、隣で自分の分をさっさと終らせた渚が、いつの間にやらいおりんに戻って俺の作っている物を見るなり眉をひそめる。
「何って......どこからどう見ても餃子以外には見えないと思うのですけど、なにか?」
いおりんのその物言いに自分では時間を掛けただけの事はあり、なかなかの出来と自負していたので心外とばかり聞き返す。
「うむ......餃子の像まで建てちゃうぐらいの消費日本一を競う県民が見たら悩乱しそうなオブジェでやんす」
失礼な!そりゃまあ中身がはみ出そうになっちゃったから皮を四枚ほど繋ぎ合わせてみたら、やたら頭でっかちの山椒魚みたいな感じになっているかもだけど......これはこれでキモさの中にもカワいさが相互補完してなくない?
「うほっ ヒナ、これはまた......世にも稀な概念を砕きしものを作ったもんだ......キミはアッサンブラージュの天賦にあふれていそうだね」
先輩は相変わらず謎なワードを連発すると、しげしげと俺の手元にある物体を興味深そうに眺める。
紫月先輩は『Diapason』でアレンジし終えたサラサラストレートロングヘアのままでは、料理の仕込みをするのに邪魔になるからと、さき程いおりんにお願いして髪を編み込んでもらっていた。長い髪を頭上でキュートにまとめるアップスタイルとなったことで、しなやかな細いうなじが露となりラフな装いと相まって、目まいがするほど色っぽく様変わりしていた。
そんな先輩にしばし手を止めてくぎ付けになる。しかし言葉に裏を含めず、うんうん頷き極上の笑顔で発せられた言葉のニュアンスからすると、きっと出来栄えにそれは感じ入ってくれたのだろう。
「うーん のっちのその暁天の星ともいえる楽天的な考え方はある種、ひとつの才能っすね。......まあいうなれば、そんなところ全て含めて自分的にどうしようもないぐらい夢中になっちゃうんっすけど」
いおりんは照れくさそうに言いよどむ。俺はそんな彼女に全幅の信頼を感じ、口の中で小さくそれはお互い様ッスよと呟いた。
「うん! 相変わらず二人はギブアンドテイクを地でいってるね......それもまたよし! さて用意は整ったようだし、ミヤそろそろ食事を始めるとしよう」
女性らしく変容したとしても語り口調は、かつてと同じくどこまでも力強い。
先輩の呼びかけに都ちゃんはこっくりと頷き、カウンターキッチンの向かい側に設置されているダイニングスペースに俺たちをいざなう。
黒野家の食卓はリビングとダイニングそしてキッチンが同一空間にある広々としたLDKタイプで、案内された先には洗練された円形の真っ白なダイニングテーブルが置かれていた。
少し離れたゲージからは白露と散歩してきて晩のエサをもらったラッシュがとても満足そうに尻尾を振っている。
俺たちはヨーロピアン風のテーブルにつき、こちらも格調高そうなイスに座る。しかしテーブルの上に置かれているのはコトコトと湯気をたてる、これぞザ・日本ともいえる土鍋であり、今は遅しと早く具材を入れてくれと存在をアピールしている。
そこから漂うあっさりとした鰹ダシの食欲を誘う香りに、皆のお腹がくうっと鳴ってしまう。
「まずは......普通に食べる」
都ちゃんはテキパキと鶏肉や豚肉、ハマグリや魚などといった海の幸を入れ、続いて春菊と長ネギ以外の野菜を全ていれていく。なんやかんやいって腹ペコな俺たちは、ぐつぐつと音を発て旨そうに煮込まれていく寄せ鍋を指をくわえて見入る。
「みやこ特製......つくね」
都ちゃんは朗らかに笑い、半分に割った青竹の上に盛られているミンチ状の混ぜ物を、セットの青竹製ヘラで食べ易いように一口サイズに切り分けながら鍋の中に落とし、最後に春菊と長ネギを彩りよく添える。
「お、美味しそう」
俺の自然とこぼれた感嘆の声に鍋を囲んだ皆の喉もごくりと音をたてる。
鍋が仕上がるのを今は遅しと待ち構えていると、俺の座っている場所から、いったん着替えのため自分の部屋に戻っていた白露が、二階の吹き抜けからひょこりと顔を出すのが見えた。
――なんだろう、何やら猫耳のついた真っしろなふわもこフードを被っていたように見えたのは気のせいだよね。
よもや白露がそんなお茶目な格好するなんてこと......ないよな。
今は誰もいなくなった吹き抜けを呆然と眺めていると、先輩といおりんを除いた俺たち三人が愛してやまないMMOゲームのOP曲を、素晴らしい音程で口ずさむ何者かの唄声が聞こえてきた。
ダイニングへと通じる階段をそれは楽しげに下りてくる気配とリズミカルな鼻唄を耳にすると、背を向け座っていた面々も一斉にそちらに振り返る。
――なんかとてつもなく違和感を覚えるのですけど気のせい?
気分上々の様子で現れた白露の姿に皆は目を丸くする。
いな一人「コペルニクス的転回......キタコレ」と吐露し、悶絶している人がいる......そうですか、貴女の趣向ですか。
白露は猫耳を模したふわふわもこもこのパーカーがとてもよく似合い、可憐な揃いのショートパンツから惜しげもなくスラッとした細い足をのぞかせている。
朱に染まったニコニコ顔に心の底から満ち足りた笑いを浮かべ、皆を見渡す。
とてもチャーミングで頬もこれ以上ないくらい紅く染まっているのだけど、それは皆の鍋の湯気に当てられて顔が赤くなってしまっているのや、これぞ女の子しているルームウエアを着ていることに照れているだけではなさそうな別の理由、よくよくみれば目もトロンとしてるよな......。
皆の怪訝な様子にも臆せずニコニコ顔で、すとんっと自分のために用意されている席に着く。
「しぇんぱーい、この服買ってくれて本当にありがとうにゃ! そしてみんな待たせてごめんにゃしゃい......それにゃ、気を取り直して、父にゃんのコレクションの中でも秘蔵オブ秘蔵のコレを拝借して、みんなで乾杯するにゃあよ!」
えっ......なんかやたらニャアニャア鳴いてませんかっ!?
というか白露って服装ひとつでこんなにキャラを変えられるほど間口の広い性格してたんだっけ?
白露はパーカーの首元から伸びている紐の先端に取り付けられているボンボンを、手の中に握り締めて肉球に見立てると、再びにゃとポーズを決めながら、もう片方の手で見るからに高級そうな丸っこいクリスタルの器に入った琥珀色の液体を楽しげに揺すっている。
「ぬおおっ!? 可愛いは正義とはいえ......それはそれとして......でもすごく似合ってるよ......じゃなくて、もしかして、もしかしちゃうとそれって公正王の二つ名ヴィンテージ品の中でも、さらに極力レアのスペシャルミレニアムの逸品じゃないの......それ、飲んじゃって怒られない?......というかハク、既に封開けちゃってる?」
先輩がこんなにも慌てふためくなんて珍しい......チャプン、チャプンと激しく揺すられているけど、度肝を抜くほどの高級な品なんだろうか。
「ニャハハハ ノープロブレム......今日は僕にとっても記念すべき新たな門出を祝す日なんだにゃ......父さんだってコレクションの一つや二つ、まったく意に介さない......よにゃ?」
酔っているとはいえ最後に理性が戻ったのか少し弱気になるところが白露の白露たる所以か。
「僕は生まれ変わった......そして初めてともいえる得がたい友だちを手に入れた......自分を受け容れてくれる仲間をやっと見つける事が叶った......父さんも母さんもきっと喜んでくれる......みや、祝してくれるよね?」
本人が願ってやまなかった事とはいいながらも、ある日突然に跡取り息子の性別が換わってしまったことを知ったのなら、よっぽど風がわりな親でない限りパニックに陥るかもしれない。
二人の親がどんな反応するのかは面識のない俺には判らないけど、素直に喜ぶべき事柄ではない......ヘタをすると黒野家インパクトが触発する事態となってしまう?
白露は耐えきれなくなったのか黙り込んで顔を伏せてしまう。皆も掛けるべき言葉がみつからず静まり返る。室内にはコトコト鍋が立てる音だけがしめやかに流れゆく。
トクトクトクと注がれる柔らかな音が耳につき、次になんともいえない芳醇な香りが漂ってきた。
胸を衝かれるどこまでも優しい音に俺たちは視線を集める。
「私達の親なんだから......信じる」
都ちゃんは人数分用意していた丸い大きな氷の塊が入ったグラスに琥珀色の液体を順々に注ぎ、各自の前に配っていく。
カランと雅やかな音を響かせ渡されたグラスを、いつしか顔を上げた白露も手に取るとゆっくりと差し上げる。
「ボクたちにこれ以上の言葉は必要ない......自分とチームの仲間、そして大切な人を信じ、ただあるのみ......かくすれば、かくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和......撫子魂に......乾杯!」
名言をもじりながらも、誠心誠意大和撫子に成ってやろうじゃないか......秘められた先輩の本気モードが言葉の隅々から感じとれる。
尋常ではない境遇の俺たちだけど、これからの未来と進むべき道を信じ、心を一つに繋げていこう。
「乾杯!」
五つのグラスが一点に集中し重なり、高らかに澄みきったハーモニーがダイニングルームを満たす。
――飲酒は二十歳になってからね!




